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20年NPO経営してきた僕が、AIスタートアップを立ち上げた理由
僕はこれまで20年間、認定NPO法人フローレンスという日本最大級のNPOを経営し、社会課題の解決に取り組んできました。その中で強く実感したのが、「相談」という行為が、あらゆる社会福祉サービスの起点となるということです。
困っている人を助けるためには、まず「誰が・何に困っているのか」を知ることが不可欠です。どうやって知るか。「こういうことに困っていて」という相談を受けることによってです。
遠く、繋がらないSOS
しかし、この相談の仕組みが現在の社会では十分に機能していません。
例えば、ダブルワークしているシングルマザーが、自分の困りごとを正確に把握して、役所の適切な部署に9時から17時までの間にリアルで相談に行く、ということは非常にハードルが高い。さらに、行政の困窮者支援窓口やいじめ相談窓口などが電話対応をしてくれていたとしても、世の中に広く知られていないだけでなく、知っていたとしても電話がつながらないケースが多いのが現状です。
埼玉県の「いのちの電話」の例を見ても、相談件数の98%がつながらないという深刻な状況にあります。これは、相談員の不足などさまざまな要因が影響しています。本来、困っている人を支えるべき相談窓口が機能していないことで、多くの人が支援を受けられず、最悪の場合、命を落とすケースさえあるのです。そんな中、子どもの自殺数は過去最多を記録しました。
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児童相談所の虐待相談も、保護者たちからは遠く、日々の悩みを気軽に相談できはしません。児相に相談する頃には、事態は最悪の状況を迎えている、ということはよくある話です。そうやって子どもの命が失われていった報道を、僕たちは何回悔しい想いで眺めただろうか、と。
この問題を何とかしなければならない。
そんなときに出会ったのが、AIを活用した相談窓口という可能性でした。
相談AIの可能性
フローレンスでは、「いまきくイヌAI(あい)ちゃん」というAIキャラクターを作り、LINEベースの相談窓口の実証実験を行いました。
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当初、人間の相談には人間が対応しなければならないという前提で考えていましたが、結果は予想を大きく超えるものでした。
人間では聞きにくいようなことも、AIには気兼ねなく相談できる
7割の利用者が満足した
9割の相談者が、人間とAIの選択肢があるにも関わらずAIを選んだ
これは、我々にとって希望そのものでした。なぜなら、AIが一次対応を担うことで、人間の相談員が対応すべきケースを1割にまで減らせるということは、単純計算で10倍の人を助けられることを意味するからです。AIを活用すれば、圧倒的に多くの人が、必要な相談を受けられる社会を作ることができると確信しました。
この相談AIを、日本中の市や県などの自治体に販売することで、これまでハードルが高かったり、つながらなかった相談窓口を変えられる可能性があります。「98%つながらない」電話相談窓口が「いつでも100%つながる」窓口へと。
さらに、企業に対しても相談AIを提供できたら、と思っています。例えば介護に悩む顧客に寄り添いたい介護おむつ会社さんのような企業。顧客との接点を常に持てるようになります。また従業員の「声なき声」を相談という形で拾い上げ、従業員との絆を強めたい企業。そんなエンゲージメントを高めて離職率を低減させたい企業にも相談AIを提供していく。
そうやって広く行政や企業に相談AIを提供することで、「気軽な相談を通じて、みんなが社会につながれる」未来が実現できるのではなかろうか、と。
AIがもたらす社会課題解決の進化
AI相談システムは、ただ困っている人を助けるだけではありません。もし全国にこの仕組みを展開できたとしたら、日本で最も多くの「困りごとデータ」が集まる場所を生み出すことができます。これにより、日本社会が直面する課題をリアルタイムで可視化し、迅速な対応が可能になっていきます。
僕も有識者会議に何度も参加させてもらっていましたが、これまでの社会調査は、国が5年に1回、もしくはどんなに早くても1年に1回実施するものが主流でした。しかし、日本中から集まったAIへの相談データをリアルタイムで分析し、例えば2週間ごとにレポートを作成して政治家や行政、NPOに提供できるようになれば、社会課題解決のスピードを飛躍的に高めることができます。
この仕組みは、ある種の「ブロードリスニング」システムとして機能し、日本社会における新しい社会課題解決の方法を提示するものです。
なぜNPO内でやらないのか
とっかかりはフローレンスのいち事業部の中で始めたわけですが、AIの技術開発に寄付金を使うことは中々なじみません。寄付の性格上、例えば目の前で食べるものがない子どもたちに食品を提供することが、より優先されます。また事業収入から出る利益を投資することも考えましたが、それでは非常に少額になり、開発できるだけの金額規模にならず、事業の速度が遅くなってしまうことが予想されました。
よって、NPOとは切り離した、株式会社で融資や出資を集め、技術開発していかざるを得ませんでした。
ちなみにアメリカでは、OpenAIというNPOが株式会社のOpenAIを作り、そこに出資することが可能でした。結果はChatGPTというイノベーションの誕生です。しかし、我が国日本では、内閣府が法律に明記されていない「謎のQ&A」によって、認定NPOが出資することを無意味に妨げています。そのため、フローレンスからの出資はできませんでした。
ですので、新会社はフローレンスとは資本的には切り離された独立した組織として、僕個人が立ち上げるという形を取ります。名前は「つながりAI株式会社」です。
フローレンスとの関係について
資本的には関係ないとはいえ、決して関係が悪いとか関係しないというわけではありません。AIによる相談で受けきれなかったケースや、リアルな専門家が相談所と社会資源とをつなぐ場面では、フローレンスと連携することもあります。これからはフローレンスと新会社は、パートナーとして協力し合っていきたいと考えています。
僕自身は、新会社に人生かけてフルコミットするために、しばらく経ったらフローレンス会長職を手放し、仲間たちにお任せしたいと思っています。フローレンスはもはや社員数700人を越す大組織となりました。僕がいなくても、社会の公器としての役割を果たし続けられるのは間違いありません。安心して未来を託せる、素晴らしい組織だと断言できます。
最後に
これまでフローレンスでお世話になった皆さんに、心からの感謝を。
そして、もしよければ、AI×社会課題解決キャラとなった新生・駒崎弘樹を、これからもよろしくお願いします。(もちろんフローレンスの方も引き続き応援ください!)
とりあえず、こういうことに興味のあるエンジニアの方を募集していますので、よろしければDMください。また、起業当初は収益が安定しないため、副業で糊口を凌ごうと思うので、顧問契約等も大歓迎です。もちろん、新会社への「こんなAI作ってよ」的なお仕事のご依頼があったら遠慮なくください!
齢45歳にして、またゼロから裸一貫で挑戦するのは、正直怖くもあります。でも、人生の後半戦を、本当に意義ある事業にぶっ込めるのだとしたら、それは幸せなことでもあるのかもしれません。
ではでは、大切な皆さんへのご報告でした。がんばるぞっ!!