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芦屋市立美術博物館 特別展「最後の浮世絵師 月岡芳年」~展覧会#38

文化都市芦屋

芦屋といえば、子どもの頃から高級住宅街というイメージがあった。地理的には、神戸市と西宮市に挟まれた南北に長い市で、北は六甲山地、南は大阪湾を臨む。
大正から昭和初期にかけて「阪神間モダニズム」と呼ばれる文化が育まれ、瀟洒な街並が形成された。戦災で市の半分近くが焼失したが、その後すぐれた景観を保全する都市計画が進められ、国際観光文化都市にも指定された。市の北部の六甲山麓は別荘地になり、現在も豪邸が多い。
芦屋市には三社の鉄道が大阪と神戸を結んでいる。北から、阪急・JR・阪神である。

今回、芦屋市立美術博物館を訪れるのに、私はJR芦屋駅から南に徒歩で向かった。
国道2号線を渡り、街路樹の影をたどりながら、左右に大きな家が建ち並ぶ歩道を歩く。10分ほど歩いて阪神電車の高架をくぐる。国道43号線の歩道橋を渡り、住宅街をさらに南へ。

夏の日差しは容赦なく頭上から照りつける。公園の角で、表示を発見。

ここから300m。もうすぐだ。30分近くかかってやっと目的地に到着した。


芦屋市立美術博物館

ここは三つの文化施設が隣接している文化ゾーンだ。谷崎潤一郎記念館と芦屋市立図書館、そして芦屋市立美術博物館である。

谷崎潤一郎記念館
芦屋市立美術博物館

「美術博物館」という名称は珍しい。芦屋市立美術博物館は、小出楢重や吉原治良など、芦屋ゆかりの芸術家たちの作品を多く収蔵する一方で、歴史博物館の設備と目的を併せ持っている。
建物の前庭には、刻印石などの石造物が展示されている。

入口から建物の中に入ると、気持ちのいい空間が広がっている。展示場は2階にある。

この日はお盆の土曜日だったが、来館者は少ない。あの阪神淡路大震災以降、芦屋市は財政難に陥り、芦屋市立美術博物館は休館の危機に直面した。一見して、現在もたぶん赤字経営が続いているだろうと推測されるが、文化や教育はお金をかけても育てなければいけない分野である。
階段をのぼり、ゆったりと展示された浮世絵を楽しもう。


月岡芳年

月岡芳年(天保10年~明治25年)は、「最後の浮世絵師」と呼ばれる。歌川国芳に師事し、幕末から明治にかけて優れた作品を多数残した。

月岡芳年といえば、「血みどろ絵」や「無残絵」などと呼ばれる絵を思い浮かべるが、それはごく初期の作品で、この展覧会をみると、彼がいかに多彩・多才な絵師であったかということを実感させられる。

本展覧会の浮世絵は大きく次の6種類に分けられていた。

第1章 芳年の壮
芳年の初期の作で和漢の故事・物語を描く『一魁髄筆』や、全盛期の作で文字通りの武者を描く『芳年武者旡類』などの「武者絵」。

西塔ノ鬼若丸(絵葉書より)


第2章 芳年の想

背景まで丁寧に描きこみ、リアリティにあふれた全盛期の傑作シリーズ『新撰東錦絵』や、妖怪や幽霊のみを集めた最晩年の『新形三十六怪撰』などの
「歴史画」。

源頼光土蜘蛛ヲ切ル図(展覧会チラシより)


第3章「続物の妙」

3枚で1枚の絵として見せる大判錦絵。

偐紫田舎源氏(1階展示)
平清盛炎焼病之図(展覧会チラシより)


第4章「芳年の妖と艶」
画家として早期に描かれた『東京自慢十二ヶ月』や、全盛期の美人画の代表作『風俗三十二相』といった「美人画」。

「風俗三十二相」いたさう(展覧会チラシより)


第5章「報道」

短期間ながら、「郵便報知新聞」などの錦絵新聞に集中的に描かれた作品。

郵便報知新聞の挿絵


第6章「月百姿」
月を題材に、見るものを飽きさせない100点のシリーズ。芳年晩年の作で、集大成といえる。50点が展示される。

「月百姿」玉兎・孫悟空(絵葉書より)


さほど大きくない浮世絵を鑑賞する者にとっては、人が少ないということはありがたい。一点一点に付せられた解説を読みながら、作品を楽しむことができる。
展示作品は合計150点。所要時間は、途中休憩をいれて約2時間半。充実したひとときだった。芦屋市立美術博物館訪れたのは初めてだったが、いっきにこの美術館が好きになる。駅から遠いのが玉に瑕だが・・・。

美術館のすぐ隣の、谷崎潤一郎記念館。美術館に来たときは帰りに立ち寄るつもりでいたが、門の中をちょっとのぞいただけで、次回の楽しみにとっておくことにする。芦屋川の向こうには、虚子記念文学館もある。次は文学散歩もいいかも。

それにしても、暑い・・・。


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