見出し画像

『野宿に生きる、人と動物』初版刊行から11年という時を経ての重版(四刷り)! コロナ禍で炙り出された人と動物の共生の危機に立ち向かう「反貧困犬猫部」の特別レポート!!

 2010年6月の初版刊行から11年。長らく(紙の本が)品切れとなっていた『野宿に生きる、人と動物』(なかのまきこ著)が、待望の重版となりました(四刷り目)! 貧困、そして格差社会が問題として表面化され始めた刊行当初はもちろん、社会の変化を経た昨今でも折にふれ、心ある読者の方々に注目をいただいた本書。時を経ての再重版のきっかけは昨年来のコロナ禍でした。人はもちろん、人と共生する動物たちにも生活苦のしわ寄せが及んでしまう。そのことに心を痛めるだけでなく、なんとかできないかと行動し始めた人々がいました。その取り組みを紹介したい、という著者、なかのまきこさんに、コロナ禍で生きる人と動物たちについて、特別取材を行っていただきました。どうぞご一読ください!!

苦しいのはヒトだけじゃない! コロナ禍で苦しむ“しっぽつきの家族”を救う「反貧困犬猫部」の取り組み


 新型コロナウイルスが一大脅威となった2020年。暮らしが根底から揺さぶられ、「当たり前の日常」が失われていく恐怖に、世界中が震えているような気がした。そして、それは人間だけではない。人と共に暮らしている犬や猫などの「しっぽつき」の家族にも、その影響は及んでいく。コロナ禍における動物たちは、どのような状況下にあるのか。

 作家の雨宮処凛さんは、20年近くにわたって、ヒト社会における「貧困」や「生きづらさ」の問題に向き合い、活動を続けてきた。

 彼女は、このコロナ禍において発足した「新型コロナ災害緊急アクション」(*1)のメンバーのひとりとして、困窮者支援のためのボランティア相談や対応に追われていた。2020年5月、1通のメールが届く。

「コロナで仕事を失い、アパートを追い出された女性からのSOSでした。高齢の小型犬が一緒で、犬も自分も昨日から食べていない、せめて犬の食料だけでも頂けるでしょうか、という内容で」

 反貧困ネットワーク(*2)の事務局長である瀬戸大作さんが、自らの愛犬用のドッグフードを10日分抱えて、現場に駆けつけた。そして、問題はここからだった。「動物連れ」では、公的施設(困窮者向け)にも、一般的なホテルにもネットカフェにも泊まることができない。かろうじて、ペットOKの宿を見つけ、一時的に避難してもらったが、ヒト用に集めた寄付金から、平均的支援費を上回るような金額をこのふたり(人と犬)に出し続けることはできない。さらに、この高齢犬は、10種近くもの病気を抱えていた。動物病院にかかるための費用(検査費・治療費等)も必要だ。

 雨宮さんは、ある決断をする。それは、コロナ禍で飼い主と共に住みかを失った犬や猫を支援するグループの立ち上げだ。

 かくして同年6月12日、緊急アクションの活動報告を行う院内集会で、反貧困犬猫部」(*3)の設立を発表。寄付金の募集がスタートした。

 寄付金の使い道は、主にフード、宿泊費、医療費などに充てられる。全国の心ある人たちから「ヒトゴトではない!」という熱い思いと共に、寄付金が寄せられているそうだ。

「多くの方々の、優しさや、助け合い譲り合う気持ちのようなものに触れて、本当に世の中捨てたものじゃないな、と思って」と雨宮さん。

「さらに、ペットと泊まれる緊急シェルターも開設されたんです!」

 シェルターの名前は「ボブハウス」。こちらの発起人は、「つくろい東京ファンド」(*4)の代表理事を務める稲葉剛さんである(稲葉さんは、四半世紀にわたり野宿仲間の支援活動に取り組んできた方で、上記の「反貧困犬猫部」の部員でもある)。

「つくろい東京ファンド」では、民間の空き部屋などを独自に借り上げて個室シェルター等の整備に尽力してきたが、ペットOKの賃貸物件は都内では数も少なく、高額であることが壁となっていた。

 だが、稲葉さんは諦めなかった。

「ボブハウス」のネーミングは、世界的に著名な、イギリスのストリートキャットのボブ(*5)に由来する。20代で路上生活を余儀なくされたボウエンさんと、当時野良猫だったボブとの出逢いからの日々を綴った『ボブという名のストリート・キャット』はベストセラーとなり、さらに映画化もされた。ボウエンさんにとって、ボブは相棒であり恩人であり、何よりかけがえのない存在だったに違いない。

 このボブが、2020年6月15日にこの世を去った。推定14歳(以上)。稲葉さんはボブの命日に、「ペットも連れて入れるシェルターをつくろう」と決意する。そしてボブハウスは、2部屋からのスタートとなった。

「これまでも支援活動のなかで、ペット連れで路上……というケースはありました。でも、今回のコロナ災害では、規模も何もかもが『違う』んです」と雨宮さん。

「ある程度、生活に余裕があったり、住む家に困ったことがない、いわゆる中間層のような人たちが、一気に仕事を失ったり、収入がなくなったり、家賃や住宅ローンが払えなくなったりする。もちろん家族を抱えてのケースもあります」

 そうか……。その家族のなかには、犬や猫が含まれる場合も多々あるだろう。胸が痛い。

 そして、地元の役所の窓口などで「犬を処分してください」と言われたという相談者の方もいるというのだ。

 なんということだろう……。本書でも書いたが、生活保護で犬猫を飼ってはいけないということはない(厚労省にちゃんと確認した。P.166〜171参照)!

 ただでさえ不安だらけのコロナ禍において、さらなるいのちの軽視や切り捨てが起きてしまうとは(しかも行政サイドの誤解で)、なんともやりきれない。

ドイツやフランスなど、海外での人と動物への支援体制は?


 ドイツの動物病院で働いている、藤田敦子獣医師(以下・あっちゃん)に、現地での動物たちの状況を尋ねてみた。

 ドイツでは2020年12月時点で、1日のコロナによる死者数が500人を超えており、2家庭・5人までしか集まってはいけない等、厳しい規制が出されていた。

「うちの病院では、コロナ禍で失業した飼い主さんが『治療費を払えないから安楽死を選択します』ということがあった。モルモット!」

 そして、あっちゃんは、このモルモットを安楽死させずに自ら引き取り、2度の手術と集中介護で全快させる(さすが!)。パンダ模様だったので、トントンと名付けたそうだ。モルモットの生態を勉強し、トントンにふさわしい家庭を見つけ、送りだすことができた。しかし、その間の彼女の労力も大変なものだった。


画像4画像2

元気になったモルモットのトントン
©️藤田敦子

「ただ、コロナ以前から犬猫と路上生活をしている人はいたけれど、コロナによって路上……というケースはまだ見ていません。コロナによる不況等で失業・休業という証明書があれば、家賃の支払いを最長2年間待ってもらえる(注1)という制度があるんです」とのこと。

 さらに、あっちゃんの住んでいる街には、Grenzenlose Tierhilfe (国境なき動物お助け隊)というグループが数年前にできたそうだ。シェルター(保護施設)はないけれど、ボランティア登録している一般家庭や農家に動物たちが一時避難できる体制が整っており、ていねいで懸命なお世話や看護が実現しているのだという。

 また、南仏の小さな街でレスキューした猫たちやハト、お嬢さん(ヒト)と暮らす後藤えりこちゃん(以下・えりちゃん)に話を伺った。

「フランスでは、犬と道端で暮らす方がとても多いと思う。しかも、みんないい子」

 えりちゃん自身も、気にかけている存在がいる。よく街で見かける、路上生活をしている青年と彼の相棒マリーン(犬)だ。以前、しばらく彼らを見かけない時があったのだが、青年は入院していたそうで、そのときに近所のおばあちゃんがマリーンを預かってくれていたのだそう。
「みんな、できるときにできることをする、って感じ。自分がコーヒーを飲むついでに、彼にも1杯持っていくとか、代わりに電話してあげるとか、マリーンにドッグフードをあげるとか」
 なんだか、心がほっとする話だ。

 えりちゃんの話によると、フランスにおける「しっぽつき家族を連れた野宿仲間」への支援・協力活動は歴史があるのだった。1999年、フランス国内で初めて、セーヌ河畔に停泊する舟、Le Fleuronが、犬を連れて路上生活する人たちを受け入れる活動を始めた(当時、50人中25人が動物を連れていたそうだ)。その後、マルセイユ、アヴィニョン等の都市で、動物を連れて宿泊できる路上生活者のための施設が誕生する。

「これらの施設では、動物たちも食事ができて、獣医師の監督下で獣医学生たちによる診察も受けられるんだよ」とえりちゃん。

 さらに、“Les Gamelles pleines” (日本語だと、gamelle=犬猫用の食器、 Pleine= 満杯……なので、えりちゃんいわく「山盛りゴハン」!)という団体も登場。人の福祉、動物のケアや医療など、人と動物の双方を支援するこの団体は、国内に数箇所の支部があり、ボランティアを募り、手術や治療が必要な動物(特に犬)のためのクラウドファンディングなども行っている。国会議員である獣医師が協力を呼びかけ、有名なペットフードの企業(ヒルズやロイヤルカナン等)がパートナーにもなっている。心底驚いた。

 そして、これらの施設や団体の発起人の方々が口をそろえて言うのは、「動物たちに愛情を注ぎ、お世話をすることで、彼らは生きる意味を得たり、逆に唯一の愛を感じたりしている。だから、彼らから『ペット以上の存在である』動物たちを奪うことはできない」

「フランスでは、115番に電話すると(通話無料)、ホームレスの人が相談できて、動物連れでの宿泊を希望する場合にも足掛かりになるの」
 そうなのか……すごい! の一語に尽きる。

画像3

フランス2

後藤さんが保護して育てた猫たちとハト。コロナ禍の町を見下ろす。
©️後藤えりこ

「反貧困犬猫部」のポリシー「ひともどうぶつも」


 話を日本列島に戻そう。コロナ災害に見舞われて、日本という国の「福祉」「支援」施策の穴だらけ感に呆然とされた方も多いのではないだろうか。国の用意した名ばかりのセイフティーネットからは、たくさんのいのちが振り落とされる現実。そして、こぼれおちかけるいのちには、民間のボランティアや有志が奔走して対応している。

「反貧困犬猫部」も、実働部員は前述した雨宮さん、瀬戸さん、稲葉さんの3人だ。コロナで自分たちの生活も大変であろう彼女等が、このような活動を立ち上げたのは容易ではないはずだ。

 キーワードは「ヒトもどうぶつも」である。雨宮さんたちは、長年ヒトの貧困問題等に関わり活動してきた実体験と知識があり、それらに裏付けられたていねいでやさしい知恵がある。

 さらには、部員三人とも、かけがえのないしっぽつき家族を抱えながら奮闘している。そこに、全国からの心ある応援の声。

「正義とは、飾りではない。行動することなのだ」というカタヤマさん(本書参照)の声が聞こえてきそうだ。

 さいごになるが、雨宮さんと稲葉さんによる、とても心に残る一言をご紹介したい。

雨宮処凛

目の前にいる誰か(人や動物)が苦しんでいたら、誰だって見捨てることはできない。それだけのシンプルなことがなぜか『自己責任』なんて言葉で阻まれてしまう社会。だからこそ、『ほっとけない』感覚を大切にしたい。 ※本稿作成のための取材時のもの。
稲葉 剛

(住まいを失った人が動物と暮らしたいということについて)いろんなものを失う経験をしたからこそ、絶対に失いたくない存在があるのではないだろうか。( 「論座」 2020年6月24日 『世界中の路上生活者を支えた猫の死 「反貧困犬猫部」と「ボブハウス」 』/ https://webronza.asahi.com/national/articles/2020062300001.html?page=5)



注1:原則、2020年4月から6月までの3ヶ月分。この期間払えなかった家賃の支払いは最長2022年6月まで待ってもらえる。

*1:新型コロナ災害緊急アクション: コロナ禍による企業の業績悪化のため、雇い止めや減収などの被害に遭い、生活が困窮に陥ったり、住宅を失ったり、学業を断念ざるを得ないなどの苦境にある方を支援するため、反貧困ネットワークなど、貧困問題を解決するために活動する複数の団体により、2020年3月24日に結成された組織。 

*2:反貧困ネットワーク: 人間らしい生活と労働の保障を実現し、貧困を社会的・政治的に解決することを目的に、貧困問題に取り組む市民団体や労働組合、政治家、学者、法律家など、多様な背景をもつ団体や個人が集まり、貧困問題に取り組むために設立されたネットワーク。2007年10月に発足。

*3:反貧困犬猫部:2020年6月に発足。文中にあるよう、昨年のコロナ禍のなかで、犬や猫などのペットとともに路頭に迷う人が増えたことから、ペットフード代、宿泊費、病院代などを寄付金から支援している。寄付金は郵便振替や銀行振込で受付中。呼びかけ人は雨宮処凛さん、稲葉剛さんのほか、枝元ほなみさん(料理家)、瀬戸大作さん(反貧困ネットワーク事務局長)、伊藤比呂美さん(詩人)が名を連ねる。公式HP

*4:つくろい東京ファンド:2014年6月、東京都内で生活困窮者の支援活動を行ってきた複数の団体のメンバーが集まり、設立。代表理事は稲葉剛(立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授)。

*5:ストリートキャットのボブ:イギリス人男性のジェイムス・ボウエンさんが薬物依存に苦しんでいた2007年頃に出会った茶トラの野良猫。「ボブ」と名付け、面倒を見始め、その経験を『ボブという名のストリート・キャット』(日本語版は辰巳出版より2013年刊)に綴り、大ヒット。2017年には映画化(『ボブという名の猫』)もされた。

文:なかのまきこ


【プロフィール】
雨宮処凛(あまみや・かりん)
1975年、北海道生まれ。作家、活動家。フリーターやパンクバンドのヴォーカルなどを経て、2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版/ちくま文庫)で作家としてデビュー。以来、いじめやリストカットなど自身も経験した「生きづらさ」についての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。2006年からは格差・貧困問題に取り組み、取材、執筆、運動中。メディアなどでも積極的に発言。2007年に刊行した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)は日本ジャーナリスト会議賞を受賞。3・11以降は脱原発運動にも取り組む。「反貧困ネットワーク」世話人、『週刊金曜日』編集委員、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、「公正な税制を求める市民連絡会」共同代表。近刊に、『コロナ禍、貧困の記録』(かもがわ出版)、『この社会の歪みと希望』(第三文明社 ※佐藤優氏との共著)がある。

【著者プロフィール】
なかのまきこ
1988年より動物と人の共生を考える自由非組織「ひげとしっぽ企画」を主宰。動物実験や野生動物、犬猫の問題に取り組む。麻布大学獣医学部獣医学科を2000年に卒業、その後獣医師となる。著書に『実験動物の解放』(カタツムリ社)など。


野宿に生きる_4刷_H1_obi_M

『野宿に生きる、人と動物』
なかの まきこ 著
2010年06月12日 発売
四六判・並製/255ページ
ISBN 978-4-903186-78-8
定価(税込み) 1,760円(税込)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?