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2024年6月の俳句と歌

遅ればせながら

スマホのメモ帳に記しておいた俳句や歌が少しずつたまってきた。いつもは月末遵守で滑り込んでいたが、今回は入院中ということで、パスしていた。しかし気になる。

「招かれざる客」を書き始めたとき、「おいら」に語らせることによって、病魔に翻弄される我が身を笑い飛ばしてやろう、これこそ諧謔、俳句の出発点ではないか、と考えたものだが、体力気力がついて行かなかった。

「招かれざる客」は①②で頓挫中なので、とりあえず6月の俳句をまとめておきたいと思う。
俳句は季節の文学である。しかし残念ながら病院という所は季節感が乏しい。見えるのは、個室の3m四方の窓の外の景色だけだ。季語が見えない。そんなわけで、下手糞短歌が混じっていることをお許しいただきたい。


始まりは運動会

梅雨入りが遅かった今年。6月の運動会は毎年空模様との競争だか、今年はその心配も不要だった。6/1、孫たちが通う地区の小学校の運動会が開催され、朝から見学に行く。
わずか15分ほどの道のりが息苦しい。5月の下旬から左胸に異変を感じていたが、これは放っておけないので、急遽なじみのUクリニックに行く。
検査の結果………

U先生曰く、肺に水が溜まってますね。

肺の中に床上浸水のように水が溜まっていく様子を想像する。6月最初の「肺苦」、いや俳句が生み出された。

六月の肺は溺れて胸の波

夏空の青きを知らず胸の海


怒涛の検査

翌週からU先生に紹介された市民病院で検査が始まる。文字を見ていちばん怖かったのは「左胸腔穿刺」だった。胸水を注射器で採取して調べるのだ。この時はまだ、もっと大掛かりな手術が待ち受けているとは知らなかった。
胸部X線や全身CT検査、脳MRI検査もあった。

6/7は、哲学者の西田幾多郎の忌日だった。亡くなったのは現在の私と同じ年齢だ。居士号を「寸心」といい、忌日は「寸心忌」と呼ばれる。
この日、検査結果を知らされた。

肺腺腫……

宣告の声遠のけり寸心忌


宣告の声他人事に聞きながら
ディスプレイの字目から離れず


ただでさえ苦しい呼吸が、一層苦しく感じられる。

 

生きるとは息することよ五月闇

     

それでも狛犬

狛犬はライフワークだ。
近所の公民館の館長さんからオファーがあって、ほぼ毎月、狛犬や絵巻物や古典の講座を開くことが決まっていた。
6/9はその第1回目で、パワポを使って狛犬の入門編の話をすることになっていた。呼吸が苦しい状態が続いていたが、今回だけは何としても実施したかった。

開講の時間が近づくにつれて、会場がほぼいっぱいになった。年配の人が多いのは毎度のことである。
楽しい講座になった。しかし、来月以降の講座は延期せざるを得ない。

狛犬の話を聴きてうなづける
老いたる人の笑顔うれしき


揺れる心

1週間後の入院が決まる。左胸の痛みは激しくつらい。食事のときがいちばん痛む。横になると、少しずつおさまっていく。

横たはり波打つ胸の荒波を
鎮めんとしてきつく目を閉づ


朝、マンションの公園に出ると、朝日と青空が眩しく、美しかった。こんな光景を、いつまでも見たいと思った。

輝ける朝を迎へし喜びよ
永遠とは言はず明日もまた見ん

6/10、今日は、時の記念日だそうだ。天智天皇が初めて漏刻を設置した日だという。

漏刻や指より時の漏れ落ちる


夜、寝間から見上げると、月と目があった。

五月闇月の隙間を残したり


この週は転移の有無を調べるために、大きな検査が続く。自宅に戻ると、ほぼ横たわったままである。それにしてもよく眠ることよ。

体力と気力なければ書も読めず
ただ眼閉ぢ夢にさまよふ

1日に12時間の睡眠は
人生の浪費か夢楽園か

朝食のパン1枚と目玉焼
1時間かけ胃に落とし込む


入院

6/17、入院生活が始まる。これまで旅の伴侶だったトランクに、必要物を詰め込む。

旅の夢運びし青きトランクよ
いま病室の隅にさびしき


今日からはここが我が家か梅雨曇



6/18、入院翌日、胸腔ドレナージ。左脇腹に穴を空けて、ドレーンというチューブを通す。
あの濃いオレンジ色の水が大量に肺から出てくる。一度に出すとダメなので、1リットルぐらい。まだまだ出たがってる。
今日からしばらくはチューブをつけた生活。不便きわまりない。

6/20、胸水を入れるケースがいっぱいになったので交換。すでに2リットルは出たはずだ。痛みとの闘い。

胸の水出せども胸の奥にある
炎の疼き変わることなし



6/21、夏至。ニュースで近畿が梅雨入りしたと知る。しかし、昼間は青空が広がっていた。夜は月がのぼるのも見えた。

夏の雲想い出すことばかりなり

変わりゆく雲ばかり見て夏至暮るる

さくらんぼゼリーの海よ午後3時

生きるとは耐えることなり梅雨入りぬ



6/23、日曜日。今日で早くも入院1週間になった。土日は検査などもなく、ベッドの上で過ごす。持ち込んだ文庫本が退屈を紛らわせてくれる。右眼の視野が狭まっているような気がする。
窓の外をJR京都線の列車が走る。貨物の集積場もある。


窓外を白き列車の過ぎ行きぬ
白きベッドで我は動けず



家にいる時は毎日入浴していたが、病院では思うに任せない。シャワー室もある個室だか、チューブで機械と繋がった身は、それも宝の持ち腐れだ。看護師さんに洗髪してもらったり、背中を拭いてもらったりする有難さが身に染みる。


洗髪の揉み手うれしや梅雨晴間


看護師の白き手我に触れんとす
手当てという言の葉を思う


6/28、肺の生検手術。胸水を排出していたドレーンを抜き取り、その穴を利用して肺の組織を採取する手術だ。
広いオペ室に、何人もの医師や看護師がいる。手術台に横向きに身体を固定される。点滴による麻酔と局所麻酔。


手足体手術の台に固定され
ひたすら待てり終りの時を


ドレーンを抜いた穴から、内視鏡や検体を採る道具が挿入される。強い圧迫感と痛み。力を抜いたほうがいいのだろうが、無理。身体全体が緊張している。

手術の結果は………失敗だった。

検体は採れなかった。
胸水が抜けたあと肺の膜が癒着し、ある程度の大きさの検体を採るには、肺の組織を傷つけてしまうと判断された。
左脇腹の穴が縫合される。
唯一よかったことは、これでドレーンとはおさらばしたことだ。

翌6/29は土曜日。何もない日だ。窓の向こうに青空が広がっている。

雨が降っても
空はいつか明るくなる
僕の肺にも
やがて青空が広がるだろうか



6/30、日曜日。2024年も半分が過ぎてしまった。後半の歳月が上向きであることを祈る。

災いを晴らせ水無月祓え月





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