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小説|紅葉姫

 紅葉から生まれた彼女は紅葉姫と名づけられます。紅葉は鬼の肌の色を思わせるために村では忌み嫌われており、おじいさんが村はずれの紅葉の木を切り倒したところから、紅葉姫は生まれたのです。おじいさんは紅葉姫を大切に育てました。
 紅葉姫は怒ったり、泣いたりすると、すぐに顔が真っ赤に染まりました。村の人々は、紅葉姫を避けます。紅く染まった肌が、鬼のようだと人々は陰口を叩きました。拾ってくれたおじいさんが病で亡くなると、紅葉姫は独りになりました。
 紅葉姫は十歳になる頃、楓という村娘と親しくなります。彼女は身寄りのない薪売りで、かつておじいさんは刈った紅葉の木を、金も受け取らず楓に分け与えていました。楓はおじいさんに恩を感じており、紅葉姫は楓を姉のように慕いました。

 紅葉姫が楓の家で暮らすようになると、村の人々は楓をも避けるようになりました。赤鬼たちが村へやってきたのは、その夏の頃です。彼らは長老に言いました。秋になるまでに、村の娘をひとり寄こせ。長老は頷くしかありません。
 村人たちの集いで、鬼に捧げる娘は楓と決まりました。楓は嫌がりません。首を振れば、次に選ばれるのは紅葉姫だと楓は分かっていたからです。秋、楓は笑顔をつくり、紅葉姫に手を振りました。紅葉姫は顔を真っ赤にして、一晩泣きました。
 翌朝、紅葉姫は涙を拭き、立ち上がります。楓の薪を二本だけ懐に入れ、楓が向かった鬼の村へ向かいます。昔、おじいさんが刈った紅葉の切り株が並ぶ道を抜け、紅葉姫は日が落ちるまで歩き続けます。夕焼けが紅葉姫の頬を染めました。

 紅葉姫は高い紅葉の木に登り、鬼の村を覗きます。楓の姿を探していました。紅葉姫は意外に思います。鬼たちは村人たちが語っていたようなおぞましい宴会など催しておらず、ただただ質素に暮らしているように見えました。
 紅葉姫は鬼の村のとあるあばら家の納屋に囚われている楓の姿をみとめます。無事のようでした。月夜、紅葉姫は懐から二本の薪を出して頭にくくり、角に見立てました。そして、息を止めると紅葉姫の顔はみるみる赤くなります。
 紅葉姫は夜の鬼の村を歩きました。誰もが角があって顔の赤い紅葉姫を、鬼だと思い込んで気にも留めません。あばら家に着くと、納屋の横木を外し、紅葉姫は楓を救います。楓は紅葉姫の姿を笑い、紅葉姫は顔を真っ赤にして泣きました。

 物音に気づいたのは、あばら家の主の赤鬼です。あれよという間に紅葉姫と楓は捕らえられます。鬼の長老がいる屋敷まで連れていかれ、村中の赤鬼たちが集まる前に二人は突き出されました。後ろ手に縛られており、逃げられません。
 昔、おじいさんが刈った紅葉の数ほどの鬼たちが、紅葉姫と楓を睨んでいます。口汚く罵る者もいました。鬼たちは大昔から人々から除け者にされ、人を憎んでいたのです。その意趣返しに、人をさらうような真似をしておりました。
 弁解はあるか。長老は詰め寄ります。紅葉姫は泣きそうになりました。しかし、他の鬼が楓を平手で打ち、頬についた紅葉の跡を見て、紅葉姫は声を荒げます。薪に燃える炎のように紅く染まる顔を見て、鬼たちは思わず言葉に耳を傾けました。

「鬼が鬼をさらわないように、鬼が人をさらってはいけない。人が人を避けないように、人が鬼を避けてはいけない。村の暮らしを見ていたが、鬼は人と変わらない。人は鬼と変わらない。もしも肌の色がその差なら、私の顔を見るがいい。
 緑の紅葉は紅葉だ。黄色い紅葉は紅葉だ。赤い紅葉は紅葉だ。村の人々は紅葉を嫌ったが、私は紅葉が好きだ。緑と黄色と紅の混じる、色合い豊かな紅葉が好きだ。鬼と人の混じる村があらば、どれほど豊かに見えるだろう」

 五十年後。数え切れない紅葉の木に囲まれた村の広場で、長老となった紅葉姫は、楓が人と鬼の子どもたちに教えている歌を聴きながら、お酒を呑みます。紅葉姫も、歌の一節を口ずさみました。「私の顔を見るがいい」






photo by Komaki Kosuke

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小牧幸助|文芸・暮らし
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