人が死ぬということ
久々に葬式に行った。
存在すら知らなかった親せきの家族葬だ。両親が行けなくなったために兄弟を連れて行くという、我が家らしく、私の父らしい依頼に応えた形だった。
最初は、家父長制度ゴリゴリの我が家の見栄で参加人数を増やしてしまうことに遠慮があったし、ほんの数人で良い、という家族の意向に背いているのではないかと心配になった。
それに、葬式特有の居心地の悪さや、気遣いの辛さや、立ち込める乾いた悲しみに耐えるのも気が向かなかった。
ただ、今は、行って良かったと思えている。
亡くなった人の娘であり、私が小さい頃から良くしてもらったおばちゃんに会いたい、という私欲もあった。おばちゃんは、私の直系の親せきではないから、会う機会も少ない。それに、今どうやら離婚を考えているらしく、この葬式が最後になるかもしれなかった。
着慣れない礼服で式場に行くと、おばちゃんが駐車場で私を待っていた。泣きつかれたのだろう、目は窪んでいて、それでも私を見ると嬉しそうに笑顔を見せてくれた。
「ありがとう。会いたかったよ」
その言葉で私の遠慮や申し訳なさは幾分軽くなって、その日は自分の役割を全うしようと腹が決まった。
でも、あの葬式で一番活躍していたのは、間違いなく、私の甥っ子だった。1歳半になったばかりの愛する妹の息子。おばバカ上等で言えば、世界で一番かわいい。
式場内の平均年齢は、私を入れたとしても60歳代後半だっただろう。おまけに、そこにいるおじいちゃんおばあちゃんは、みんな、大切な人を亡くし、悲しみ、落ち込んでいた。雰囲気が良いわけがない。
でも、そこにヒーローが登場した。
母親の腕に抱かれて、白ポロシャツにいっちょまえに黒いネクタイを締めた姿の甥っ子。おむつで丸くなったお尻が、黄色いステッチの入ったなんちゃってスラックスに包まれている。式場に入ってすぐ、大好きな叔母ちゃん(私)を見つけて、「あ!」と声をあげる。
私が「おはよ」と返すと、母親から離れてよたよた歩き、私の手にあったジュースを飲みたがる。
「元気ね」
「かわいい」
「お名前は?」
「いくつ?」
今まで一言も発しなかったおばあちゃんたちが口々に私の妹に話しかけ始める。甥っ子は周りなんかお構いなしで、お金の入っていない自販機のボタンを押しまくり、造花をちぎろうとし、靴のまま椅子の上に立とうとする。それに翻弄される私と兄弟たち。みんなの目が甥っ子に向き、その目は微笑みで細くなっていた。
まさに、ヒーロー。
死を目の前に悲しみに暮れていた人の心は、未来そのものを示す「赤ちゃん」の存在にずいぶんと救われていた。
その場には、認知症のおばあちゃんが2人いた。
1人は、亡くなった人の妻。まだ人の名前や顔は覚えていて、自分が何かを忘れつつあることも分かっていて、生涯の伴侶とのお別れを大事に過ごせていた。
もう1人は、全介助が必要なレベルの人だった。
同伴していた自分の息子のことも、食事の摂り方も、お手洗いの行き方も分からなくなり、分からないことが不安で、ずっと神経質そうに顔をこわばらせていた。そのおばあちゃんでさえ、甥っ子が近づけば、嬉しそうにしていた。
人が死ぬこと。
人が生きること。
本能的に感じる何かがそこにあって、理解なんて誰にもできないけど、一生を過ごすということを改めて感じた一日だった。
久々に見る死んだ人の肌の色や、お焼香の感触。
立派すぎる火葬場と、そこで働く人たちの尊さ。
死んだ人を偲び悲しむ人の姿、悲しむこともできない人の悲しみ。
自分のことすらわからなくなって不安がる認知症のおばあちゃんにどんな言葉をかけ、手を差し伸べたらいいのか。
赤ちゃんではない人間に、ごはんを食べさせてあげることの違和感と慣れ。
人の骨は白すぎるし、軽すぎる。
でもどうしても、それには花が良く似合う。
骨壺とそれを包む箱だけが妙に豪華絢爛なものに見えて、似合わない。
骨を入れるとき、向かいの私の祖母がおかしなほど大きな骨を持ち上げるものだから、一緒に箸を持っていた私はとても緊張したこと。
乾いた骨と、美しく磨かれた陶器の骨壺が触れ合って、ガラスをひっかいたような嫌な音がしたけれど、誰もそれを嫌がらなかった。
私は、その親戚の死を悲しめるほど、その人のことを知らなかった。
でも、その悲しみの場にいて、たくさんのものを感じて、生きていて、それはとても幸運なことだと分かる。
私は、いつか死ぬ。
式場でヒーローだった甥っ子さえ、やがて死ぬ。
それはもう絶対的なものだけれど、きちんと老いて死にたいと思えている。
結婚もしない。子どもも持たないだろう私の死は、誰によって処理されるのだろうか。もしも葬式をやるなら、あの日の甥っ子みたいにみんなに希望を与える赤ちゃんがいると良いなと思う。自分は子供を持たないくせに、無責任なわがままだけれど、そうあってくれと思う。
ただ悲しみに包まれてしまいそうなら、葬式はやっぱり、止めてほしい。
未来のヒーローの誕生は手伝えない私だけど、死ぬまで長生きしたい。
甥っ子の成長を、できる限り長く、見ていたい。