ビル・エヴァンスに触れたくて。
ビル・エヴァンスの音楽はシーンを選ばない。 どんな時もふわりと優しく寄り添ってくれる。
でも、私は物憂げな雨降りの午後がいちばん似合う、と個人的に思っている。
ちょうどそんな雨降る金曜の昼下がり。
ビル・エヴァンス生誕90周年記念として公開されたドキュメンタリー映画
『ビル・エヴァンス タイム・リメンバード』
をやっと観に来ることができた。
単館系映画としてはかなりヒットしていて、地方上映も順次公開。上映期間も延長しているようだった。
それでも、平日の午後。
貸切りだったりして? の淡い期待をよそに、
50席ほどの小さなシアターは、ほぼ満席だった。
老若男女、世代も幅広い。あぁ、みんなビルの音楽に浸りにきたのだ。
私も心を落ち着けながら、席に身を沈めた。
「タイム・リメンバード」
私はもう冒頭からずっとゾクゾクしていて、美しい音の波に溺れてしまいそうだった。劇中にジム・ホールが「僕の脳に入って来るようだった」と語る場面があるのだけれど、まさにそんな感覚だった。美しすぎる調べたちが、次々と波のように押し寄せて、狂おしいほどの畏怖を感じるくらい。なのに、細胞のひとつひとつが震えて、ビルの音楽を欲していた。
この映画は、8年もの歳月をかけて制作。貴重な証言・映像・写真などの記録を集めて構成されている。もちろん本人の演奏をはじめ、あまり聞かれない肉声もかなり収録されている。
そこでは、ビルと同じ時を過ごした人達が、まるで昨日のことのように熱っぽく、時に寂しげに、ビルの内面やその音楽性が語られる。
残念ながら、ポール・モチアン(ビル・エヴァンス 1stトリオのドラマー)やジム・ホール(ジャズギタリスト)など、劇中に登場する人物の一部は映画の完成を待たず、すでに鬼籍入りしているのだけれど、それらインタビュー映像自体もすでに貴重な記録とも言える。
単にドキュメンタリーとしてだけでなく、それらジャズの巨匠たちによる貴重な証言(解説)によってビルの多彩な音楽性が様々な角度から浮き彫りになっている。解説とビルの演奏とが交互に織り交ぜられていて、あの時代の音楽、ジャズの記録としても素晴らしい映画だと思う。
以下は、私が気に入ったフレーズ。これらの言葉からビルの音楽性や内面が伝わってくる。自分の中で漠然と感じていた彼の音楽の美しさとか素晴らしさとか曖昧でふわっとしたものを、ビルと音楽を通じて対話してきて彼らの言葉が、的確に教えてくれる。
あぁ、そうか。そうかだからこんなにも心惹かれるんだ。みんなが彼の音楽に魅了されていた。
マイルスとビルの共演は
まるで天上の結婚式だ
とても正しくて完璧なんだ
---ゲイリー・ピーコック
まるでオーケストラと録音しているようだった。
--- トニー・ベネット
聴いたらわかるさその美しさが泣きたくなるよ --- チャック・イスラエルズ
ビルはマイルスに 艶やかなエレガンスを取り戻させた
--- ジョン・ヘンドリックス
ビルとスコットの間には特別な交流があったピアノとベースの真実の交流が
--- フィル・パランビ
いつもあの曲を弾いてくれたわ
いつでも君は心の中にいるよって
--- デビイ・エヴァンス
亡くなる少し前、ビルから電話があった。「美と真実だけを追求し 他は忘れろ」と。以来、この言葉が僕の人生訓さ
--- トニー・ベネット
「Peace Piece 」の解説シーンは、とくに印象的だった。素晴らしい分析解説と美しい映像とビルの音が重なる。この曲は、ビルも参加しているマイルス・デイヴィスの名盤『Kind of Blue』に収録されている「Flamenco Sketches」にも影響を与えた名曲だということを、この映画で知る。
その日の夜は、当然のようにビルの音楽に埋没した。
印象的なコード。複雑に絡み合う音と音。
奥行きを感じるハーモニー。メロウで叙情的なメロディ。
ビルの音楽は、色とか映像、時には匂いのようなものまで感じとれる。
「Peace Piece」は、ただただ美しい。それこそ涙が出るほど。「Flamenco Sketches」と交互に聴くことで、新たな愉しみかた、味わいかたを知ることができたのは、この映画のおかげだ。
また、二度三度と足を運びたい。
新たな発見があるに違いないから。
\ 私のお気に入りのアルバム /
「What's New」
Bill Evans with Jeremy Steing
フルート奏者ジェレミー・スタイグとの共演。自分もフルート吹きなので。胸熱な1枚。
「From Left to Right」
ピアノとフェンダーローズ(電子ピアノ)の多重録音。ジャケットもかっこいい。
「Undercurrent」
Bill Evans & Jim Hall
ギターとピアノの対話。「My Funny Valentine」が有名。ミレーの「オフィーリア」を連想するこのジャケットも好き。