樹海ミステリー 生を紡ぐ森と生を終える者 第十話
【初めて遭遇した自殺遺体】
【まるで彫刻のようだった】
私が初めて目撃した自殺遺体は白骨化したものではなく、体が残っているものだった。
本格的な夏が近づく6月中旬。
都心などでは暑さが徐々に強くなる頃だが、樹海の中はまだ涼しさが残っている。
10メートルほど先に見える自殺遺体は、静かに立っていた。
「静かに自然に還る」
遠目で見ている限りはそのようなイメージだった。
だが、初めて自殺遺体を目にした私の感想は、不謹慎かもしれないが「美しい」であった。
無機質にたたずむ姿は、「彫刻」という表現が一番伝わりやすいだろう。
何も語らずに樹海の一部になった姿は、自然が作り出す芸術そのものに感じられた。
遺体と遭遇したのは初めてだが、恐怖はそんなには感じなかった。
前回触れた「人生で一番怖かった体験」というのは、この遺体を見たことではなく、その後に起きた数々の霊障のことである。
※それについては次回以降、詳しく書いていきたい。
人によってはショックを受けるからだろう。
自殺遺体を目撃した瞬間、現場から逃げ出してしまったという話もある。
自殺現場を目撃した者は、精神的に大きなショックを受けるため、PTSD(心的外傷後ストレス障害)や強迫性障害などの障害を発症することがあるといわれている。
私はそのような症状は起きなかったが、初めて目撃した自殺遺体ということもあり、恐怖こそ少なかったが、今でも頭に焼き付いて消えない記憶となっている。
【遺体の状況】
自殺遺体に近づくにつれ「死臭」は強くなる。
間近で見ると「静かに自然に還る」という印象とは程遠い。
遺体の状態からみて、おそらく5月中旬頃に亡くなったのだろう。
ゴールデンウィーク明けに自殺者が増えるという話の裏付けにもなった。
強烈な悪臭を放ち、衣服の袖部分からは数えきれないほどのハエが出入りを繰り返している。
芸術は私の中で一気に“死体”に変わっていった。
立っていると思われた姿勢は正確には中腰の姿勢で、空気椅子に座っているような見た目をしている。
首吊り遺体は時間が経過すると重力で体液が下に落ちてくるため、最初は立っている姿勢でも徐々に座ったような姿勢に変化する。
(樹海内の首吊り遺体は宙にぶら下がっている状態よりも、立っている姿勢が多い)
その遺体は長袖のパーカーを着ていたため露出部分は少ないが、露出している部分はドス黒く変色していて、人間ではない何かに姿を変えていくようだった。
ロープに残された髪のついた頭皮は、綺麗に剥いたゆで卵の殻のように、頭蓋骨の形を残してぶら下がっていた。
首吊りをして時間が経過すると、頭が最初に落ちる。
首に食い込んだロープが時間の経過とともに、腐敗した首を切断してしまうからだ。
遺体の周辺には、キャンプしたと思われる跡があった。
現世との関係を断ち切るためだろう、財布と免許証、銀行のカードなどが燃やされていた。
ビールのロング缶が残されていたので、最後はビールを飲みながら過ごしたのだろう。
樹海に落ちている遺留品には、どれも深みがある。
死ぬ前のわずかなひとときを、自殺者は何を考えて過ごすのだろうか?
最後の晩餐はどのような気持ちで選ぶのだろうか?
遺留品と思われる捨てられたレシートや水のペットボトルに対して、ここまで想像を巡らすことはないだろう。
ビールの缶と焚き火の跡を見ながら、命の重さを深く感じた。
周囲を30分ほど調査したあと、酒と線香をあげ、自殺遺体に向かって手を合わせた。
「迷わず成仏できますように」
樹海内で命を絶つ人の心情は様々だろう。
誰にも見つからずに命を絶つ人が多いなか、自分の遺体を見つけてもらうためだろうか、遊歩道から現場まで目印を残したと思われる痕跡もあった。
先ほど見つけた遺体は、私が本来進む予定だったルートとは別の場所にあった。
逆方向に向かうタイミングで死臭が漂ってきたということは、この遺体は私に見つけてもらいたかったのでは?
手を合わせたあと、大きな役目を果たした気持ちで帰路についたが、後にこの考えは大きな間違いだったと知ることになる。
今、思い返してみると、有名な探索家の心に残る話があった。
その探索家が警察に通報した際に、その警察官が話した言葉だ。
“死体を見つけないほうがいいこともある“
通報を受けた警察は、遺族に連絡をしなくてはならない。
遺族の多くは、失踪した家族が今もどこかで生きていると思っている。
通報するということは、その「最後の希望」を遺族から奪ってしまうことになる。
現実を突きつけられた遺族の反応は見られたものではないだろう。
それを考えると、自分たちのやっていることが正しいのかどうかわからなくなってしまった。
遺留品の免許証の写真を思い出した。
真っ直ぐと正面を見ている顔は真面目で、人柄もよさそうだった。
人柄が本当によかったのかはわからない。
しかし、今の世の中が優しい人にとって生き辛いのは確かである。
何が辛くてここまで来てしまったのか。
死なないといけないほどのことだったのか?
年齢は私よりも若かった。
自分がこの年齢のときには何をしていただろう。
怖いのは死体でも幽霊でも生きている人間でもない。
ここまで追い詰めた環境と、死という選択肢が怖いのではないか。
【遺体と遭遇後に起きた数々の霊障】
私には霊感がとても強い友人がいる。
実際に霊能者として活躍しており、一時期は相談の予約も取れないほど人気があった。
会ったこともない人物の名前を言えたり、今までの人生の出来事もすべて霊視できてしまう。
私は廃墟や樹海に行くため、相談にのってもらっていた。
初めて遺体を見つけ、樹海を後にして高速を走っている時に一本の電話が掛かってきた。
その霊感の強い友人からだった。
「今どこにいる?」
樹海に行くことは伝えていなかったため、仲間と樹海の探索していたことを伝えると、「3人で行ったのか? 何か見ただろう?」という質問が返ってきた。
嫌な予感がした。
仲間と私の2人で探索に行ったので3人ではない。
運転している私と助手席の仲間、その2人の間に男が座っているというのだ。
自殺遺体の霊がついてきてしまった。
次回に続く
(次回、私の身に起きた霊障を書くことになる。心霊系が苦手な人やオカルトを信じない人の趣味には合わないだろうということ、前もって伝えておく)
文・写真:ココペリコ
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