煙になって、
「まだあの仕事してんの?
あ、紙タバコやめたんだね。」
半年ぶりに会う腐れ縁との乾杯を終え、近況報告をしていく中でこんな話になった。
少しうるさいが、お酒も料理も美味しく居心地の良いこの居酒屋は、
彼女と一時期足繁く通っていた行きつけだった。
「そうだよ。
もう吸えるお店が少なくなってきたからね。
最近はめっきりこれ。」
そう言って持ってきた電子タバコを見せる。
紙はダメでも電子なら良いというお店は多い。
喫煙者の肩身は日に日に狭くなる中、これが唯一の救いなのだ。
「ふーん。
ここは昔から紙も吸えるんだから、持ってきたらよかったのに。
私の一本あげようか?」
そう言って彼女はタバコを取り出し、こちらに差し出してくる。
それは、俺が電子タバコに変える前に吸っていた紙タバコだった。
「タバコ吸ってたっけ?」
「元々は吸ってなかったよ?
でも臭いって言ってるのに、誰かさんが毎日タバコを吸うもんだから段々慣れちゃってね。
何回か試しに吸ってみたらいつの間にかハマっちゃったよ。
あーあ、私の綺麗な肺が汚されちゃった〜。」
彼女はわざとらしく悲しんだ顔をしながら、タバコに火を点ける。
そういえばそんなこともあったなと思い出に浸っていると、再び目の前にタバコが差し出される。
「そういう訳なので、遠慮せず吸ってくださいな。」
「いや、いいよ。
俺にはほら、新しい相棒がいるからさ。」
そう言って電子タバコを咥える。
すると彼女は、少し拗ねたような顔をした後に、にやりと笑った。
「ふーん…?
でもこのお店にいる時点でもう匂いはついていると思うなぁ〜。
きっと、新しい彼女さんに臭いって怒られる未来は変わらないんだろうなぁ〜。
あーあ!どうせ怒られるんなら、あの時吸っておけば良かったなぁ〜。」
「…俺、彼女できたなんて一言も言ってないよね?」
「やけに紙タバコを避けたがるから何かあるのかと思ったら、
図星だったみたいだね。
でも、その割にこのお店にするって、詰めが甘いんだから〜。
自分だけが吸わなければいいって思ったでしょ。」
相変わらずの察しの良さに面食らってしまった。
わざわざ言う必要はないと思っていた。
言わない理由もないはずなのだが、
何故か言うのを躊躇ってしまった。
「降参降参。ご明察です。
彼女に臭いからやめてって言われて電子にしたの。
まあ別に彼女がいても、今更気にするような仲じゃないだろ?」
「私に隠し事なんて100年早い。
なんたって私たち腐れ縁ですから。」
そう言う彼女の満足そうな笑顔を見て、俺は少しホッとした。
そんな調子で再会を楽しんでいると、店員にそろそろ席の時間だと言われてしまったためお店を出ることにした。
「結局タバコは吸わなかったね〜。
今の彼女にご執心なんですか〜?」
帰り道。
お酒で酔ってしまったのか、少し顔が紅潮した彼女が揶揄いながらタバコを吸い始めた。
「歩きタバコはやめなさい。
そんな子に育てられた覚えはありません。」
「あんたに育ててもらった覚えはありませーん。
歩くのがダメなら止まって吸いまーす。」
「路上喫煙がそもそもダメなんだよ。
今の彼氏はそんなことしてるのか?」
そう言って彼女が咥えていたタバコを奪い取る。
余計な一言かと思ったが、先程名推理を披露されてしまったため、何か言わなければ腹の虫が治らなかった。
何か言い返してくると思ったが、彼女は少し寂しそうな顔をしていた。
「ねえ、そのタバコどうするの?」
「もちろん捨てるよ。
路上喫煙こそが喫煙者の肩身を狭くさせるんだ」
「でもさ、喫煙者としてそのまま捨てるのは勿体無くない?
一回くらい吸っておきなよ。
久しぶりに吸いたくなったんじゃないの?」
「いいって、紙タバコはやめたの。
なんでそんなに吸わせたがるの?」
「どうせタバコ臭いんだからもう変わんないよ?
ほら!また明日から吸えなくなるんだから、今のうちに!
…あれ、もしかして〜、私が先に吸ったから気にしちゃってるんですか〜?」
完全に酔っ払っている。
出会ってから今まで、こんなにしつこく絡んできたことはあっただろうか。
しかし、こんなに安い挑発に乗ってしまうくらいには俺も酔っていた。
返事するより先に、持っていたタバコを吸って煙を彼女に吹きかける。
「これで満足か?
今更気にするような仲じゃないって言ってるだろ?」
「あー、彼女さんの言いつけも守れない悪い子なんだ〜。
そんな風に育てた覚えはありませーん。」
そう言うと彼女は俺が持っていたタバコを奪い、さっきの仕返しにとタバコを咥え、煙を吹きかけようとしてきた。
咄嗟に目を瞑る。
すると、少しの沈黙の後に、
煙より先に唇に何かが触れた。
驚いて目を開けると、狙いすましたかのように煙を吹きかけられた。
煙が目に染みて開けられなくなる。
「痛!?
おい、何してんだよ!」
「あなたは悪い子なので罰を与えました!
後、はいこれ!
それじゃ私はここで曲がるから!
久しぶりに会えて良かったよ、バイバイ!」
ようやく目を開けた時には、駆け足で遠ざかる彼女の背中しか見えなかった。
一瞬、無事に帰れるか心配したが、
ここからなら家も近いし問題ないだろうと思い、自分も家に帰る事にした。
帰り際に渡されたのは彼女が持っていたタバコとライターだった。
結局タバコは2本しか吸ってないし、ライターも新品だった。
流石に捨てるのは勿体無いと思い、次会う時のためにと取っておく事に決めた。
しかし、彼女と二度と会うことはなかった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
彼女視点の話が見たい方は、ぜひこちらをご覧ください。
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