6月の俳句(2023)
水無月
陰暦6月の異称は「水無月」。文字どおり読むと、水の無い月ということになるが、「みなづき」の「な」は「~の」の意味らしい。そうすると、「水の月」ということになる。
近畿は5月29日に梅雨入りしたので、ちょうど梅雨時の月だから「水の月」かというと、それも違う。陰暦6月というのは、太陽暦では6月末から8月初め頃に当たる。梅雨が明けて本格的な夏がやってくる頃だ。
そこでまた、雨が降らないので水がなくなり、水の無い月だから「水無月」だという話に戻ってしまう。
陰暦の異称は、すべて人々の暮らしや自然と結びついている。「水無月」は、田植えも終わり、田圃に水を張る月なのだ。
六月の空輝きて水にあり
芒種の日
6月6日は、二十四節気の「芒種」だった。稲や麦などの「芒」のある穀物の種蒔きをする頃という。
梅雨らしい、しとしと雨が降るこの日、旧友の集まりがあった。メダカの稚魚がいっぱい孵ったのをもらってくれるという。
あたたかき芒種の雨や友集ふ
子目高のもらはれていく梅雨日和
メダカのお礼にと言って、百日草をいただく。ラッキー!
百日草今日何日目の安らぎや
白い花
6月も半分が過ぎた。曇りか雨の日が多い。今月はまだ一度も電車に乗っていない。ついこの前まで、週2回は通勤電車に乗っていたのに。どこといって行きたい場所があるわけではないが、ムシが騒ぐ。
我が家の前は、マンションの中庭になっている。子どもたちとバドミントンをしたり、庭の花や木を眺めたりする憩いの場だ。
植え込みの端の方に、小さな白い蕾をつけた小木があった。葉のつきかたを見るとナンテンだとわかる。冬の赤い実の印象が強いが、こんな花を咲かせるのか。雄しべの黄色もかわいい。
南天の花白き庭梅雨曇り
この時期の花は白いものが多い。「清楚」という言葉がぴったりの花木があった。汚れのない真っ白な花を咲かせ、一日で花を落とす。
夏椿である。
沙羅、姫沙羅、沙羅双樹などとも呼ばれる。
沙羅双樹といえば、釈迦が入滅したときに、その四辺にあったという木だ。『平家物語』にも、「沙羅双樹の花の色、盛者必滅の理をあらはす」という一節がある。インドの沙羅双樹と日本の夏椿とは、本当は別物のようだが、一日で花を落とす夏椿は、無常を体現しているように見える。
亡くなりし人思ひ出す夏椿
まだ小学生の頃だった。隣に住んでいた年下のコーちゃんが、「アッポーハン、アッポーハン」と言って遊んでいた。私にはそれが「安保反対」の意味だということはわかった。ニュースで繰り返し耳にした言葉だ。
1960年6月15日、この日、東大生だった樺美智子さんがデモで警察隊と衝突して死亡した。
私にとって「安保」といえば、学生時代の70年を指す。樺美智子さんの死はすでに伝説になっていた。
夏椿ぽたりと樺美智子の忌
京都の一日
梅雨の晴れ間の暑い一日、京都市右京区の妙心寺に出かけた。妙心寺は臨済宗妙心寺派の総本山で、広大な境内には46の塔頭寺院がある。その一つ東林院の庭は「沙羅の庭」と呼ばれているそうだ。この日は、ちょうど特別公開期間中だった。
南総門から参拝し、日陰のない境内を歩く。三門、仏殿、法堂、大方丈などを仰ぎ見ながら行くと、北総門に出てしまった。このまま北に向かうと、枯山水の石庭で有名な龍安寺である。こちらも臨済宗妙心寺派の寺院だ。
途中にあった児童公園で休憩する。真昼のせいか、だれもいない。公園のすぐ横を紫色の嵐電が走る。
深緑に染まぬ電車よ古都の夏
公園にはアンズやヤマモモなど、実のなる木が何種類も植えられていた。ひときわ大きい木は台湾楓だ。イガイガの実がなっている。
楓の葉の重なる日陰風やさし
龍安寺の近くにある住吉大伴神社に参拝したあと、もと来た道を戻り、再び妙心寺に入る。境内の東側にもたくさんの塔頭寺院がある。道が一直線ではなく、お城の中の通路のように鍵型に曲がっている。一つ曲がるたびに新しい塔頭があらわれる。白壁が夏の日ざしに眩しい。
そんな塔頭寺院の中に、東林院があった。門の外に受付があり、拝観料を徴収している。ぶらっと入って庭を見て帰るのならいいけど、高い拝観料を払ってお茶をいただいて、と思うと億劫になる。この暑さも影響している。
禅の寺沙羅の庭見ず帰りけり
夏至
6月21日は、二十四節気の「夏至」だった。「夏」という漢字は、人が大きな面をかぶって舞っているさまにかたどる象形文字だとか。中国の史書に残る最初の王朝の名前も「夏」だった。「カ」という音には慣れているが、これを「ゲ」と読むことには違和感を感じてしまう。「カ」は漢音、「ゲ」は呉音である。呉音は漢音よりも早く日本に定着している。仏教用語は呉音で読むことが多い。
夏至の日は、言うまでもなく、北半球では一年中で昼の時間がもっとも長く、夜の時間はもっとも短い。大阪では、日の出が 04:44、日の入りが19:15だった。昼の時間が14時間半、夜の時間が9時間半になる。
夏至の日の午後、中庭に出ると真っ白な花がポツポツと咲いている。沈丁花ほどではないが、いい香りがする。クチナシである。
クチナシの花は一般的には一重だが、ここに咲いているのは八重咲きだった。真っ白な花びらの中心に、黄色い花心がのぞく。
梔子の白やはらかき夏の午後
夜、雨が降った。気温が下がって肌寒い。車で、塾帰りの孫を迎えに行く。
夏至の夜の雨肌寒き塾迎え
数日後の夜、クチナシの花のそばを通ると、花びらが茶色くなってしまっていた。クチナシは「朽ちなし」ではないのだな。
梔子の白朽ち果てぬ夏の宵
庭木伐る
樹木の剪定は難しい。間隔を開けて苗木を植えたつもりが、大きくなると狭苦しい。ハナモモは枝を落とし過ぎて、半ば枯れてしまい、残った枝はいびつな方向に伸びる。ヒメリンゴは好き放題に枝を広げている。横にあるネグンドカエデは遠慮して、枝を自らねじ曲げる。
徒長した枝をのこぎりで伐採した。これをゴミとして捨てるためには、ゴミ袋に入るように小さく切りきざまなければならない。ひとしきり汗をかく。首の辺りがこそばいので手をやると、小さな蟻がいた。
庭木伐りて蟻首筋を歩きけり
今日は6月30日。2023年も今日でちょうど半分が終わる。六月の晦日は、全国各地の神社で「夏越の祓」が行われる。
厄払いとなる「茅の輪くぐり」の神事や、京都の伝統菓子「水無月」など、この日に関わるものはいろいろある。
外は風が強く吹き、雨雲が迫っているけれど、ちょっと出かけようかな。
六月の晦日風音雨催ひ