樹海ミステリー 生を紡ぐ森と生を終える者 第四話
【自殺の日】
9月1日は、夏休みも終わり新学期が始まる日である……。
2023年における若年層(20歳代以下)の自殺者は1298人。
そのうち小中高生は507人で、2021年(514人)に次いで過去2番目に多かった。
(男子は259人、女子は248人)
自殺の主な原因は「健康問題」、「学校や職場環境の問題」、「経済・生活問題」などさまざまだが、その中でも学生を中心とした20歳未満の死は「いじめ」、「恋愛問題」、「親子関係の不和」など、対人関係の悩みが上位を占めている。
過去には小学3年生がベランダで首を吊って自殺をするという事件もあった。
8歳の児童が自ら命を断つ状況、これは異常としか言えない。
8月28日から9月1日の5日間。
学校生活で何らかのトラブルを抱えている子は、この5日間は気持ちが追い詰められていき、心が削られていくのではないか。
それは学校内だけの問題ではないだろう。
毎年9月1日が『地獄のはじまり』のように感じられる子どもに対して、周りの大人たちがどのように寄り添えるかが重要なのではないだろうか。
【古い看板の示す連絡先とは】
樹海の入口には自殺を防ぐ目的で看板が立てられている。
「命は親から頂いた大切なもの。もう一度静かに両親や兄弟、子どものことを考えてみましょう。一人で悩まず相談して下さい。〇〇〇〇署 000-0000」
自殺者を思いとどまらせるための看板で、樹海のシンボルとも言えるだろう。
私がこの看板を動画サイトに上げた際には、多くのコメントが寄せられた。
「親兄弟が原因だったらこの看板を見て、逆に死ぬ決意が固まるよね」
「私の親は毒親だから、この看板を見てよけいに虚しくなった」
いじめが原因と思われる自殺の背景を深堀りしていくと、「相談できる相手がいない」「家庭内に問題があるため親にいじめのことを話せなかった」「先生に相談したが学校でのサポートがない」など、周りの対応も関係していることが多々ある。
「心配をかけたくない」という周りへの強い配慮があるなど、その背景はさまざまなため、単純に『いじめが原因』と言い切れる問題ではないだろう。
死を決意した人には、その人にしかわからない事情がある。
想像を絶する思いをして「辛い現実に戻ること」のプレッシャーに耐えられなくなった時、近くに支えてくれる人もおらず一人で悩んでいるとしたら、死を選ぶという流れにのまれてしまうかもしれない。
樹海の看板に書かれている内容は確かにその通りだと思う。しかし多種多様な自殺志願者の思いを汲んだ時、その言葉はあまりにもシンプルで軽いのではないだろうか。
看板の番号は、自殺相談の窓口ではなく警察署に繋がるのだ。
取材のために電話を掛けた際、警察署職員の最初のセリフは
「いつの看板を見ていますか?」
であった。
続いて、「相談窓口があるので、そちらの番号をお伝えします」
と事務的に電話番号を伝えられた。
その後、教えられた相談窓口に日中連絡をしてみたのだが、繋がることはなかった。
※時期やタイミングにより異なる。
警察署の担当者は「相談は聞ける範囲でなら聞けます」ということだったので、
そうではない相談は、伝えられた窓口で受け付けるということなのだろう。
私は自殺を考えて電話をしたわけではないが、この電話の対応にはげんなりしてしまった。
これが死を決意した人だったらどうなるのだろう?
自殺をしようと考え、樹海でこの看板を見て思いとどまり、電話をする。
その結果、「いつの看板を見ていますか?」と言われ相談窓口の番号を伝えられ、電話が繋がらなかったら……
もう一度ネガティブな気持ちになってしまわないだろうか。
市外局番すら書かれていない古い看板に、無機質な冷たさを感じたのを覚えている。
その後の数日間、相談窓口に電話を掛けたが繋がることはなかった。
相談窓口のホームページを見たところ、ほかにも番号があったので掛けてみた。
……その全てが繋がらなかった。
掛けたタイミングが悪かったのかもしれないが、時間を変えても駄目だったので、
本当に繋がりづらいのだろう。
ホームページ内に都道府県ごとの連絡先があったので、そこにも電話をしてみた。
東京、東京多摩、埼玉、千葉、横浜……その全てが通話中である。
再度、川崎に掛けたところでやっとコール音を聞くことができた。
一人の男性が対応してくれた。そこでなぜ繋がらないのかの理由がわかった。
当初、私はこれだけ電話が繋がらないのは、コールセンターの仕組みに原因があると考えていた。
『少人数で対応しているからではないか?』『公務員が空いている時間だけ電話番をしているためではないか?』
などと勝手な想像をしていた。
しかし、実際は一つのエリアで対応しているスタッフは200人近くおり、24時間体制で相談者のサポートをしているという。
それでも電話が繋がりづらいのは、相談の件数が多すぎて対応しきれないためなのだ。
私の電話に出た男性の物腰は柔らかで、安心感を与えてくれた。
相談者一人に対して30分ほど相談に乗り、一日4時間ほどの電話対応に従事している。それもボランティアでだ。
なかには手首を切りながら電話をしてくる者もいて、その際にはかなり強い口調になってしまうという。
「身近にいる悩みを抱えている者にはどう接したらいいのか?」という私の問いには
「とにかく寄り添ってあげることです」と回答してくれた。
シンプルだがとても心に刺さる言葉を聞けた。
相談者ではない私が、電話をさらに繋がりづらくさせてはいけないので、早々に電話は切った。
(繋がりづらいことで、対応の悪さを疑ってしまったことを心の底から謝罪した)
相談窓口は多忙な時期が決まっているわけではなく、一年を通してずっと忙しい。
相談窓口のボランティアは常に募集していて、『是非、参加してください』という言葉ももらった。
相談窓口に電話をして繋がらなくても、見捨てられているわけではないので、諦めずに何度も掛けてほしいとのことだった。
樹海の看板の冷たさとは対称的な温かさを感じることができた。
その反面、看板にはもう少し自殺を止める工夫があるのではないかという思いを強くした。
【悩める人たちへ】
「死にたい」と考えたことがある人は多いと思う。しかし、行動に移す人はほんの一握りなのだろう。
その一握りになるよりは、なんとか生きる方向に心を向けてほしいと願う。
お盆が過ぎ、新学期の始まりが近づく今。
身近な人の表情に変化がないか、注意をしてほしい。
『逃げて怒られるのは人間ぐらい
ほかの生き物たちは本能で逃げないと
生きていけないのに
どうして人は
「逃げてはいけない」
なんて答えに
たどりついたのだろう』
※宮城県の女子中学生(13才)の投書。
(2016年7月28日の産経新聞より引用)
筆者も自殺を考えたことはある。
しかし、樹海探索をしていると、そのような気持ちにはならない。
なぜなら、人知れず命を絶つために樹海を選んでも、
年々増えている樹海探索者に見つかって晒されてしまうのだ。
死後、腐敗した体は真っ黒に染まり、10数メートル離れていても強烈な悪臭が鼻を突くほどだ。
口や鼻からはハエが出入りをし、目からウジの涙を流す。
衣服を着たまま糞尿を垂れ流す姿は正視に耐えない。その足元には、何者かに漁られた遺留品が散らばる。
静かに自然に還るイメージとはかけ離れた現実が待っているのだ。
そんな姿を晒してまで死ぬことはない。
長年探索をしている経験から言わせていただく。
『私はこの場所でだけは絶対に自殺をしない。』
-富士の樹海探索家ココペリコ-
次回につづく
文・写真:ココペリコ
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