ホラー小説|黒い顔
スマートフォンの顔識別機能に、私は恐ろしさすら感じる。撮影した写真に写っている人の顔を認識し、人ごとに写真がきれいにグループ分けされる。友人、知人、同僚が分類され、スマートフォンの画面に映し出された。
画面の写真を眺めながら、自室のテレビから流れる夕方のニュースを私は聞く。二か月前の六月から繰り返し報道されている女性が行方不明となった事件に耳を傾ける。テレビ画面に映った東京都渋谷区に住む二十五歳の会社員女性の顔写真と、私のスマートフォンに映った写真を見比べる。彼女は私の後輩だった。
彼女と私は同じ街に住んでおり、同性で歳も離れていなかったため、会社帰りによく一緒に飲んだ。酔うと彼女はスマートフォンでよく自撮りをした。居酒屋でも路上でもかまわずスマートフォンのシャッターを切った。顔に自信があったのかもしれない。たしかに、彼女の容姿は整っていた。
いつしか私もスマートフォンで自撮りをするようになった。屈託なく自分に自信を持っている彼女にどこかで憧れていたのかもしれない。彼女と飲んだあと、ひとりで家へ帰る道すがら、自撮りをしてみることもあった。
再びスマートフォンの画面をスクロールする。顔識別機能により、人の顔が分類される。もっとも写真が多かったのは彼女だった。次に多いのが私で、家族や地元の友人が続く。画面に触れる私の人指し指が止まる。分類されている数々の顔のなかに、中年男性の顔があったからだ。私はこの男を知らない。
恐る恐る画面をタップする。白髪混じりの鋭い目をした五十前後の男だ。なぜ知らない男の写真が? 私は再び画面をスクロールする。指が震えた。私が自撮りをした写真の隅に、その男の顔はあった。一枚や二枚ではない。何枚もの写真に、大きく写る私から距離をとるように男は写真に収まっていた。初めて男が写った写真の日付を見る。彼女が行方不明と報道され始めた日だった。
吐き気がした。遡って見れば、日を追うごとに男が映っている写真は、私の自宅に近づいてきているように思われた。未だ行方の知れない彼女のニュース番組が流れる。テレビの電源を切った。黒くなった画面に私の顔が映る。後ろにその男がいる気がする。振り返った自分が情けなく思われた。
インターホンが鳴った。息が止まる。私は音を立てないようドアホンのモニターのボタンを押した。ディスプレイには宅配業者の姿が映る。私は息を吐いた。額の汗を拭い、通話ボタンを押そうとした。しかし、指が止まる。宅配業者の肩越しに自宅のマンションの階段が見える。三階から四階へ続く階段を上る男の姿があった。画質は悪いが、私は確信した。あの男に違いない。
居留守を使って宅配業者をやり過ごす。私の家は六階だ。男は私の部屋を知っているのだろうか。少なくとも住んでいるマンションは突き止められている。私は息を殺す。
インターホンが鳴る。ドアを激しく叩く音がした。ドアホンのモニターには、あの男の鋭い目が映る。ドアを叩いているのは、しかし男ではない。叩かれているのは玄関のドアではなく、私の家の奥にある、部屋の外から鍵を掛けたドアだった。
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