『テイキング・ストック ぼくがどうしても手放せない21世紀の愛聴盤』刊行記念! ピーター・バラカン氏のトーク・イベントレポート①
ラジオDJや翻訳家として長年活躍するピーター・バラカンさんの新刊『テイキング・ストック ぼくがどうしても手放せない21世紀の愛聴盤』の刊行を記念して、東京は渋谷の書店兼カフェ&バーのBAG ONEでトーク・イベントを行いました(9月4日)。文字通り2000年以降の52枚のアルバムを紹介する本書の制作秘話から、本で取り上げられているアルバムやアーティストについて、リクエストにも応えながら和やかにトーク。常に知られざるアーティストや音楽を紹介してくれるピーターさんのこだわりやアンテナの鋭さを感じられる時間となりました。その模様を二回にわたってお届けします。
※イベントで紹介した曲を①~⑩の番号順に記載していきます
『テイキング・ストック ぼくがどうしても手放せない21世紀の愛聴盤』出版の経緯
この本が生まれたきっかけは、駒草出版の浅香さんという編集者から久々にディスクガイドを出さないかという話をいただいたことです。最初はずっと愛聴している古いレコードのガイドブックを、というお話だったのですが、そういう本は以前出しているので、同じことをしても意味がないかなと思い、ではどうしようかな、と悩んだところで思いついたのが、「21世紀」という括りだったんです。
『バラカン・モーニング』(*1)という番組をやっていた時、チャック・ベリやサム・クックなどの60年代の曲をたくさんかけているつもりだったんです。ですが、番組で何が一番かかっているのかというのをスタッフがグラフにしてくれたのを見たら、一番よくかけているのは2000年以降の新しいレコードだったんです。一番驚いたのはぼくだったと思います。ぼくはヒップホップもあまり聴かないし、テイラー・スウィフトみたいなものも聴かないけれど、僕なりに新しいものを聴いているんだな、と思って。21世紀のそういうタイプの音楽は、ぼくが紹介しなければ、きっと誰も紹介しないんじゃないかと思ったんですね。そう考えるとこのガイドブックは、渋いものにはなりますが、少しは価値があるのではと思い、書くことにしたんです。
元になっているのは、ARBANというウェブサイトで2年間連載したコラムです。サブタイトルはそのウェブサイトでの連載のタイトルをそのまま使って、「ぼくがどうしても手放せない21世紀の愛聴盤」としました。あえて“名盤”といわないのは、ものすごく勝手に自分が好きなアルバムを選んでいるものだから、正直に“愛聴盤”ということにしました。
メインのタイトルについてはどうしようかとずっと悩んでいたんです。もう原稿もまとまって、本としてもほぼ出来上がっていたところで、タイトルだけがまだ決まっていなくて。浅香さんと最後のミーティングをするその日の朝に、いつものように駒沢公園を歩いていたら……結構いいアイディアが湧く時があるんですが……なぜか、“Taking Stock”という言葉が頭に浮かんだんです。昔、レコード店で働いていたことがあるのですが、その時に棚卸しを二回ほどやりました。それを英語ではstock-takingというんです。棚卸しというのは、在庫を全部見て、必要なものと必要でないものを判断して、大事なものはちゃんと取っておく、ということ。「状況を整理する」という意味もあります。たぶんTaking Stockと言っても、日本の方にはあまりピンとこないかもしれませんが、ま、そこはご了承ください(笑)。
ARBANのサイトで2年間かけて、2週間に一度更新する形で50枚のアルバムを取りあげました。最初はその50枚をそのまま本にしようと思っていたのですが、ちょうど締め切り間際に、アフリカはギニアのミュージシャンで、モリ・カンテという人が亡くなったんです。(彼の)ぼくが大好きなアルバムは本に入れてたよね、と確認したら、入れてなかった。あ、これはまずい、と思ってあわてて書いたんですが、51枚というのも、なんだか中途半端なので、あと一枚分書けば、52で、一年はちょうど52週間だからちょうどいいかなと。へりくつですけど(笑)。サニー・ランドレスという、大好きなスライド・ギターの名手のアルバムも追加して、ボーナス・トラックならぬボーナス・アルバムを含めて全52枚というかたちの本になりました。
名編曲者のミュージシャン、そしてピーターさんが好きな“ワールド・ミュージック”
いちばん最初はドクター・ジョンの『Duke Elegant』です。21世紀だから、2000年以降、という基準で選ぶのですが、このアルバムはよく調べたら、1999年に発表されたものでした(笑)。でも、ぼくが聴いたのは(1999年の)年末ですので、ほぼ2000年のものと言っていいと思います。どうかご容赦ください(笑)。ではこのアルバムから1曲。
① It Don't Mean A Thing (If It Ain't Got That Swing)/ Dr.John
(『Duke Elegant』より)
「スウィングしなけりゃ意味がない(It Don't Mean A Thing (If It Ain't Got That Swing)」という、デューク・エリントンのとても有名な曲ですね。この『Duke Elegant』は、Performing the music of Duke Ellingtonということで、ドクター・ジョンにしては珍しく、ひとりのミュージシャンを取りあげている作品です。
デューク・エリントンというと、ジャズ黎明期の、ピアニストとしても才能のある人ですが、とにかく作曲家として有名な人です。今でも彼の作品はよく演奏されています。ホテルのラウンジなどで、だれかがピアノで「Satin Doll」とかを弾いていることが多いんですが、つまらないんですよね(笑)。そういう場所でしか彼の曲を耳にしない人にとってはおもしろくない人、という感じになってしまうのだけど、この『Duke Elegant』を聴くと、ドクター・ジョンのこの、独特のFunk(彼は“フォンク”と発音)のノリで歌っているので、すごくイメージが変わって聴こえるんです。割と定番の曲をたくさんやっているのですが、それがすべてドクター・ジョン流になっているから面白いんです。
次に、先ほど慌てて追加したという、モリ・カンテのことを。彼が亡くなったのは今年(2020年5月22日)ですね。まだ若くて確か70歳くらいだったと思います(※1950年の生まれなので、ちょうど70歳)。病気だったみたいです。
ワールド・ミュージックという言葉が誕生したのが、1987年です。イギリスのパブの二階で、5人の音楽関係者が集まってある相談をしていました。最近英語圏以外の音楽がどんどん面白くなって、そういうレコードを置く店が増えてきたのだけど、どこに置いたら良いかわからないので、エサ箱に入れるのにジャンル名があった方が便利だよなと、そんな話だったようです。で、二時間くらい話し合った結果、“ワールド・ミュージック”というジャンルが出来上がったわけです。最初は「えー、これはちょっと安易じゃない?」ということを言う人もいましたが、その当時は便宜上、それはそれで良かったと思います。ただ、今はレコード店がものすごく少なくなったし、ほとんどみんな、オンラインで音楽を買うようになったので、果たしてジャンル名が必要なのかどうか、微妙なところですけど。
ワールド・ミュージックというジャンルが誕生した、ちょうどその1987年に、このモリ・カンテというアーティストの『Akwaba Beach(アクワバ・ビーチ)』というアルバムが出ました。そこから大ヒットした曲をかけます。
②Yé Ké Yé Ké / Mory Kante
※『Akwaba Beach』より
「Yé Ké Yé Ké(イェケ・イェケ)」という曲です。これはヨーロッパでは超大ヒット。ダンス・ミュージックというか、ディスコっぽいというか、とにかくみんな、こういう音楽で踊っていたわけです。当時はこういうテクノっぽいサウンドが流行っていました。言葉はギニアの言葉、マニンカ語(*2)ではないかな。これは日本でも大ヒットして、国内盤が発売されました。ぼくはこういうダンスっぽいサウンドはそんなに好きじゃないから、それほどのめり込んで聴いたわけじゃないんですが、この人の声がとても好きなので、好きなミュージシャンになりました。
本で取り上げている『Sabou』というアルバムは、2004年に発表されたものです。この頃にはアフリカのミュージシャンたちは、ヨーロッパではよりアフリカっぽい雰囲気がある方が売れる、ということに気づいていたようなんです。なので、アフリカの民族楽器を使い、テクノっぽい要素を抑えた音楽を作るようになっていたんですね。アフリカのミュージシャンたちの中には、本当はもっと新しいサウンドを作りたい、っていう人たちがたくさんいたと思いますし、ヨーロッパ人がアフリカのミュージシャンにアフリカっぽいものを求めるのは無茶な話かな、と思いつつも、でもやっぱりこの方が好きだよね、というところもありました。ではこの『Sabou』というアルバムから一曲、「Nafiya」。
③Nafiya / Mory Kante
※『Sabou』より
この、マリンバのような音は、バラフォン(*3)という楽器です。西アフリカに限らず、アフリカ全土でよく使われるものですね。モリ・カンテは歌も上手だし、確かバラフォンも演奏していたんじゃないかな。コラ(*4)というハープのような楽器も演奏していて、結構なんでもできるような感じの人ですね。一度だけ来日したことがあって、確かブルーノートで観たのですが、ほれぼれしちゃいました。本当に素敵な音楽をやる人でしたが、残念ながら今年、亡くなってしまいました。
次は、ベティ・ラヴェットにいきましょうか。ちょうど先週末、新しいアルバムを出しました。アフリカン・アメリカンで、ソウル・シンガーといっていいと思います。現在74歳です。今回のアルバムは『Blackbirds』という、彼女が影響を受けたり、尊敬していた黒人の女性の歌を集めたものです。ダイナ・ワシントンだったり、ビリー・ホリディだったり、ニーナ・シモーンだったり、そういう人たち。
イギリスでは女性のことをなぜかBird=鳥、というんですね。アメリカ人が女性のことをChickというのと似たような感じかもしれません。だからBlackbirdsというのは、黒人の女性たち、という意味もあるんですが、タイトル曲は、ビートルズのポール・ムカートニが作った「Blackbird」からきてるんです。1968年のビートルズの『ワイト・アルバム』(正式名称は『The Beatles』)に入っている曲です。
その彼女が、2010年にブリティッシュ・ロックの有名な曲ばかりを集めたアルバムを作っていて、それが『Interpretations(解釈)』です。これがとても面白い。彼女が歌うと、「え、これがあの曲なの?」というくらい、メロディから何から全部変わってしまう。ムーディ・ブルーズの「Nights In White Satin」だったかな、彼女が歌った後、曲を作ったジャスティン・ヘイワードが、彼女の歌を聴いて「あ、そうか。この曲、初めて腑に落ちた」っていうようなことを言ったらしいです(笑)。ザ・フーの「Love, Reign o'er Me」とかトラフィックの二作目のアルバムに入ってる「No Time To Live」……そういう、ちょっと渋い感じの曲もあるんですけど、アルバムの中でぼくが一番好きなのはこの曲です。
④It Don't Come Easy / Bettye Lavette
※『Interpretations』より
これは「It Don't Come Easy」という曲なんですが、知ってる方はいらっしゃいますか?……そっか、ひとり、あまり知られてないですね。これね、リンゴ・スターのソロ・アルバムに入ってた曲なんですよ。リンゴが歌うと、もうちょっとテンポが、1.5倍くらい速くて、わりと軽快な感じです。(歌詞の)「You have to pay your dues if you wanna sing the blues ….」のpay dues というのは、毎月組合費を収めていなければ、説得力のあるブルーズは歌えないよ、というような意味です。要するに、必要な経験を積んでおかないと、説得力のあるブルーズは歌えないよという意味なんですが、リンゴが歌うと、何の説得力もないんですね……。(会場笑)だから、この曲、一度もいいと思ったことなかったんですけど、ベティ・ラヴェットが歌うと、ものすごく説得力があって。あ、これいいね……って、どの曲も生まれ変わっちゃうんですね。アリーサ・フランクリンにも同じことが言えますけど、彼女はまた全然違うタイプの歌手ですね。ベティ・ラヴェットはちょっと、ドスが利いてるような感じで。時々怖く感じるような時もあるけど、でも素晴らしい歌手です。
今74歳ですが、デビューしたのは10代で、ぼくは全く知らなかった。16歳くらいでデビューして、R&Bチャートでそこそこ売れた曲があったけれど、その後は運が悪くてほとんど注目されることはありませんでした。2000年代に入って、ジョー・ヘンリーっていうプロデューサーが手掛けたアルバムがちょっと話題になって、僕も含めて、そのあたりから彼女のことを知る人が多くなってきたと思います。特にこの10年ほどは、非常に評判が良く、この歳になって、やっと正当な評価を受けるようになった人だな、という印象があります。
ここまでのプレイリスト
①It Don't Mean A Thing (If It Ain't Got That Swing)/ Dr.John
※『Duke Elegant』より)
② Yé Ké Yé Ké / Mory Kante
※『Akwaba Beach』より
③Nafiya / Mory Kante
※『Sabou』より
④It Don't Come Easy / Bettye Lavette
※『Interpretations』より
*1 『バラカン・モーニング』…ピーター・バラカン氏がパーソナリティーを務めたインターFMの音楽番組。2009年10月にスタートし、2012年3月に終了。2013年4月に再開し、2014年9月に再度終了した。現在は『バラカン・ビート』として、放送時間帯を変えて(日曜18~20時)放送中。
*2 マニンカ語…ニジェール・コンゴ語族マンデ語派のマンディング諸語に属する言語のうち、言語分類的に近い関係にある言語や方言の総称。ギニアやマリの公用語でもある。
*3 バラフォン…西アフリカ一帯で使われる木琴。木の枠組みの上に固定した木片をバーにし、下に共鳴用のひょうたんが取り付けてある。地域によって形や音階が異なる。
*4 コラ…西アフリカで使われている代表的な弦楽器。ハープのように弾いて弾く形状で、音色は日本の琴に似ている。西アフリカの歴史や文化の伝承者、グリオが弾く楽器としても有名。
著者プロフィール
ピーター・バラカン…1951年ロンドン生まれ。ロンドン大学日本語学科を卒業後、1974年、音楽出版社で著作権関係の仕事に就くため来日。
80年代にはYMOとそのメンバーの海外コーディネイションを担当。
84年から3年半、TBSテレビのミュージック・ヴィデオ番組『ザ・ポッパーズMTV』の司会を務めた。
現在はフリーランスのブロードキャスターとして活動し、『ウィークエンド・サンシャイン』(NHK-FM)、『バラカン・ビート』(Inter FM)、『ライフスタイル・ミュージアム』(Tokyo FM)、『ジャパノロジー・プラス』(NHK BS1、NHK World)などの番組を担当している。
また、2014年から毎年音楽フェスティヴァル『Peter Barakan's Live Magic! 』のキュレイターを務め、内外の素晴らしいミュージシャンを紹介している。
おもな著書に『ロックの英詞を読む──世界を変える歌』『ピーター・バラカン音楽日記』(集英社インターナショナル)、『ピーター・バラカンのわが青春のサウンドトラック』(光文社知恵の森文庫)、『ラジオのこちら側で』(岩波新書)、 「新版 魂(ソウル)のゆくえ」(アルテスパブリッシング)がある。
構成:こまくさWeb
写真:南雲千夏
『テイキング・ストック ぼくがどうしても手放せない21世紀の愛聴盤』
ピーター・バラカン 著
四六判/並製 144ページ
ISBN 978-4-909646-31-6
定価(税込み) 1,870円(税込)
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