長く愛されるために ~音楽ストリーミングが導く新しいファン設計~
前回のnoteでは一過性ではなく、長く愛されるファンベースを作り上げる。というお話をしました。
そのためにアーティスト自身がファンとエンゲージしている強みを見つけ、知ってもらい、広げてもらい、愛してもらう。ことを。
では、このファンベースをどうやって作っていくのか🤔
①知ってもらう → 知ってもらうために何をするのか
②広げてもらう → ファンに広げてもらうために何をするのか
③愛してもらう → 毎日聞いてもらうために何をするのか
これからのアーティストの方がインタビューでよく「夢は、多くの人に曲を聞いてもらいたいです!」と言うのですが、それって"知ってもらう"フェーズをぐるぐる回るだけですよね🥺
またそこから進んで、"広げてもらう"フェーズにいったとしても、その一過性の盛り上がりに満足してしまい、あっという間に賞味期限切れをおこし、深く愛してもらうところまで行けず、瞬間的な人気でおわることも🥺
ではアーティストの方が自分にとって、どんなファンベースをいかに形成していくのが良いのか。どんな形が幸せなのか。ヒントが隠されているチームの話と、音楽ストリーミングの役割とは?のお話をしたいと思います。
綺麗に∞の字描いていきましょう🥳
今回の献立。
①メジャーレーベルではないミドルクラスの実例
②Kan Sanoが愛される100人のファンと100万人のリスナー
③チームとして目指してしていること。
④それを可能にする理由。
⑤アーティスト/ レーベル / マネージメントの線引き
⑥学べること
メジャーレーベルではないミドルクラスの実例
まずは下記の画像。何の数字でしょう🤔
彼らはorigami PRODUCTIONSという音楽レーベル兼マネージメントオフィスに所属するアーティスト。
この数字は彼らのストリーミング上で海外から聞いているリスナーの比率です。グラフの赤色が海外です。(※直近一ヶ月のSpotifyの数値)
所属アーティスト全員で平均すると7割が海外で聞かれています。しかも数千、数万回再生の曲ではなく、ミリオンストリームの曲を皆さんお持ちです。かといって彼らは海外メインで活動してるわけでもないのです。「関ジャム」見ていたらmabanuaさん出てきますしね。
origami PRODUCTIONSはオフィスとスタジオの2拠点、レーベル業務とマネージメント業務両方を一括で行う会社。社員数は6名。
もともとビクターエンタテインメントでお仕事をしていた対馬芳昭さんが退社後2007年に設立した会社です。
-マネージメントとしての業務
(物販制作、各アーティストのマネージメント /楽曲提供・出演アレンジ)
-レーベルとしての業務
(ストリーミング配信手続き、ULTRA VYBEなどからCD流通)
を自分たちでDIYに行うチームです。いわゆるメジャーレーベルと呼ばれるレコード会社ではないです。そんな彼らは
アーティストがサステナブルに活動できる姿を作ろうとしている
のです。その過程で海外率が高まっているのです。
"サステナブルかつ健やかに"という表現はTakashi Watanabeさんからお借りしますね。©渡邊さん
ではなぜそれが長く愛されるファンベースの形成、そして海外で聞かれることと関係するのでしょうか。
Kan Sanoが愛される100人のファンと100万人のリスナー
Kan Sanoさんはキーボーディスト、トラックメイカー、プロデューサー。ご自身の曲ではボーカリストを迎えた作品に加え、自身のボーカル曲、そしてインスト曲、さらにはChara、UA、平井堅、絢香はじめとする様々なアーティストへの楽曲提供、プロデュースを行っています。
これまでのリリース曲通算では83.42%が海外から聞かれています。
大きな転機となったのはTom Mischの存在。
Tom Mischが気に入っている曲を自分でセレクトしたreal good shitというプレイリスト(しかも今はSubmitも受け付けていますね)、に2016年末からKan Sanoの曲が入り始めました。
origamiチームはこの事をSpotify for Artistsのデータページにある、「どのプレイリストに取り上げられてどれだけ聞かれているか」の項目で発見します。
origami PRODUCTIONS代表の対馬さんによると2013年にリリースしたロイ・エアーズのEverybody Loves The SushineのカバーをきっかけにTomはKan Sanoのことをチェックしていたそうですが2014年のアルバムからの曲と、このカバー曲をプレイリストに入れてくれたことで新たなファンを獲得し始めます。そしてマネージメント、本人からもTomにコンタクト。
このタイミングからストリーミング上での新たなファン獲得に積極的に動き始めます。
-KPIアーティストのマンスリーリスナーの広がり方の研究
-KPIアーティストのプレイリストの遷移(Playlist Journey)の研究
-ターゲットプレイリストから生み出されるstreamsと影響力の研究
-上記から見えてくる最初に狙うべきプレイリストの設定
Spotify for ArtistsからのSubmitやSubmit Hubのような方法に加えて、KPIアーティストがwebメディアでもどう広がっているのか調べつつHunterなども活用しダイレクトにアタックをしはじめます。
そして2018年のDT pt.2、そして直後のSit At The Pianoが最終的には下記プレイリストに入っていきます。Jazz、Chill、Lo-Fiが好きな方にはよくご存知のフラッグシッププレイリストですね。
この中でもきっかけはButterなわけですが、それもPlaylist Journeyをよく研究された結果と思います。
そして昨年Tom Mischの来日公演ではKan Sanoがサポート務めます。
さらにこの公演のあとTom Misch 本人からのラブコールを受け、2度目の共演は韓国ソウルのオリンピックホール。3,000人規模でのパフォーマンスを行います。
前回のnoteでも「普段からやるべきことを確実にこなし、舞い込んだチャンスを最大化すべく、点と点を繋げる力つけておいてほしいのです。」とお伝えしました。その力を兼ね備えてチャンスにつなげていっていたのですね。
国内は国内でライブ活動はもちろんSNSも積極的ですし。
限られたファンと特別な接点をもたれています。
Kan Sanoさんはあくまで一例なのですが、こうやって見ているとorigamiさんはアーティストがサステナブルに活動できる姿を作ろうと、国内海外問わず下記のバランスをうまくとりながら動いているように思えます。
❏100人の熱心なファンに愛され続ける活動
❏100万人、1000万人の新しいリスナーに聞いてもらう活動
ではチームとしてなぜそれを可能にしたのでしょうか?
チームとして目指してしていること。
そもそも彼らは「ストリーミングだけを頑張っているわけではない」です。
ストリーミングは有益な手段ですがあくまで手段。目的があって手段は決まるわけです。
そんな彼らはアーティストにお金が入って、アーティストファーストに創作活動ができ、健やかに活動できる姿を作ろうとしています。
-プロモーション策定
国内向けと海外向けでそれぞれみていくと、
国内は最上層のファンコミュニティー形成ににあと少しで届きそうな感じ。海外は知ってもらうフェーズは攻略しつつあるので並行しつつその上です。
④ 国内でラジオ、ストリーミング無料ユーザーで知ってくれた人
③ フェスでその時間割いて見に来てくれたり、SNSはチェック、自分のプレイリストで聞いてくれたり。Youtube登録、アーティストページフォロー。周りにお勧めもしてくれるカジュアルなファン
② 単独ショーケース参加、物販購入。有料ストリーミングでリピート再生。プレミア公開参加。SNSで交流。CD購入などの購買ファン
① プレミア公開スパチャ参加、クラウドファンディング、有料ファンクラブ会員のスーパーファン
それぞれのフェーズから上にコンバージョンするべくファンを増やしていくわけですが、国内のことを海外にあてはめると、、、
海外編は④のゾーンはプレイリストで知ってもらう層なので、上記の通り抑えれてきました。そして③の自分のプレイリストで聞く層も少しづつ抑えれてきました(個人が作るプレイリストに入る数が急増中)
海外公演も増えてきてるのでここも少しづつ次の②のゾーンを攻めるためのステップが見えてきますかね。
もちろん国内向けもファンと距離を近づけるべく先日もYoutubeプレミアでレーベルイベントのLive映像をチャット交え行っていました。
愛されることに繋がりそうですね。
origami対馬さんいわく
「CDだとそれをプロモーションしていくおきまりルーティンがある。営業が重要で、展開してもらう先はメディア、試聴してもらうのはラジオ、CD店の試聴機だった。だけどSpotifyはじめとするストリーミングは商品買ってくれるお店であり、メディアであり、試聴機でもある。さらにはマーケティングまで可能。すべての機能をみたしている。海外へのプロモーションもできて、さらには広告も打てる。流通の限界を感じていたが、いまや世界に届けれる。人員も1人、2人でも営業できるし、データも見れる。これをマーケティングツールとして使わない理由がない。」
それを可能にする理由
アーティストが本来の創作活動をしながら、スタッフも熱心なのには理由があります。なにが可能にするのか。それはアーティストファーストの料率設計とスモールチームでの一元化です。料率設計とはすなわちアーティスト、レーベル、スタッフそれぞれのお金の取り分ということですね。
料率設計
-マネージメント収入
(各アーティストのブッキング業務 /CM提供・楽曲提供・演奏出演・物販)
-レーベル収入
(ストリーミング配信売上)
おおよその配分はこうなるそうです。
origamiの対馬さんいわく
「起業したときから、まずアーティストが食べれる環境を作ることが一番。楽曲提供、演奏出演、CM曲提供の仕事とってきて、当初はアーティスト100%、会社の取り分0%にしてました。自分ひとりだったし。」
「最初はマネージメント収入がメインで、そこからCDはじめレーベル収入が見えてきて。そしてストリーミングへ。今はこのレーベル収入で5名を雇ってます。原盤費はアーティストと会社で折半。」
レーベル収入(ストリーミング収入)は、DIYで1人でやってる場合は100%アーティストとなりますが、制作費やデザイン費、宣伝費など全ての経費を捻出する必要がありますよね。
origamiはこの80%で5名を雇う原資にしてチーム作りを行い、アーティストには20%で戻す。5名は上記の通りアーティストのために毎日邁進する。そしてマネージメント収入の80%をアーティストに戻す。
メジャーレーベル契約してるアーティストであればストリーミングで原盤印税&アーティスト印税+著作権使用料でどれぐらいが入ってくるか調べてみてくださいね。特にアーティスト印税。1%の人もいるのですから😢
スモールチームでの一元化
もう1つの理由はマネージメントとレーベル機能を共存させてスモールチームで一元化していることそのもの。
レーベルとしてストリーミング配信することで見えてくるリスナー(顧客)のマーケティングデータをマネージメント的な(ライブ公演のブッキング、物販の作成、ライブ公演の広告ターゲティング)に活かし、マネージメントのお仕事で培ったネットワークで各アーティストの作品にも参加お願いしたり。またライブ公演で拾える顧客データを今度はストリーミング配信の告知のターゲティングに活かしたり。
一元化しているからこそ全員がデータにアクセスでき、スタッフ全員がマーケターでもありマネージャーでもある貴重なチーム。
アーティスト/ レーベル / マネージメントの線引き
「海外でヒットしたい」というような曖昧な目標設定ではなく、段階的にこまかな目的をさだめ、チームとして一過性ではなく、長く愛されるファンベースをつくるためにアジア、ヨーロッパとファンを増やし始めているorigamiチーム。
圧倒的にスキルがあるアーティストと、互いにスキルアップする関係性。
私も、origamiのアーティストご本人達がSNSでファンと交流しているのを見たり、スタッフがいかに伸ばすかに努力したり、ファンを増やすことにKPIを置いて、それを伸びやかに行う社風であったり、なによりあの驚異的なクオリティの曲たちを見てていると、
"あれっ、もう、この形で良いのでは?"
と、なんとも言えない温かい気落ちが私の心を駆け巡るのです。
課題も多々あるとは思うのですが、良いチームの未来 is 明るい。
origami PRODUCTIONSから学べること
ラーニングとしては
・アーティスト(特にレーベルと契約を結んでいる方)は自分たちのアーティスト印税料率を確認する。
・アーティスト(特にレーベルと契約を結んでいる方)はプロモーションにコミットできるラインを再度線引きして、料率再検討。
・少数でよいのでアーティストとスタッフが切磋琢磨できるチームをつくる
・アーティスト自身が自分の口でSNSで発言しファンとの接点をもつ。アーティスト自身がファンとエンゲージ。
・ファンベースを持っているアーティストとコラボレーションする
・自分たちの顧客がどこにいるのか。ファンコミュニティーをどうつくるのか策定する。
・レーベル業の場合、アーティストのファンコミュニティーが長期的に形成できているかをスタッフの人事評価に組み込む。予算達成可否(もちろん大切ですが、それだけで)人事評価しない。
・業界内で成功失敗含めた知見の共有
おわりに
アーティストの方(特にメジャーレーベルと契約を結んでいる方)は今すぐ自分たちのアーティスト印税料率を確認すべきです。
レーベル側がプロモーションが自分たちの役割だとしている箇所も、アーティストの皆さんのSNSのほうがパワフルだったりしませんか?
であればなおさら料率交渉すべきです。対等に交渉できる知見を持ちましょうね。
「ストリーミングの再生数伸ばしたいんです!」と様々な方から聞かれるのですが、「再生伸ばしてどうしたいんですか?」って私が逆に質問すると、みんな返事がぼんやりしてるんですよ。
それってなぜでしょう。
再生数を伸ばすのは手段であって目的ではないはず。
音楽ストリーミングは長く愛されるファンベースを作り上げるとても良いツールです。愛されるファンベースを作ることで、"全体から"アーティストにお金が入って、創作活動ができて、健やかに継続的にサスティナブルに活動できる姿。
未来のファンの形、そして日本にカスタマイズした未来のレーベル・マネージメントの形を少しづつ、でも着実に作り上げている方たちがいます。
origami PRODUCTIONSを見ていて温かくなるこの気持。ヒントがあると思います。
みんなで頑張りましょうね。必ず良くなります。
※貴重なデータとお話いただいたorigami PRODUCTIONSの対馬さん、スタッフの皆さん、そしてなによりデータ開示に許諾をくださった愛すべき、尊敬すべき、そして誇るべきorigami PRODUCTIONSのアーティストの皆さん本当にありがとうございました。
<3/30 追記>
3/30日にorigami Home Sessionsという企画をスタートされたようです。
詳しくはリンク先にて。
<4/3 追記>
こちらも立ち上げられたそうです。