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小説|負け犬とカツカレー
夜勤明けの彼女には太陽が目に沁みます。負け犬。頭の中で彼女は呟きました。日差しから逃れ、路地裏の道を通って家に帰る途中、お腹が鳴ります。いい香りがするほうを見れば洋食屋の店がまえ。古い木の看板には店名代わりに犬の足跡。
真鍮の丸ノブを回した彼女を迎えたのは犬好きな店主ではなく、長いコック帽を被った犬でした。どう見てもパグ。「好きな席へお座り」と低い声を残して厨房へ消えます。薄暗い店内で彼女が席につくと水が置かれました。水滴に肉球の跡。
「待っていなさい」とパグ。口調は女性的だけれど声は男性的だなと考えながら、彼女は待ちました。ややあって運ばれてきたのはメニューではなく、紺色の平皿。カツカレーです。「召し上がれ」とパグあるいは店主。彼女はスプーンを手に。
朝からカツカレー? 悪くないと彼女は思いました。なぜか涙。止まりません。温かい肉球が涙を拭ってくれます。パグは言いました。「よくお聞き。人も犬も、女も男も、勝ちも負けも、抱きしめればひとつなの」と、優しい朝のパグのハグ。
ショートショート No.389
photo by Kosuke Komaki
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