見出し画像

2023年4月10日 小松庵銀座 森の時間|講師 ソバリエ ほしひかるさん

4月10日(月)のギャラリータイムは、ソバリエほしひかるさんが出版された本に関連して、和食の味わいについてのトークショーが行われました。蕎麦は和食に含まれるという切り口から、誰が聞いても興味深い、そもそも和食とは何か、味わいとは何か、というお話です。前後編の前編になります。

書籍「小説から読み解く和食文化〜月の裏側の美味しさの秘密」のキーワード、「和食」「美味しさ」「月の裏側」を考える

小松孝至社長(以下、小松社長)
今回は蕎麦界きっての方、ほしひかるさんのトークショーです。ほしさんが今回上梓された書籍にまつわるお話です。蕎麦の話というと、ついウンチクが多くなりますが、ほしさんのお話はきっとそうではない世界が広がると思いますので、楽しみです。
よろしくお願いします。

ほしひかるさん(以下、ほしさん)
今日と次回4月24日の2回の時間をいただきましたので、今日はプロローグ的なお話をします。
最近、和食の中の蕎麦をまとめた「小説から読み解く和食文化〜月の裏側の美味しさの秘密」という本を書きました。
キーワードとして、「和食」「美味しさ」「月の裏側」をピックアップしました。

ほしひかるさんの著作「小説から読み解く和食文化〜月の裏側の美味しさの秘密」のキーワードです


「和食」と「日本食」の違いは何か

まずは「和食」です。
もちろん蕎麦も和食の中の1つです。蕎麦から和食と枠を広げたのは、「井戸の中の蛙」にならないようにと気を付けたかったためです。
そもそも「和食」と「日本食」の違いは何でしょうか。
いろいろな定義づけがありますが、わたしが考えるのは「日本食」というのは「古代から現代までの日本列島で食べ物」と考えます。つまりカレーライスもトンカツも日本食。

それに対して、「和食」というのは、「室町時代から江戸末期までの食べ物」です。この期間の食事は、箸を使って、食器を持って、座って食べます。それ以前の奈良時代、平安時代は箸と併用してスプーンも使っていました。明治時代以降も、スプーンやフォークも併用しています。室町時代から江戸時代、簡単に言うと侍の時代は箸だけを使用して食べていました。
和食は一汁三菜と言いますが、その中にご飯は入っていません。ご飯は、当然に入っているものなのでわざわざ入れません。つまり、和食というのはご飯が主役で、箸で座って食べるものと言えます。
麺類はどこに入るのでしょうか。
和食文化国民会議の和食のまとめの中には、「うどんや蕎麦などの粉食も和食」と書かれています。実際に、サラリーマンなどのランチには麺類は人気も高くて重要な存在です。

そんなにも重要な存在の麺類ですが、ご飯に比べて立場が弱いです。
ご飯というのは植物のときには「稲」、食糧のときには「米」、食べ物になると「ご飯」と変わります。それに対して蕎麦は、植物から食べ物までずっと「蕎麦」です。この表現のあたりで、立場の違いが見えます。

最近のほしひかるさんが書かれた本の数々です


「美味しさ」とは何か

次に「美味しさ」について考えます。
「美味しさ」は結局は「好き」か「嫌い」につながります。
「美味しい」は、五官(五感)で評価します。視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚です。
この中で味覚には五味があります。甘味、塩味、酸味、苦味、旨味。

食べ物の美味しさをチャートで表すときに五味を使います。渋みと辛みを入れた七味で比較することもあります。日本酒は、旨味と酸味、人によって甘味を入れることもあります。このようにチャートで比べると特質は分かりやすいのですが、美味しいかどうかとなると、また別です。
官能評価をする場合、最後に総合評価をします。これは「好きか嫌いか」、言葉を変えると「もう一度食べたいか食べたくないか」です。
つまり、総合評価は個人的な感性です。

「月の表側」と「裏側」という考え方

そこで、もう一つ視点を変えて「月の裏側」について考えます。裏側があるのなら表側があるはずです。

日本に造詣の深いクロード・レヴィ=ストロースの著書「月の裏側」から表現を引用


クロード・レヴィ=ストロースという文化人類学者が、月の表側はエジプト、ギリシヤ、ローマ以来の歴史、裏側は日本やアメリカだと解説しています。
食の世界で見ると、エジプト、ギリシヤ、ローマの食生活はワイン、ビール、ミルク、パン、牛、鶏、レタス、小麦です。ヨーロッパの食生活そのもので、それと違っているのがアメリカと日本と解いています。
クロード・レヴィ=ストロースは日本に造詣の深い学者の方で、日本は古くは中国から、今はアメリカやヨーロッパの各国からいいところを取り入れていると言っています。それを「月の裏側」という表現をしています。
そこで、月の裏側という言葉を拝借して、本のタイトルに「月の裏側の美味しさの秘密」というフレーズを入れました。

今の文化のあり方を月の表側と裏側というくくりで見ると両方必要で、これは多様性につながります。
チャートで表記される五官、好き嫌いで表現する感性。
科学や文化。
そして男性と女性。
いずれも同じくらいに大切です。

そこで、男性の書いた料理小説と、女性の書いた料理小説を読んでみると、違いに気付きました。
男性の料理小説は、食べておいしいと表現をします。そして理論が好きです。
女性は、食べる前からおいしそう、と表現します。食材を切っている感触からおいしそうと感じています。そして屁理屈が苦手です。
先ほどから言っていますが、理論と感性は同居するべきなので、今回出版した書籍では、男性と女性の両方の料理小説を取り上げました。

料理の手法を整理する「料理の三角形」という理論

クロード・レヴィ=ストロースという人は、料理の美味しさを分析するために「料理の三角形」をまとめました(図1)。食材を「生のもの」「火にかけたもの」「腐ったもの」に分けています。このような分類をすることが欧米人のやり方です。生のものを火にかけるというのは、人が手をかけること=文化を表します。生のものが腐るというのは、自然が作用しています。そのような整理の仕方です。

もう一つ、「焼いたもの」「燻製」「煮たもの」という分け方もあります。
この分け方は、生のものと焼いたものが近い位置にいます。日本人の感覚では、焼くときにはよく焼きますが、欧米の料理には生に近い「レア」という焼き方があるからです。
ここで重要なのは、このように調理法を初めて理論的に整理したという点です。
その後、玉村豊男さんという人が「料理の四面体」として、火、水、油、空気を利用した調理法を表現しました(図2)。
欧米では、ラスコーの壁画を見てもわかるように、動物を狩って、切って、焼いて食べました。ここで分かるのは初めての調理法は、焼く料理ということ。日本には土器があることからも分るように、煮る料理が先でした。

料理の四面体によれば、底辺が「ナマ」で、火だけで調理すると「焼きもの」、火と水で「煮物」、火と油で「揚げ物」になります。

ほしさんは、料理の手法に「時間」の要素を追加

さらに、わたしも考えました。
基本は「料理の四面体」と一緒で、わたしが付け加えたのは、時間の項目です。
和食には 漬物があります。漬物だけでなく、味噌、醤油という発酵食品もあります。そのために「時間の料理」という項目を入れました。

時間の項目を追加した、ほしさん発案の「新・料理の三角錐」です

料理を作る話、料理の特質のお話をしましたが、もう一つは、食べる側の履歴書も大切です。例えば、何千件も食べ歩いている人もいれば、一軒しか知らない人もいます。年齢、性別、出身地、文化系か理科系かでも好き嫌いが影響してきます。立ち食い蕎麦をおいしいという人もいれば、おいしいと思わない人もいます。


つまり、料理の味わいを分析するやり方も大切ですが、食べる側も重要なのです。そこで、味のブラインドテストをするときには、テスター側の簡単なプロフィールも入れます。例えば、「70代10人、その内男性8人、女性2人の評価です」という情報を入れています。この内訳によっては、結果が変わることもあるからです。

次回は、料理小説のご紹介をします。

食の職人に必要なものとは?

ほしさん(右側)と小松社長(左側)のトークは息もぴったり


小松社長

今回のほしさんのお話に登場したクロード・レヴィ=ストロースがすごいのは、味を調べたときにそこまで自分たちの歴史も含めて結びつけているということです。
僕たちは歴史を一直線と思っていますが、クロード・レヴィ=ストロースはは否定しています。
クロード・レヴィ=ストロースがブラジルに行ったときに、それ以前にアマゾンに入った人たちは全て殺されていました。調べたら全て宣教師でした。アマゾンには文化がきちんとあったので、それを理解してから入らなければならないのです。

同じように、今、僕たちが職人とは何だろうと考え直さなければならない時期に来ています。
一つは、職人の中に湧き上がるような倫理観とか表現したいものがなければ職人とは言えないのではないかと思うのです。

もう一つは、今まで永遠に伝わってきた「味という贈り物」を、次世代にどうしても伝えたいという情熱です。
この二つが、職人に必要なものなのではないかと思っています。
今日は、どうもありがとうございました。

小松庵総本家 銀座 森の時間(平日16:00〜17:00)は展示してある作品をじっくりご鑑賞いただける、ギャラリー・タイムです。(この時間はお食事の提供はしておりません。)
今後も不定期でワークショップやトークショーなど様々なイベントを企画していきます。お気軽にご参加ください。
小松庵総本家 銀座(Tel. 03-6264-5109)

#東京蕎麦 #蕎麦#蕎麦屋のチャレンジ#クロード・レヴィ=ストロース#料理小説#職人#ソバリエ#ほしひかる#美味しさ#銀座#銀座ギャラリー#アートギャラリー

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?