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美術館「えき」KYOTO「イッタラ展 フィンランドガラスのきらめき」~展覧会#55~
我が心のフィンランド
フィンランドという国には特別な思いがある。いや、あったというべきか。もう遥か昔の話だが、フィンランドの少女と文通をしていたことがあった。中学の1年生か2年生のころだった。ペンパルとかペンフレンドを持つことが流行っていた。月刊雑誌に、文通の相手を求めるコーナーがあった。
どうやって見つけたのか、今となっては忘れてしまったが、フィンランドの一少女との文通が始まった。習い始めたばかりのたどたどしい英語を、国際文通の手引き本で補いながら、手紙を書いた。赤と青で縁取られたエアメール用の封筒が新鮮だった。
少女はほぼ同じ年代だったはずだが、あるとき送られてきた写真の中にいる金髪の美しい女性は、自分より年上に見えた。写真の少女の背後には、森が広がっていた。フィンランドは、森と湖の国と言われ、国土の7割以上が針葉樹の森林である。木の幹にもたれるようにして草の上に座ってこちらを見ている少女は、やはり遠い不思議の国の人だった。
フィンランドがムーミンの生まれ故郷だと知ったのはもう少しあとのことだが、ラップランド、トナカイ、オーロラ、氷の国など、フィンランドに対するメルヘン的なイメージは、この頃に作られていった。
文通が続いたのは1年あまりだと思う。最初は日本の文化や生活を紹介する手紙を書いたが、だんだんと書くことがなくなっていった。というより、異国の少女に、いったい何を書き続けたらいいのかわからなくなった。そのくせ、いつか自分がフィンランドに行くことを想像したりしていた。やがて文通が滞り、少女からの手紙も途絶えてしまった。
あの時に受け取った手紙や贈り物はどうしただろうか。少女の写真も捨てた覚えはないが、今ではもう手元にはない。少女は今でも少女のままであり、フィンランドは永遠にメルヘンの国のままである。
心の片隅に埋もれていた北欧の国から、美しいガラス器がやって来た。
イッタラ(iittala)
イッタラは、北欧フィンランド南部にある村の名前だ。1881年、この村にガラス工場が設立された。これが現在の「イッタラ(iittala)」のスタートだった。当初は伝統的なヨーロッパモデルのガラスを制作していたが、20世紀に入ると、様々な装飾を施した食器類を作るようになり、北欧デザインの中心となるブランドに発展していった。
美しさと機能性の両面を追求してきた「イッタラ(iittala)」は、2021年に創立140年を迎えた。本展は、約12,000点に及ぶ世界最大級のイッタラコレクションを誇るフィンランド・デザイン・ミュージアムがこの年に開催した記念の展覧会を再構成したものである。
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展覧会の構成
1章 イッタラ140年の歴史
2章 イッタラとデザイナー
3章 イッタラを読み解く13の視点
4章 イッタラと日本
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アルヴァ・アアルト
会場は撮影禁止。ただし、入口と出口に撮影可能なスペースを設けてある。入場してまず目に入るのは、「アルヴァ・アアルト コレクション」だ。
アルヴァ・アアルト(Alvar Aalto)(1898-1976)は、フィンランドを代表する近代建築家・デザイナーである。
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アルヴァ・アアルトの設計した建築物は、北欧だけでなくヨーロッパ各地にある。アアルトは、波形にうねる曲線を木材を用いて建物の壁面や天井に作ったが、それをガラスの花器にも応用した。それは「アアルト・ベース」と呼ばれている。ゆらめくような曲線が美しい。ガラス器の縁を手でなぞりたくなる。
オイバ・トイッカ
出口手前に、オイバ・トイッカ(Oiva Toikka)(1931-2019)の有名な「Birds by Toikka」の作品が展示されている。この鳥のシリーズの作品はすべてハンドメイドで、コレクターも多いとか。
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第2章では、上の2人以外に、アルヴァ・アアルトの妻アイノ・アアルト
をはじめとして、カイ・フランク、タピオ・ヴィルカラ、ティモ・サルパネヴァ、ハッリ・コスキネン、アルフレッド・ハベリという、イッタラを語るうえでは欠かせないデザイナーたちが紹介されている。
イッタラを読み解く13の視点
第3章「イッタラを読み解く13の視点」はおもしろかった。この章では、「素材としてのガラス、職人の技、型で作る、自然や精霊との対話、気候と文化、カラー」など、13の視点からイッタラの作品制作について解説する。いろんな視点から迫ることによって、イッタラを理解する手助けになる。
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ラップランドの氷が溶ける様子にインスピレーションを得たというタピオ・ヴィルカラの作品は、「ウルティマ ツーレ(Ultima Thule)」と呼ばれている。透き通った氷の中に無数の気泡が残るような作品は、ため息が出るほど美しい。
最後の第4章では、「Iittala and Japan イッタラと日本」。イッセイ・ミヤケ、ミナ ペルホネンの皆川明、隈研吾など日本のブランドとのコラボレーションなどが紹介されている。
美しいものを見るのに、解説はいらないと思う。イッタラのガラス器は実用品だが、同時に美術品でもある。美しくてはかないガラス器を、愛おしみながら日常に使う生活を想像するだけでも心が温かくなる。
〈絵葉書〉
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