『テイキング・ストック ぼくがどうしても手放せない21世紀の愛聴盤』刊行記念! ピーター・バラカン氏のトーク・イベントレポート②
ピーター・バラカンさんの新刊『テイキング・ストック ぼくがどうしても手放せない21世紀の愛聴盤』の刊行記念イベント(@渋谷の書店兼カフェ&バー、BAG ONE)のレポートの第二弾です。約1時間半の間に計10曲をかけながらのトークという充実ぶり。後半は、5曲目のシェルビー・リンのお話から。7曲目と最後の10曲目は会場のお客様からのリクエストに応えていただいたものですが、よどみない進行とトークはさすが! 今回も知られざる名アーティストの存在を紹介していただきました。
知る人ぞ知る女性シンガー、そしてジャンル分け不可のフリーキーなバンドの逸品
次はシェルビー・リン。彼女はアラバマ州で生まれ育ち、最初はカントリーのアルバムを何枚か出していて、『I Am Shelby Lynne』というアルバムを、2000年に出しました。ぼくはそれまで彼女を全く知らなかったから、カントリーという先入観もなかったのですが、そのアルバムは、カントリーとソウルの両方がすごく良い感じで混ざったサウンドで、一気に彼女のことが好きになりました。ただ、その後に出したものはどれも、今ひとつかな、というものが多くて……。
その彼女が2008年に出したのが、この『Just A Little Lovin’』というアルバムです。ダスティ・スプリングフィールド(*1)というイギリスの女性歌手が歌っていた曲ばかりを集めた企画ものです。後日談ですが、この企画の提案をしたのが、なんとあのバリー・マニロウなんだそうです!
ダスティは非常に才能のある歌手で、1960年代の半ばくらい、イギリスでまだそれほどソウル・ミュージックが紹介されていなかった頃に、積極的にソウルを紹介していた人です。とても人気があって、テレビにもよく出ていたんですが、アメリカのモータウンのソウル・シンガーの人たちの曲を取りあげて歌ったりしていたんです。イギリスでソウルの人気が定着したことに彼女が果たした役割は決して小さくはないと思います。その彼女が1960年代の終わりごろに、アトランティック・レコードと契約して、メンフィスで録音した『Dusty In Memphis』というアルバムがあります。大ヒットしたとは言い難いのですが、後に名盤と言われるようになった作品です。
今回シェルビーが取り上げているのは、その『Dusty In Memphis』に入っている曲がわりと多いです。軽快でポップな曲を、すごくスロウなテンポで切なく歌ったり、編曲の仕方がすごく面白いんですね。ミュージシャンはギター、キーボード、ベイス、ドラムズだけで、音が粒立ちするような編成で作られています。ロサンジェレスの伝説のスタジオである、キャピトル・スタジオで録られた作品です。フランク・シナトラなどが録音したこともある、ヴォーカルには非常に合った、またアナログの機材がちゃんとメンテナンスされた状態で整っているスタジオです。プロデューサーはエンジニア上がりのフィル・ラモーン(*2)で、エンジニアはアル・シュミット(*3)という、これまた伝説のエンジニア。本当に、このチームでめちゃめちゃいい音のアルバムを作ったんですが、編曲の面でも演奏の面でもピカイチのアルバムです。あまり売れなかったけど、本当に素晴らしい。
⑤ The Look Of Love / Shelby Lynne
※『Just A Little Lovin’』より
次はハドゥーク・トリオにいきましょう。ぼくが今までやってきた番組の中で、一番知られていないのが、『PB’s Blues』という番組で、月に1回、スカイパーフェクTVの音声チャンネル、スターディジオでやっていたジャズの番組です。ジャズの番組なのに「ブルーズ」というタイトルがついているんですが(笑)。この番組のディレクター(土屋光弘さん)とは、この番組で初めて会ったのですが、ぼくがインターFMの編成の仕事をしている時に、彼の選曲がすごく面白かったので、一つ番組を担当してもらったんです。
ぼくとやっていたその番組の頃には、もう、ジャズといったら知らないことはないくらい、ものすごく詳しかったです。ぼくはぼくで、自分の趣味で特集を組んだり、選曲をしていました。彼に教えてもらったいくつかの面白いもののうちのひとつがこの、ハドゥーク・トリオというバンドです。
フランスの3人組、後にもう一人加わって、今はカルテットで活動しています。昔、GONGという、イギリスとフランスとオーストラリアのメンバーの、ちょっとぶっとんだプログレっぽいグループがあって、特別ファンだったわけじゃないけど、そのグループに、ディディエ・マレルブというサックス奏者がいました。このハドゥーク・トリオでは彼がドゥドゥク(*4)というアルメニアの楽器を吹いています。ドゥドゥクというのは、杏の木を使った30㎝くらい、二重リードの笛で、オーボエの親戚みたいな楽器です。音はオーボエというよりはフルートに近い音です。
彼と、ロイ・エールリッヒというフランス人がいます。北アフリカ、アルジェリアとかモロッコのグナワと呼ばれるトランスっぽい音楽でよく使われる「ゲンブリ」、いうなれば、アクースティック・ベイス・ギターというような弦楽器を弾いたり、時々キーボードを弾いたりするんです。もう一人がアメリカ人の、スティーヴ・シーハンというパーカッショニスト、その3人で、ジャズでもなければワールド・ミュージックでもない、というような、本当にユニークな音楽をやっていました。『Air Hadouk』というアルバムから、「Babbalanja」です。
⑥ Babbalanja / Hadouk Trio
※『Air Hadouk』より
「へ~、ピーター・バラカン、こんなもの聴いてるのか?」と思われるかもしれません(笑)。いいんですよ、これが。フランスのグループなので、Hを発音しない「アドゥーク」というのが正しいのかもしれませんが。今はギターが加わって、4人になって、音がまるっきり変わってしまったんです。前の方がよかったな、というのが正直なところです。これ以外にも5、6枚ほど出しています。なかなかいいですよ、要注目です。
(会場からのリクエストで)
ルーシー・フォスターという歌手は、アフリカン・アメリカンで、テクサス州オースティンの人です。アメリカ人の友人で、鎌倉に住んでいたダグラス・アルソップという人がいたんですが、彼が運営していたバッファローというレーベル(Buffalo Records)で、このルーシー・フォスターのアルバムを出していて、それで彼女のことを知りました。2009年に横浜のサムズアップで彼女のライヴを見ましたが、全然知られていないのにその実力に打ちのめされました。
彼女は、雑誌などで取り上げられるような要素をもっている人ではないんです。どちらかというと地味な感じなのですが、とにかく歌は抜群(にうまい)。本当に圧倒されるようなうまさで、素晴らしかったですね。アメリカでも彼女のことを知ってる人というのはあまり多くないらしいのですが、フェスティヴァルによく出るんだそうです。
フェスティヴァルって、自分でも監修しているのでわかるのですが、お客さんはヘッドライナーのアーティストだけが目当てではなくて、フェスティヴァルそのものを楽しむために来てくれる方の方が多いんですね。ルーシー・フォスターは、そういうところですごく得しているんだそうです。会場でCDがバンバン売れるらしいです。
アルバムは結構な数出しているんだけれど、その中でもぼくが一番好きなのが、この『Let It Burn』という、2012年のアルバムです。確かニュー・オーリンズで録音したアルバムで、ニュー・オーリンズのミュージシャンが参加しています。先ほどのベティ・ラヴェットやシェリビー・リンもそうですが、自分で曲を作ることはあまりなくて、むしろ人の作った曲をうまく選曲することで本領を発揮するタイプの歌手というのはいるんですね。ルーシー・フォスターも間違いなくそういうタイプの歌手です。自分で曲を作ることもあるにはあるんだけど、人の曲を歌うと、すごくいい。今回プレイリストに入れたのは、ロス・ロボスの曲で、「This Time」です。
⑦ This Time / Ruthie Foster
※『Let It Burn』より
「目立たないけれど、確実に良い」ふたりのギタリスト&シンガーとチャーミングなアフリカン・スパニッシュ・シンガー
もう一人、ぼくの友人のダグラスのおかげで知った人を紹介します。スタンリー・スミスというおじさんです(笑)。彼もオースティンの人だったんじゃないかな。もう解散しているのですが、アサイラム・ストリート・スパンカーズという、ジャズが誕生した頃のブルーズやオリジナルの曲をアクースティック、それもマイクロフォーンすら使わず、楽器と生歌だけで勝負するという、ちょっと変わった感じのバンドがありました。スタンリー・スミスは、そのバンドのクラリネット奏者で、全然目立たない人でした。
今日紹介するのは、2002年に出した彼のソロ・アルバム『In The Land Of Dreams』です。このアルバムではクラリネットはほとんど吹いていなくて、とにかく、歌ってギターを弾く。J.J.ケイルのような、いい感じを出しているんですよ。その中で、ラジオでも何回もかけた曲が、「Sweet Butterfly」という曲。知らないで聴いたら、アル・グリーンのカバーじゃないかという感じの曲です。
⑧ Sweet Butterfly/Stanley Smith
※『In The Land Of Dreams』より
いいなぁ……(笑)。でも、正直いって、スタンリー・スミスなんて、世界中どこへいっても、知ってる人は少ないんです(笑)。でも、いいミュージシャンですよ、この人。『Live Magic!』の初回、2014年の時に呼んだんです。ひとりで来て、ギターを抱えて弾き語りをして、渋~い感じでね。オリジナルも歌うし、タージ・マハール、ボブ・ディランの曲も歌ったり。本当にゆったりと、気持ちよく聴けます。ジャケットはちょっとダサいけど(笑)。でも、本当にいいアルバムです。今でも手に入ると良いのですが。
次に紹介するのは、ぼくがダグに教えて、それがきっかけで彼の音楽関係の事業が始まったんじゃないかというミュージシャンです。ケリー・ジョー・フェルプスといって、渋いギタリストで歌手です。ダグは最初はイヴェントの会社に勤めていたんですが、それまでと違うタイプのイヴェントをしたいから面白いミュージシャンはいないかという相談を受けたんです。ぼくがかかわっていたRykodiscというレーベルから出ていたケリー・ジョー・フェルプスのことがすごく気に入っていた頃だったので、すぐに彼のことを伝えました。そのレコードを聴かせたら、ダグもいいと言ってくれて、連絡を取ったところ、日本に来てくれることになったんです。
でも、いかんせん日本で彼のことを誰も知らないから、コンサートに人が集まるか心配でした。ぼくはインターFMでの仕事が始まって3年めくらいの頃で、番組を持っていたので、そこでの告知もしました。その効果もあったのか、青山のCayでライヴをやったら、意外に人が集まったんです。それで、ダグはその後も2回か3回、彼を日本に招びました。
ぼくも彼が来日した時に会って話をしたんですが、非常にシャイで、とても言葉が少なくて、どちらかというとちょっと暗い感じの人でした。どんなに素晴らしいミュージシャンでも、(観客と)コミュニケイションをとろうとする人でないと、一定のレベル以上は伸びないんです。それがすごく残念ですね。音楽の才能はすごくあるのに。
ぼくはすごくスライド・ギターが好きで、彼も最初はスライド・ギターを弾いていたので好きになったんですが、のちに彼がスライド・ギターを弾くのを止めて、フィンガー・ピキングのレコードを出すようになったら、これがまた絶品なんです。今日かけるのは、『Brother Sinner and The Whale』という2012年に出たアルバムからです。フィンガー・ピキングと、再び弾くようになったスライドを組み合わせたようなサウンドで、曲はほとんどゴスペルのような感じ。
⑨ Hard Time They Never Go Away/ Kelly Joe Phelps
※『Brother Sinner and The Whale』より
では、リクエストを。ブイカ、ですか? ブイカ、あるいはコンチャ・ブイカというのがフル・ネームです。スペインのアフリカ系の女性歌手で、マヨルカ島の生まれだそうです。彼女のお父さんとお母さんは赤道ギニアという、とても小さな国からの政治亡命者だそうです。アフリカ系のスペイン人って、あまり聞かないですよね。
彼女は、最初はR&Bっぽいアルバムを出していました。2000年代以降からはフラメンコに根差したサウンドをやるようになって、その後は何度か音楽のスタイルが変わっています。今はマイアミに住んでいるのですが、アメリカのヒップホップとかジャズの影響があったり、なかなか面白い活動をしている人です。フラメンコに一番近いサウンドのものをかけましょう。2006年の作品ですが、すごく好きで、今でもときどき聴きます。ちょうどその頃彼女が来日して、それを観てまたいいなぁと思ったんです。タイトル曲の、「Mi Niña Lola」。Niñaというのは娘とか女の子という意味で、私の娘(こ)、ローラという曲です。
⑩ Mi Niña Lola / Buika
※『Mi Niña Lola』より
ちょっと不思議な存在の人ですよね。発声はわりとそういう感じだけど、完全にフラメンコをやっているというわけでもなく、ポップなところもあり、歌謡曲っぽいところもあり、若干センチメンタルなところもある。そういうところが時々出て来るんですけど、プロデューサーによって変わる人でもあります。素晴らしい歌手です。2、3年前に来日して、ブルーノートでライヴがあったんですが、とてもチャーミングな人です。もしまた観る機会があれば、ぜひおすすめしたい人です。
ここまでのプレイリスト
⑤ The Look Of Love / Shelby Lynne
※『Just A Little Lovin’』より
⑥ Babbalanja / Hadouk Trio
※『Air Hadouk』より
⑦ This Time / Ruthie Foster
※『Let It Burn』より
⑧ Sweet Butterfly/Stanley Smith
※『In The Land Of Dreams』より
⑨ Hard Time They Never Go Away/ Kelly Joe Phelps
※『Brother Sinner and The Whale』より
⑩ Mi Niña Lola / Buika
※『Mi Niña Lola』より
*1 ダスティ・スプリングフィールド…イギリスの女性シンガー(1939~1999年)。ロンドン出身で、当初はふたりの兄とのグループで活動を開始したが、後にソロに転向。1963年にリリースした「I Only Want To Be With You(邦題:二人だけのデート)」が英米でトップ10に入るヒットとなり、一躍人気シンガーとなる。アメリカのソウル・ミュージックに強く影響を受けたサウンドが特徴。「ローリング・ストーンが選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」で35位にランクインしている。
*2 フィル・ラモーン…アメリカの音楽プロデューサー、レコーディング・エンジニア等(1934~2013年)。南アフリカ共和国の生まれで、当初はヴァイオリニストを目指してアメリカの名門、ジュリアード音楽院に進んだ。レコーディング・スタジオとして名高いA&Rレコーディングスを立ち上げたことや4トラックレコーダーやデジタル録音技術など、その分野で数々の功績を残した。
*3 アル・シュミット…1930年生まれのアメリカのレコーディング・エンジニア&レコード・プロデューサー。アトランティック・レコードやRCAなどの名門レーベルで数多くのアーティストを手掛け、一時はプロデューサーに転向するが、再度エンジニアとしての仕事にも復帰した。ヘンリー・マ
ンシーニ、スティーリー・ダン、TOTOなどとの仕事で20以上のグラミー賞を受賞している。
*4 ドゥドゥク…アルメニアの民族楽器のひとつで、ダブルリードの管楽器。聖歌の演奏に用いられる。
著者プロフィール
ピーター・バラカン…1951年ロンドン生まれ。ロンドン大学日本語学科を卒業後、1974年、音楽出版社で著作権関係の仕事に就くため来日。
80年代にはYMOとそのメンバーの海外コーディネイションを担当。
84年から3年半、TBSテレビのミュージック・ヴィデオ番組『ザ・ポッパーズMTV』の司会を務めた。
現在はフリーランスのブロードキャスターとして活動し、『ウィークエンド・サンシャイン』(NHK-FM)、『バラカン・ビート』(Inter FM)、『ライフスタイル・ミュージアム』(Tokyo FM)、『ジャパノロジー・プラス』(NHK BS1、NHK World)などの番組を担当している。
また、2014年から毎年音楽フェスティヴァル『Peter Barakan's Live Magic! 』のキュレイターを務め、内外の素晴らしいミュージシャンを紹介している。
おもな著書に『ロックの英詞を読む──世界を変える歌』『ピーター・バラカン音楽日記』(集英社インターナショナル)、『ピーター・バラカンのわが青春のサウンドトラック』(光文社知恵の森文庫)、『ラジオのこちら側で』(岩波新書)、 「新版 魂(ソウル)のゆくえ」(アルテスパブリッシング)がある。
構成:こまくさWeb
写真:南雲千夏
『テイキング・ストック ぼくがどうしても手放せない21世紀の愛聴盤』
ピーター・バラカン 著
四六判/並製 144ページ
ISBN 978-4-909646-31-6
定価(税込み) 1,870円(税込)
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