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「料理本の読書会」連載6回目は「おおざっぱで、詳しいレシピの話」!
双子のライオン堂書店の店主、竹田信弥さんとライターの田中佳祐さんのふたりによる連載、「料理本の読書会」6回目です。今回取り上げる本は『Cooking for Geeks 第2版 ―料理の科学と実践レシピ』(ジェフ・ポッター著、水原 文訳 オライリー・ジャパン 2016年 ※以下『Cooking for Geeks』)と『カレンの台所』(滝沢カレン著 サンクチュアリ出版 2020年)の2冊です。片やさまざまな食材の性質の分析やそれに応じた調理法を紹介する異色の理系料理本、片や独自の言語感覚で知られるタレントの、レシピ本の常識を破るマイルールなレシピ本。個性がまったく異なる2冊からふたりが得たインスピレーションはどんなものだったのでしょう? 今回も料理の実践を交えてお届けします!
サイエンスVSパッション
田中 みなさん、こんにちは! レシピ本から歴史の本まで、さまざまな料理本を紹介する「料理本の読書会」が今日も始まりました。ライターの田中と双子のライオン堂書店の竹田のふたりが、わいわい本と料理のお話をお届けします。
竹田 今日の買い物はシンプルですね。卵たくさんとソーセージと玉ねぎとパセリ、ケチャップ、ソース、生クリーム。
田中 これは、オムライス一択ですね。急にシンプルな料理ですが盛り上がりますかね?
竹田 レシピ本が変わっているので、うまく完成するかは僕たちの読解力にかかってますよ。
田中 ちょっと手の込んだレシピを紹介してましたけど、今回は趣向を変えて「料理すること」自体を考えてみようかなって。
竹田 それで、この課題本にしたんですね。料理と科学をテーマにした『Cooking for Geeks』とフィーリングでレシピが書いてある『カレンの台所』。
田中 そうです。サイエンス VS パッションの特集と言ってもいいかもしれません!!
竹田 僕はパッション重視かな、計量スプーンくらいは使うけどね、味見のときに。
田中 味見だったら、計量スプーンの意味ないじゃん!
竹田 計らないと、食べすぎちゃうんだよ!
田中 僕はいつも同じ味にしたいから、計量カップも使うし、はかりも使うし、オーブンの温度調節もするよ。
竹田 たしかに、田中さんは料理するときいろんな道具を用意してますね。
田中 もしかしたら、僕と竹田さんの対決なのかもしれない。
竹田 というわけで、今回紹介する本は『Cooking for Geeks』と『カレンの台所』です。
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『Cooking for Geeks 第2版――料理の科学と実践レシピ』(ジェフ・ポッター著、水原 文訳 オライリー・ジャパン 2016年)
料理をどうやって記述するか?
竹田 『Cooking for Geeks』は、料理の科学に注目した本です。素材の成分や科学的特性を理解した上で最適な調理方法を学ぶことができます。シェフや科学者などのインタビューも充実してますね。分子ガストロノミーについても書いてあったりして、モダンな料理も知ることができます。なにより、レシピがたくさん載ってるのがいいですね。ちなみに著者のジェフ・ポッターは、食のプロでも科学の専門家でもないみたい。
田中 僕たちみたいな感じなんですかね。ただの料理好き。
竹田 テレビで料理番組とかも持っていて、羨ましいですね。
田中 この本、僕はとても好きです。初学者向け実験書のようなデザインになっていて、キッチンに向き合う思想から始まり、道具の準備、人間の味覚についての科学的な知識など、料理をするための心構えを知ることができます。アメリカの本らしさもあって、温度やパン・菓子への言及が多く、オーブンを日常的に使ってるのかなと思わせられます。「塩を指先でつまむくらい加える」という曖昧な表現に怒りを覚えるタイプのエンジニアや僕みたいにいちいち細かいことを気にするヤツにはピッタリの料理思想書と言っていいでしょうね。
竹田 もう一冊の『カレンの台所』は、『Cooking for Geeks』とは真逆の本ですね。小難しい手順や決まった分量は書かれていません。モデルでタレントの滝沢カレンが、作りたい料理を好きなように作っていく様を読者に語り掛けるような形で収録した本です。
田中 この本に載っている料理の名前がどれも普通なのがいいです。こういう少し変わったレシピ本って、いかに名前で個性を出すかの勝負じゃないですか。レシピの説明はエキセントリックなのに、料理名はシンプルなところが面白さを倍増させてる。名前までレシピと同じテンションでやっちゃうと、なんの料理かわからなくなっちゃうかもしれない。
竹田 作り方の文章はレシピという言葉では収まらない、文学的・詩的なものを感じます。
田中 「少し人を不安にさせる小麦粉を玉ねぎを邪魔する量入れ、パサパサ感を失うまで根性で炒めます」って最初読んだとき強烈だった。「不安」とか「邪魔」って単語をレシピ本でみたことがない。
竹田 でも、なんとなくわかるんだよね。
田中 ほんとかなぁ。
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『カレンの台所』(滝沢カレン著 サンクチュアリ出版 2020年)
進まないスクランブルエッグと順調なオムライス
竹田 せっかくレシピが書いてある本が課題本なので、料理しますよ!
田中 さっき、買出しに行きましたもんね。
竹田 僕は『カレンの台所』から「ドレスオムライス」を担当しましょう。
田中 じゃあ、『Cooking for Geeks』から「スローなスクランブルエッグ」を担当します。えーっと、卵とテフロン加工フライパンしか使わないな。塩も入れないみたい。
竹田 30分くらい、極低温でかき混ぜながら卵を加熱するって書いてありますね。「スクランブルエッグのような固まりができるようであれば、フライパンが熱すぎる」とありますよ。
田中 スクランブルエッグを作っているはずなんだけど、スクランブルエッグを作っちゃいけないんですね……。これは、長丁場になりそうだから椅子が必要だなぁ。
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![画像9](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/70832624/picture_pc_f47d3e8e08030916aa72e5f5430b3ea5.jpg?width=1200)
写真上:椅子に座ってスクランブルエッグを作る田中氏、写真下:「玉ねぎを邪魔する量」の小麦粉を投入。
竹田 30分で僕の方も作れちゃいそうです。えっと、まずはケチャップライスを作るようですね。具材を入れて「喧嘩になるくらい木べらでサクサクかき混ぜ」たり、「ウスターソースを単なる気持ち程度」に入れるようです。分量はまったく書いてない!
田中 国語の時間にやった、著者の気持ちになって考えることが重要な本ですね。
竹田 ひとまずケチャップライス出来た! ちょっと玉ねぎが焦げたけどおいしそう。田中さんの方はどうですか?
田中 ずっと弱火で格闘してますが、ぜんぜん状況が変わらないです。。。卵をといたものが温まっただけ。
竹田 僕は次はソースを作りますね。これは絵で解説がある! でも、やっぱり分量はないんだなぁ。「こりゃデミグラスだ!と言えるカラー」になったら完成のようです。
田中 まだ、デミグラスじゃないですね。中濃ソースと小麦粉が足りないんじゃないですか?
竹田 えー、ちょうどいい感じだと思うけどなあ。
田中 レシピに「自分の舌を信じて」って書いてあるから、竹田さんがいうならそれでいいかな。ちなみに、僕の方は先ほどとまったく同じ状況です。若干卵が白くなった気がする。
竹田 よし! 最後に主役の卵のドレスを作りますよ。えーっと、ここはくわしく書いてある。弱火を忘れないようにして、菜箸を2、3cm離して構えて、フライパンを回転させて……と。
田中 あ! やっと変わってきた! なんかドロドロしてる!
竹田 あ! 失敗した! 破れちゃった……。
田中 竹田さん、大丈夫ですよ。本にも「失敗した方は次の舞台に向けて落ち込まないでください」って書いてありますから。
竹田 ほんとだ! ちょっとごまかして、半熟オムレツみたいにしちゃおう。
田中 それより、見てください! なんか絵具みたいになってきた!
竹田 おおおおお! 卵のソースみたいになってる。
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田中 問題なのは、これで完成なのかがわからないところですね……。本にも完成図がない……。ちょっとこの時点で取り出して、状態を保存して、残りを加熱しようかな。
竹田 本当の科学実験みたいになってますね。
田中 あ! 再加熱したら今度はチーズみたいになった!
竹田 これで完成したということにして、試食タイムに移りましょう。
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![画像6](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/70820566/picture_pc_90162ace490d2adba604c64b5da821ea.jpg?width=1200)
![画像8](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/70820610/picture_pc_b7872fafd3319b348ef23290533eb5db.jpg?width=1200)
写真上:「スローなスクランブルエッグ」完成形、写真中:チーズ状になった卵ソース、写真下:ドレスオムライス。
田中 オムライス、普通においしい。
竹田 うん! うまい! デミグラスソースうまい! ちょっとだけ粉っぽくなっちゃったけど。
田中 「邪魔になる量」入れてますからね。本格的な味ってよりも、お菓子感のある懐かしい味ですね。
竹田 パセリと生クリームもアクセントになっていいですね。
田中 あれ? レシピに書いてありましたっけ?
竹田 レシピには一切出てこないけど、写真と巻末の食材一覧に載ってたので使いました。
田中 このオムライスを再現するためには、そこまで読み解く観察力が必要なんですね! 斬新!
竹田 さて、問題のスクランブルエッグですが……。
田中 すごく手間がかかってますからね。結局完成まで40分加熱し続けました。
竹田 このソースみたいな方! ほんとに、濃縮された卵ソースみたいでおいしい!
田中 これ! ぜったい卵かけごはんみたいにして食べたらおいしいよ!
竹田 チーズみたいになった方は、本当にチーズみたいな濃厚さがある。
田中 これ! ふりかけにしてご飯にかけたら絶対あうよ!
竹田 結局卵がご飯に合うって話じゃん。
田中 コンソメと塩と砂糖で整えたら、本当にそれっぽい味になりました。
竹田 僕は何も加えないままの素朴な味も好きでした。オムライスが濃かったからかも知れないけど。
初めての料理ってこんな気持ち?
田中 それでは、実験も終わったことですし、本の感想も話していきましょう。
竹田 『Cooking for Geeks』の「スローなスクランブルエッグ」は正直に言うと、作る前は「おいしそう!」っていう感じはしなかった。グラフとか数式とかあるし……。
田中 完成状態の写真がないのもありますね。作る手順に関する写真は何枚もあるのに。
竹田 それか! 普通は、おいしい完成品のきれいな写真があって、それを食べたいから作りますよね。
田中 この本では、普段、意識しないことを教えてもらえるのが面白いです。僕は結構、火加減とかにもこだわる方ですが、それでもカンでやっちゃう。スクランブルエッグでいえば、卵が固まるまでの火加減を知って理解してても、何℃でどういう状態になるか、それがどのように推移していくのか、までは意識しない。いつもなら、強火でささっと仕上げて出来上がりだけど、タンパク質が固まる温度に注目してそれをゆっくり通過させることで、今までにないスクランブルエッグができちゃう! 普段やってる「加熱」とまったく同じ動作なんだけど、科学的な知識があればいつもと違う状態を作ることができるんですね。
竹田 料理すると頭がよくなるっていう人がいるけど、この本に書いてあることを自然とやっていると思うと人間脳ってやばいね。「猫ふんじゃった」を楽譜を見ると弾けないみたいな。
田中 その例えわかりづら過ぎるだろ! すごいとやばいしか言ってないから僕たちはもうだめだ(笑)。そうそう、科学って言葉には「お勉強」のイメージが結びつきやすいけど、これは「遊び」だよね。実験でありながら、遊びって感じ。
竹田 料理だって生活に必要な活動だけど、遊びでもあるよね。遊び心がなきゃ、納豆とか食べないですよ。科学も料理も好奇心が大事って話です。
田中 『カレンの台所』はやっぱり衝撃的でしたね、レシピは実験書と同じで再現性を重視するから、感情の部分は排除されちゃうのに、この本では感情が最優先的に書かれているのが面白いよね。
竹田 最初は、その感情で書かれた分量とか加熱時間をどう解釈していいのか難しいんだけど、作っていくうちになぜかわかってしまう自分が……いや、わかろうとしている自分がいる。
田中 料理好きに共通する感情なのかもしれない。作る側の想像力を刺激してくれるし、手順通りに作ればいいんだろっていう甘えを許さないから、何度も作ったことのあるオムライスが楽しく作れたし、ちょっと失敗した。初めて料理を作ったみたいな感動があった。
竹田 今までの自分のやり方を問い直す、というのがどちらの本にも共通するテーマかもしれませんね。
俺たちの考えた最強のレシピ本
田中 今回は調理研究や料理人じゃない人たちのレシピ本でしたけど、こういうテーマの料理本っていろいろ考えられますよね。
竹田 「作家の〆切直前ギリギリ飯、〆切後打ち上げ飯のレシピ」とか面白いかも。
田中 〆切前の切羽詰まった時に、時短レシピの人もいれば、現実逃避のためにビーフシチュー作る人がいたりして個性がありそう。
竹田 そうそう、ギリギリの状況だから個性があるよね。その後、〆切からの解放感でどんな料理を作るのかも知りたい。
田中 打ち上げはビールじゃないですか?
竹田 締め切り中もビールですけどね……。
(その後、この原稿の打ち上げでついつい飲みすぎてしまうふたりであった)
次回は、『ナチスのキッチン-「食べること」の環境史』を課題本にお届けする予定です。
文・構成・写真:竹田信弥(双子のライオン堂)、田中佳祐
イラスト:ヤマグチナナコ
著者プロフィール:
竹田信弥(たけだ・しんや)
東京生まれ。双子のライオン堂の店主。文芸誌『しししし』編集長。NPO法人ハッピーブックプロジェクト代表理事。著書に『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著に『これからの本屋』(書肆汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)、『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)など。最新刊は、田中さんとの共著『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』(晶文社・写真下)。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J.D.サリンジャー。
田中 佳祐(たなか・ けいすけ)
東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。NPO職員。たくさんの本を読むために、2013年から書店等で読書会を企画。編集に文芸誌『しししし』(双子のライオン堂)、著書に『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)がある。出版社「クオン」のWEBページにて、竹田信弥と共に「韓国文学の読書トーク」を連載。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。好きなボードゲームは、アグリコラ。
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双子のライオン堂
2003年にインターネット書店として誕生。『ほんとの出合い』『100年残る本と本屋』をモットーに2013年4月、東京都文京区白山にて実店舗をオープン。2015年10月に現在の住所、東京都港区赤坂に移転。小説家をはじめ多彩な専門家による選書や出版業、ラジオ番組の配信など、さまざまな試みを続けている。
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