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「ひらめいた!」の神秘とは何なのか? 〜存在目的とソース原理よりアイデアの多重発見現象を解明する〜

はじめ

ここ最近ぼくを掴んで離さない脳裏にこびりついてるエピソードがある。

ある小説の話があって、
とある作家が面白い小説のアイデアを思いついたんだけど、その後に何かの事情でその本を結局は書かなかった。そしたら、後日知らない人がほぼ全く同じ小説を書いた。
それは抽象的なレベルで似てるとかではなく、ものすごく具体的な年齢から時代背景や舞台設定や人物相関図のような細部まで一致してて、瓜二つの同じものが書かれていた。それを知った作家は「存在目的が私を選ぶのを諦めて、違う人に移ったんだわ」と表現していた。

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このエピソードは、アメリカの作家エリザベス・ギルバート氏が書いた『BIG MAGIC (ビッグ マジック) 「夢中になる」ことからはじめよう。』に掲載されている実際にあったお話だ。
ちなみに、エリザベス・ギルバート女史が書いた『食べて、祈って、恋をして』は世界累計1500万部突破のベストセラー小説だ。


要約

このエピソードは、作家エリザベス・ギルバートとアン・パチェットという2人の著名な作家の間で起こった不思議な出来事を描いている。

  1. エリザベス・ギルバートは「アマゾンのイヴリン」というアマゾンの密林を舞台にした小説のアイデアを持っていたが、個人的な事情により2年間執筆を中断。

  2. 執筆再開を試みたが、インスピレーションが失われていたことに気づく。

  3. その後、エリザベス・ギルバートはアン・パチェットと出会い、友情を育む。

  4. 二人は手紙のやり取りを始め、アン・パチェットがアマゾンを舞台にした小説を執筆中だと知る。

  5. 再会時、二人の小説のプロットがほぼ同一であることが判明。細部は異なるものの、主要な設定や展開が驚くほど類似していた。

  6. 二人は時系列を確認し、エリザベス・ギルバートがアイデアを失った時期とアン・パチェットがアイデアを得た時期がほぼ一致していたことを発見した。

  7. ジョークめかして、初めて会った日の挨拶がわりの「キス」でアイデアが移ったのではないかと結論づける。

このエピソードは、創造性やインスピレーションの不思議な性質、そしてアイデアが予想外の形で作家間を「移動」する可能性を示唆している。エリザベス・ギルバートはこれを「ビッグ・マジック」と呼んでいる。

本文からの抜粋

育ってゆくアイデア
ここで、私に起こったマジックに話を戻しましょう。
恋人のフェリペが話してくれたアマゾン開発譚のおかげで、スケールの大きいアイデアが浮かびました。1960年代のブラジルを舞台に小説を書く、という構想です。より具体的に言えば、あの因果なジャングル横断道路建設計画に従事した人びとの労苦を描きだそうという試みです。
私自身、最高にスリリングなアイデアだと思いました。そこで私がおもむろに始めたのが、プロジェクトや研究に真剣に取り組む前に人がよくやるあの作業。「アイデア」のためのまっさらなスペースを用意することでした。
文字通り、そして比喩的な意味でも、机の上をきれいに片づけます。かならず毎朝、数時間をリサーチにあてます。夜は早く寝て、日の出とともに起床し、すぐに仕事にとりかかります。誘惑的なお楽しみもお付き合いも断って、仕事に専念する。ブラジルに関する書籍を注文し、専門家に電話取材をし、ポルトガル語を勉強しはじめました。記録に適した情報カードを用意し、少しずつ知りはじめた世界についてさまざまに夢想します。そうこうするうちに、アイデアは育ってゆき、物語の輪郭が姿を現してきました。
小説の主人公も決まりました。名前はイヴリン。中年のアメリカ人女性です。設定は1960年代末期。政治においても文化においても大混乱が見られた時代です。とはいえ、イヴリンはミネソタ州中部で静かな暮らしを送っています。独身の彼女は、中西部の大手道路建設会社で25年間、有能な社長秘書として勤めてきました。そしてずっと、密かに、かなわないと知りつつ、妻子持ちの上司に恋心を抱いています。しかし、優しくて仕事熱心なボスにとって、イヴリンはよくできた秘書以上の存在ではありませんでした。
ボスには一人息子がいますが、彼は大変な野心家で、少々うさん臭いところのある人物です。ブラジルでの大規模な道路建設事業の話を聞きつけ、入札に参加するよう父をたきつけます。甘い言葉と個場を巧みに使いわけ、社長である父を説き伏せて、一家の全財産をなげうってこの事業に参入させるのです。
話がまとまるやいなや、息子は巨額の資金と野望とともにブラジルへ飛び立ちます。でも、現地に着いた彼が現金とともに息を絶つまでにそれほど時間はかかりませんでした。

アマゾンの密林

息子を案じる父親は、行方不明の息子と現金を見つけ出すための代理人をアマゾンへ送りこむことを決意します。それが、彼が誰よりも頼りにしていたイヴリンでした。
忠実な部下として、また彼への愛のために、イヴリンはブラジルへと旅立ちます。そしてこのときを境に、イヴリンの平穏無事な日常は一転。彼女は無秩序と嘘と暴力の渦巻く世界へ身を投じるのです。
人間ドラマと神秘体験が繰り広げられる物語。同時に、この話はラブストーリーでもありました。
タイトルは「アマゾンのイヴリン」にしよう。
こんな本を書いてみたいという企画書を、付き合いのある出版社に提出しました。企画は歓迎され、版権を買ってもらうこともできました。出版社との正式な契約です。公正人が作成した契約書に署名をし、納期その他について取り決めを行います。
さあ、これで、この仕事にすべてを注ぎ込む準備は万端です。心してとりかからねばなりません。

アイデア、放置される
しかし、人生というのは何が起こるかわからないもの。
契約成立の数カ月後、現実の世界で起こったドラマのせいで、フィクションのドラマの続きを書くことができなくなってしまいます。いつものようにアメリカまで会いに来てくれた恋人のフェリペが、国境警察官に拘束され、合衆国への入国を拒否されたのです。犯罪者でもないのに、国土安全保障省によって有無をいわさず拘置所に入れられ、そのあと国外退去を余儀なくされました。当局からは、二度とアメリカに入国できないとまで通告されたといいます。
ただし、私と結婚すれば話は別でした。それに私は、いつまで続くかわからないこの追放期間に大きな精神的ダメージを受けているであろう恋人のそばにいてあげたいと願っていました。しかしそのためには、ただちにいっさいを引き払い、国外にいる彼のもとへと飛ぶ必要がありました。
すぐに私は行動し、海外で彼とともに1年ほどを過ごしました。そのあいだに現実のドラマに向き合い、移民手続きをおこなったのです。
そのとき私が書こうとしていたのは、1960年代のブラジル・アマゾンを舞台にした、莫大なりサーチを必要とする壮大な小説。身辺がここまで騒然としているときに、執筆に理想的な環境を整えることなど不可能でした。そこで私は、生活がすべて元通りに落ち着いたらすぐに書きはじめるとヒロインのイヴリンに固く約束したうえで、しばらく待ってもらうことにしたのです。リサーチのメモ類は全部、ほかの家財道具とともにしまい込み、フェリペの待つ地球の反対側へ飛んで、事態の収拾に乗り出しました。
しかし、私は元来、つねに何かについて書いていないと頭がおかしくなりそうになる人間です。そこで、この体験、つまり実生活で起きていることを書きとめ、問題をすみずみまで検証することで真実を探りあてようとしました。
この経験は最終的に体験記『Committed』〔未邦訳〕として出版され、実を結びます。
『Committed』〔未邦訳〕を書いたことを、私は悔やんではいません。それだけははっきりしています。結婚直前のひどく不安な気持ちを軽減できたのは、なによりこの作品のおかげです。
書いてよかったと思う気持ちは変わりません。しかし、執筆には集中的にかなりの時間を費やさなければならず、書きあがるまでに2年以上かかってしまいました。つまり、2年以上ものあいだ、「アマゾンのイヴリン」にいっさい手をつけていなかったのです。
アイデアを、あまりに長いあいだ放置してしまいました。
私は、『アマゾンのイヴリン』を一刻も早く書きはじめたくてたまりませんでした。フェリペと無事に結婚してアメリカに落ち着き、『Committed』〔未邦訳〕を上梓するやいなや、保管庫から取材メモを取り出しました。新居の、新しい机に向かって座り、アマゾンのジャングルで展開する物語にあらためて着手しようとしました。
しかしその次の瞬間、耐え難い事実に気づきます。
私の小説は、すでに死んでいたのです。

アイデアに去られたときどうするか
何が起こったのでしょうか。
誰かに取材メモを盗まれたのでも、重要なデータが消えたのでもありません。書こうとしていた小説の心臓の鼓動が止まっていたのです。生き生きとした創造活動にかならず宿っているあの活力が、消滅していたのです。まるで、アマゾンのジャングルに呑み込まれてしまったブルドーザーのように。2年前に書き溜めていた記録やプロットのメモは、たしかにまだそこにありました。でもそれらはただの抜け殻でしかなく、温かな、脈打つ体を永遠に失っていたのです。
私は、ひとたびプロジェクトを始めたら簡単には放り出したりしない人間です。数カ月間、「アイデア」を蘇生させようといろいろ手を尽くしました。しかし、それらはすべて無駄に終わりました。そこにはもはや何もないのです。まるで、脱皮したあとのヘビの抜け殻を棒でつついているようでした。つつけばつつくほど、抜け殻は粉々になっていくのです。
何が起きているのか、私にはわかっていました。なぜなら、それ以前にも同様の経験をしていたからです。
「アイデア」は、待つことに疲れて去っていったのです。そんな「アイデア」をどうして責められるでしょうか。契約違反を犯したのは私なのです。『アマゾンのイヴリン』の執筆に全力を注ぎ込むと約束していたのに、その約束を私は破ってしまいました。2年以上ものあいだ、この本のことは心をよぎりもしませんでした。
作者に忘れられたままの小説を、いつまでもずっと待ち続けてほしいだなんて虫のいい話です。もちろん、待っていてくれる場合もあるかもしれません。何年も、ことによっては何十年も、あなたが振り向くのを待っていてくれる、とても忍耐強いアイデアもいるでしょう。しかし、そうでないケースだってあります。アイデアの性格は十人十色です。仕事のパートナーがぐずぐずしているあいだ、2年間も箱の中でただじっと待っているだなんて、あなたにはできますか?無理ですよね。
放置されたこの「アイデア」は、同じような目にあった自尊心を持つ生命体なら普通とるであろう行動をとりました。つまり、旅立ったのです。
当然の対応でしょう。
これは、創造的なインスピレーションとの契約上、避けては通れない事態だといえます。
なぜなら、予告なしにあなたのもとにやってきて、予告なしに去っていっても許されるのがインスピレーションだからです。

そして魔法は起こった
本来、アマゾンのジャングルをめぐるエピソードはここで終わるはずでした。
ところが、です。
この小説のアイデアが私のもとを去っていったころ、つまり2008年のこと、私にある友人ができました。名高い小説家、アン・パチェットです。私たちはある日の午後、ニューヨークで開かれた図書館についてのパネル・ディスカッションで知り合いました。
彼女のスピーチは、私がそれまで聞いたことがないほど力強く、輝かしいものでした。私も、心を強く揺さぶられました。私はその場にくぎ付けになってしまいました。なにせ、ひとりの人間がこうも鮮やかに、一瞬にして変身するところを見せられたのは初めてのことだったのだから。遠慮というものを知らない私は、イベントが終わるのを待ってアンのもとへと走り寄り、その腕をつかみました。この驚くべき生き物が、ふたたび無色透明に戻ってしまう前に捕まえておかなければ、と必死だったのです。
「アン、今お会いしたばかりだということはよくわかっています。でも、言わせてください。あなたはすばらしい。大好きです!」
もちろん、アン・パチェットは慎みというものを知る女性です。私をやや疑わしそうに見返したのも無理はありません。彼女は、私という人間について何か推し量ろうとしている様子でした。つかの間、私は身の置きどころがなくなってしまいました。
しかし、次の瞬間にアンがとった行動は素敵としか言いようがありません。彼女は私の顔を両手で挟み込み、キスしてくれたのです!そしてこう言いました。「私もあなたが大好きよ、リズ・ギルバート」。
このとき、私たちのあいだに友情が芽生えたのでした。
そして、あの出来事が起きます。それは、手紙のやり取りがきっかけでした。
2008年の秋、最近また次の小説の執筆にとりかかっている、とアンが何気ない調子で手紙に書いてきました。そして内容は、アマゾンのジャングルにかんするものであると。
これを読んで私がぎょっとしたのは言うまでもありません。
私はすぐさま返事を書きました。「あなたの小説は、具体的にはどんな話?私もいっときアマゾンのジャングルを舞台にした小説に取り組んでいたけれど、しばらく放置していたら(当時の諸事情についてはアンもわかっていたと思う)、インスピレーションがどこかに行ってしまったの」。
次にアンから受け取った手紙にはこうありました。「ジャングル小説の内容は、まだ詳しく話せる段階ではないの。時期尚早といったところ。ストーリーがだんだん形になってきているところだけれど、進展があり次第お知らせしますね」。
アンと再会したのは翌年の2月。直接会うのは2度目のこと。私たちはふたりとも、オレゴン州ポートランドで開催されたイベントに招かれていました。出演当日の朝、ホテルのカフェで一緒に朝食をとったとき、アンは次の本の執筆にどっぷりつかっているところだと語ってくれました。もうすでに100ページ以上は書いたといいます。
私は彼女に言いました。
「そのアマゾンの小説の話、今日こそ聞かせて。これ以上待てないわ」「あなたから始めて。あなたの本が先なんだから。消えてしまった、あなたのアマゾン小説って、いったいどんな内容だったの?」
そこで私は、日の目を見なかったわが作品の内容をできるだけ手短に説明しました。「主人公は、既婚の上司に長年密かに片思いしている、ミネソタの独身中年女性。上司がアマゾンのジャングルにおける無謀な事業計画にかかわるのだけれど、莫大なお金と人ひとりが現地で行方不明になるの。主人公は問題を解決すべくアマゾンへと派遣され、彼女の穏やかな日常は一転、混乱のさなかに放り込まれる。そんな筋書き。ラブストーリーでもあるのよ」。
テーブルの反対側で、アンはしばらく私をじっと見つめていました。
先を続ける前に、ひとつ断っておきます。アン・パチェットは、私とはまったく違う、本物のレディーです。卑俗な振る舞いや下品な言動からはほど遠い、美しく洗練されたマナーの持ち主。だから、やっと口を開いた彼女が使った言葉に、私は耳を疑いました。
「いやだそれ、マジで言ってるの?」「どうして?じゃあ、あなたの小説はどんな話?」私がそう聞くと、アンはこう言いました。
「主人公は、既婚の上司に長年密かに片思いしている、ミネソタの独身女性。上司がアマジンのジャングルにおける無謀な事業計画にかかわるのだけれど、莫大なお金と人ひとりが現地で行方不明になる。主人公は問題を解決すべくアマゾンへと派遣され、彼女の穏やかな日常は一転、混乱のさなかに放り込まれるの。これはラブストーリーでもあるわ」

いったい何が起きたのか?
言っておくと、このストーリーは決して類型的なものではありません。北欧ミステリーや吸血鬼ロマンス小説など、典型的な筋書きを売りにしたジャンルの小説だったらまだわかります。しかし、私たちの小説の内容は細部にわたって具体的です。書店に行って店員に、「既婚の上司に片思いしているミネソタの中年独身女性の、行方不明の人間の捜索を瀕死のプロジェクト救済を目指すアマゾン派遣」というジャンルのコーナーはどこですか、と聞く人はまずいないでしょう。
つまり、よくあるプロットではないのです!
たしかに、よくよくつきあわせてみると細かな違いはありました。私の小説の舞台は1960年代でしたが、アンの小説が展開するのは現代。私の小説は道路建設業界、アンの小説は製薬業界。でも、ほかの点ではこの2作はまるっきり同じでした。
ご想像の通り、この件が発覚後、アンと私が落ち着きを取り戻すまでにはしばらく時間がかかりました。そして私たちは、妊娠した女の人が受胎した日を知ろうとするのと同じように、私のアイデアが消えた日と、アンにアイデアが浮かんだ日を、指折り数えてさかのぼってみたのです。
その結果、このふたつがほぼ同時期に起きていたことがわかりました。
アイデアは、私たちが出会ったその日に、正式に私からアンへと乗り移った。
乗り移ったのは、あのキスのときだった。
ーこれが、私たちの結論です。
そうです。あれこそが、ほかならぬビッグ・マジックだったのです。

さまざまな場所で起こる多重発見
よくよく考えてみると、アン・パチェットと私のあいだでインスピレーションが乗り移ったあの出来事は、科学分野でいう「多重発見」の文芸バージョンだったのかもしれません。
多重発見とは、まったく別の場所に住む複数の科学者が同時期に同じアイデアを思いつく現象です。

  • 微分積分学 〔17世紀のライプニッツとニュートン〕

  • 酸素 〔18世紀のシェーレ、プリーストリー、ラヴォアジェ〕

  • ブラックホール 〔20世紀初頭のチャンドラセカール、オッペンハイマー、ツビッキーら〕

  • メビウスの帯 〔19世紀のメビウスとリスティング〕

  • 成層圏の存在 〔19世紀末のティスラン・ド・ボールとアスマン〕

  • 進化論 〔19世紀のダーウィンとウォレス〕

私にとって多重発見とは、アイデアやインスピレーションが念のために二股をかけている状態なのです。

インスピレーションと協力して生きる
ところで、アン・パチェットのほうではこの一件をどうとらえていたのでしょうか。
私たちふたりのあいだに起こった不思議な魔法、私の頭の中から彼女の頭の中へと乗り移ったあのアマゾンの小説について、アン自身はいったいどう解釈していたのか。
私よりはるかに理性ある考え方をするアン。彼女でさえ超自然的な力を感じたようで、キスしたときにインスピレーションが乗り移ったのではないかと思っているといいます。
そして、その後の手紙のなかでくだんの小説について語るときにはかならず「私たちのアマゾン小説」と書いてくれます。それほどアンは心が広く、まるで彼女自身が、私が思いついたアイデアの代理母であるかのように振る舞ってくれました。
そうしたアンの優しさはうれしいのですが、真実はちょっと違っています。彼女が2011年に発表した『密林の夢』〔早川書房〕を読んだ人ならわかるように、この壮大な物語は完全にアン・パチェットの手による作品です。そもそも、彼女以外にこんな話を書ける人はいません。私など、アイデアを2年間手元に置いていた里親でしかないのです。
そのあいだ、アイデアは真にふさわしい作者を探し求めていました。いろいろな作家を訪ねてみたあとで、私のところで過ごし、ついにアンという最適なパートナーを見つけたのかもしれません。

左:エリザベス・ギルバート / 右:アン・パチェット

エピソードの詳細はこちらから
『BIG MAGIC (ビッグ マジック) 「夢中になる」ことからはじめよう。』

ビッグ・マジックによって創造された幻のアマゾン小説『密林の夢』はこちら(ちなみにぼくもこの本を読んだが、かなりお気に入りの一冊だ。)

存在目的とは

このエピソードを聞いたぼくは、「存在目的(パーパス)」との関連性を感じざるをえなかった。

「目的(パーパス)とは『自分が見つけるもの』ではなく、『目的にあなたを発見させるもの』である」と考えてみることはできるでしょうか?
わたしの大好きなアメリカ人の作家にパーカー・パルマーという哲学者の方がいますが、その人が美しい文章にして書いてくれたことを、今わたしは信じています。
その文章とは、「わたしは長いあいだ、『こういう人生を生きる必要がある』と自分が思っていた通りに生きてきた。ある時、そうではないことを発見した。『わたしを通して生きたいと思っている人生』に対して、素直に耳を傾ければいいのだ」というものです。
今、わたしはそんなふうに生きています。「人生の目的は神秘的なもので、発見したり決断したりするものではない」と捉えています。わたしが送りたい人生は、「人生の目的が自分を通して生きること」が可能になるように、できるだけ大きな「余白」を空けておくことです。
今までの人生でしてきたさまざまな重要な決断も、わたしが決めようとして決めるのではなく、できるかぎり耳を澄まして選んできました。「人生がわたしにしてほしいと自分自身が信じられることは何か」ということです。
その過程においてわかったのは、頭で考えるのも少しは役に立つけれど、ほんのちょっとだけだということです。「本当に今これをすべきか、すべきじゃないか」と決めてくれるのは、頭の方ではなくて自分の体や直感です。みなさんもそういう体験があると思います。
今わたしは、人生が「次はこれをやったらいい」と語ってきてくれるまでは、自分自身が最善だとわかっていることをやっているだけです。なので、今は思考に時間を費やすことはありません。もしかするとこれらは馬鹿げているように聞こえるかもしれませんが、存在目的とは、「自分はこうだ」と宣言するようなものではなくて、向こうから訪れてくれるものです。そしてわたしは、それに付き従う。そういうものだと、わたしは信じているんです。

『ティール組織』著者、執筆のきっかけは子ども時代の孤独
過去に負った「傷」がもたらしたもの

「今では私は何か霊的なもの、意志の力、そうあろうと望む何かが、世界に現れる(Manifest)ために私たちを使う……ここでは創造の源(ソース)である創業者やリーダーを使うというものだと考えています。私の視点で言うと、素晴らしいヴィジョンを持った英雄的なリーダーではなく、素晴らしい力(A Wonderful Force)の方がリーダーを選び、顕現するプロセス(Manifestation Process)をリーダーに助けてもらっている、と言う感覚です。あなた自身も、この辺りの感覚がとても近いことを示唆してくれているような気がします。」

https://note.com/yuki0mori/n/n1f61fa82d618

巷のどの会社組織にも、ミッション・ビジョン・バリューというものがある。それらをひっくるめて「弊社はパーパスに基づいて経営できている」とおっしゃる方々もいるようだ。

しかし、存在目的(パーパス)は上述のそれらとは全く異なる概念なのだ。
ミッション・ビジョン・バリューという概念が、組織という戦艦が向かうべき方角として、トップ層が計画や戦略のように策定して下層の人に押し付けるものに対して、存在目的(パーパス)とは組織に属するメンバー同士で絶えず耳を澄ませて対話を通じて感知して見つけていくもの…と理解するのが妥当だろう。

ではなぜ、こういった捉え方の違いが生まれているかというと、組織モデルに関していくつかの異なる種類の潮流や捉え方があるからだ。

  • 機械型の組織:組織とは機械仕掛けの戦艦(船)みたいなもので従業員は船を構成している取り替えの利く部品や歯車みたいなパーツだ(だから厳密で正確なプログラムや命令をしなければ、いうとおりに動かない)

  • 生態系型の組織:組織とは森林や樹海のような生態系(生命体)であり、メンバーはかけがえのないひとりの生き生きとした生ける生き物だ。(決して粗末なものではない)冬が来て動物たちが冬眠するタイミングを策定する中央委員会が森に存在するのだろうか?もし熱いヤカンに触れてる手先が条件反射の仕組みなくして、上層部の脳にヤカンから手を離す許可を求めるような人体の構造だったら、おかしいと思わないだろうか?

もっと詳しくは、『ティール組織』を読んでみてほしい。

存在目的(パーパス)とは、具体的には以下のような問いかけで自問自答することで見つけることができるだろう。

  • 「自分たちはこれから先、どの方向に向かうべきなのだろうか?」

  • 「この変化から我々は一体何を学べるのだろうか?」

  • 「自分たちは世界に対してどんな価値を提供すれば正しいといえるだろうか?あるいは心の底から誇りに思えるだろうか?」

そういった意味合いでは、我々皆が己自身の人生という生きとし生ける存在目的(パーパス)を持って生まれてきているのだ。

ちなみに「パーパス」という単語の注目度も年々増しているようだ。

Google トレンドでは、「パーパス」の検索インタレストを時間別、地域別、人気度別に調べることができます -

ソースとは

「ソース」とはつまり、誕生した組織やプロジェクトには発起人たるひとが必ず1人は存在しているとされていて、存在目的(パーパス)をより感知しやすいソース役といわれるひとのことを指している。
それらに関して体系的にまとめた学問こそ、「ソース原理」という新しいジャンルなのだ。

ソースの本質を理解する上で、象徴的なエピソードがあるのでこちらをぜひ読んでほしい。

フレデリックが一つ大事にしている考え方にソースというものがある。
プロジェクトや組織には必ず一人は存在するというそのソースは、要は存在目的から呼びかけられるラジオのような声を一番近くで聞くような立場だ。誰にでも聞こえるはずだがソースの役割はそのセンスが強い。
決してトップダウンの権力は持たないが、組織には必要な役割だという。
よく、事業継承などを行う際、このソースの引継ぎがうまくいかないことが多いという。その引継ぎをうまくいかせる方法について彼は言った。
儀式をする必要があると。きちっと明け渡す方も終わりの儀式をし、そして受け取る方も新たな始まりを祝福する。そして周りもそれを見届ける。そんな儀式が必要だというのだ。
14日のティール・ジャーニー・キャンパスは僕にとってのすべてであった。
その日以降の事は全く考えてなかったし、むしろ考えることができなかった。
なのでその後の二日間はなんかぽっかり空いてしまったような状態だった。
今回急にフレデリックがティール組織に関する取り組みを辞めるといったときからずっとざわざわしていた。今思えばどこかで分っていたという気はする。
最終日の最後の最後、少人数でこの5日間を振りかえる少人数のダイアログ。
「この2日間を儀式として、日本におけるティール組織のソースを賢州に引き渡します。」
どこかで確信はあったけど、フレデリックの口からその言葉を聞けて素直にうれしかった。
僕はフレデリックと出会えたことは運命だとずっと思っている。
フレデリックが新たな道に旅立とうとしている今、ティール組織に東洋の叡智をあわせ、進化して世界に返すこと。
今私自身そのことが自分の人生に呼びかけられている目的だと感じる。

フレデリック・ラルーとの回想録 一番忘れたくないもの 嘉村賢州

「今からまわりくどい話をします。もし僕が作った曲に人格があるとして、その人がぜひともこの曲を25周年を迎えたミスターチルドレンに歌ってほしいというんです。だから俺が代わりに歌います」

Mr.Children 桜井和寿

おわり

つまり、ぼくたちの世界には人間の科学で捉えきれない人智を超えた何らかの自然か生命エネルギーや宇宙の根源的なエネルギーがあり、それらは絶えず、私たちを通して発現・顕在化したがっている…ということなのだろう。

宇宙の流れにうまく乗っかれば、空港にある動く歩道(Moving WalkWay)で移動するかのように不思議とスムーズに物事が運ぶこともあるだろう。

動く歩道(Moving WalkWay)

そうなるためには、誰もが粗末な存在ではなく、自分自身を愛し過ちを許して、自分自身の人生のソース役であることを自覚して、絶えず存在目的(パーパス)の声を聞く習慣をつけるのが良いだろう。

「未知の何かが、われわれの知らないことをやっている。」

アーサー・エディントン(英国の天文物理学者)

「神はまさしく存在する。万物に行き渡る精神エネルギーとしてね。そして私たちはそれを模して造られたのだから。
聖書によると人は神の似姿と教わるけど、神と人が似ているのは見た目(肉体や容姿)ではなく、精神の方なのよ。
精神は物質を変容しうるエネルギーを生み出せることを。素粒子が私たちの思考に反応するのなら、思考や精神には世界を変える力があるはず。
世界中の人々が天を仰いで神を待っているわ…神が人を待っているとは思いもせずにね。私たちは創造主なのに、作り物の役割を無邪気に演じている。自分たちが創造主たる神に弄ばれる無理な羊だと思い込んでいる。だけど、私たちが創造主の精神の似姿であると自覚すれば、自分自身も創造主だと納得できるはずよ。それを理解すると、人間の潜在能力は飛躍的に向上する。」

キャサリン・ソロモンの発言内容『ロスト・シンボル 下巻』

人は誰でも過ちを犯す
そう天に伝えねば
それが人なのだと
過ちがあれば悔い改め
知らぬことを学ぶのが人だと
天は我々に問うているのだ
自らの力で生きられるかと
できぬなら
天の力で治めるべきなのかと
私は人の可能性を信じる
だから天の力は天に返す

これから待つのは人ではなく天
振り向けばそこに天が待っている

『太王四神記』

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