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就活終了と生活

困難をきわめた就職活動でしたが、この度無事に終わることができました。実際の所「無事」なのかどうかは微妙な所ですが、何にせよ終わりました。

就活という社会を挙げた茶番劇に3ヶ月強巻き込まれている間、わたしは本を読んだり映画を観たりする習慣を失いました。就活中はいつ電話かかってくるかわからなくてiPhoneを手放せず、空き時間は基本的にネットの掲示板まとめサイトやプロ野球の一球速報を見て過ごしていたのでした。活字はプロ野球選手名鑑とスポーツ報知くらいしか読みませんでした。映画をTSUTAYAに借りに行くという習慣も消えましたがその割にDAZNは契約していました。野球観る習慣に置き換わっただけとも言います。

しかし就活が終わっても、本を読む習慣は意外と戻ってこないです。内容自体は本の方がまとめサイトとかより断然濃くて面白いのに、なんつーか両手使って読むのがだるいのです。これはもうある種の老化かもしれない。実際理解度の面でも内容を咀嚼するのに変に時間を使ってしまい、進みが悪い気がする。

あと、本がすぐ読み終わらないことに耐えられなくなりました。当たり前ですが本はそんな一瞬で読み終わるものではないので、どうしても数日に渡って読むことになります。ただこの数日に渡るというのがどうも難儀で、率直に言うと最近のわたしは昨日読んだ本の続きをまた今日読む、という行為が苦手になりました。パッと言葉にできないですが、毎日の連続を夜の睡眠という身体的行為で1日1日規則的に区切っていくんじゃなくて、何の本を読んでいるかという頭を働かせる行為で恣意的に区切っていくのがどうもダメになったという感じです。

その理由は明確にはわからないですが、就活でしばらく読書習慣を抜けてふと考え込んでみた時、「今後本を絶え間無く読み続けていったとしたら、日常を24時間の連続として捉えるんじゃなくてその時読んでる本の連続の総体みたいな捉え方もできるようになるのかもしれない」と感じた時がありました。だからなんだって感じですが、私は何かに縛られて生きるのが大変苦手なので、読書行為が生活速度のペースメーカーになっていくことに恐れを成したっちゃ成したのかもしれないです。私は自分がどういうカテゴリの人間なのかイマイチ掴めないまま22歳になっちゃったので、この読書ベースで日常を続けていくという似非知識人みたいな生活スタイルをずっと続けていくことが想像できなかったという面もなくはないかもしれないです。「この生活似非知識人て感じだな…」と思えた瞬間そのカテゴリでいいのか自分?という気持ちになって、深層心理として、しばらく読書を習慣とするのをやめといた方がいいかな?という気になったのかもしれない。いやそんなことはないかもしれない。単純に読書という趣味に飽きたのかもしれない。実際の所自分でも詳細は不明なのかもしれない。

こんな感じで、わたしは最近長い本を読むのが苦手になりました。と言いつつ結局本読んではいるのですが(本を全く読まない生活というのもそれはそれで難しい)、文章を理解する力が落ちたので、特に小説は減りました。

しかし本を読む時間を減らすと、縦書きの文章を目にする機会がめっきり減りますね。最近インターン先で仕事がなくてネットサーフィンで時間を潰すしかない、という状況になりがちなので、Ciniiでライトな論文を探して読んだり、短歌の感想記事を地道に書き続けているサイトを読み込んだりしてますが、つくづくわたしは横書きの文章を読むことに慣れちゃったんだなと感じます。縦書きと横書きにどういう差があるかは常日頃考えてますが詳しいことはよくわからないので省略。ただ短歌なんかは縦書きだからこそ綺麗に見える短歌があったりする気がするし、縦書き横書きについて考えるのは意外と面白いとは思います(短歌についてはひらがなが縦書きで書かれてこそ映える文字だからだと思っている)。縦書きと横書きで行間どれくらいとるかとかも違うしね。

本を読めなくなったのは、就活中スマホばっか見て横書きで情報を入れることに慣れ過ぎて、縦書きを受け入れる能力が落ちたっていう理由もあるのかもしれない。縦書き文章ベースでの生活から横書き文章での生活に、就活を経て移行しちゃったんでしょうか。それはそれで何か味気ないけど、これを味気ないとか言う感想も何か似非知識人ぽくて微妙な気がする。てかわたしどんだけ似非知識人なりたくないんだろう。そもそも似非知識人てなんだろう。


就活が終わると、やることがなくなる。やることはないけど、縦書きと横書きの違いとか、考えてもどうにもならないことを考える生活の隙間が出てきて風通しが良くなる。やはりわたしは就活断然向いてなかった!ていうか社会そのものが向いてないのかもしれない。社会出るのだるすぎる。昔高校の講演会に来た姜尚中が「世界で一番素晴らしい場所は大学」って言っててその時は全然ピンとこなかったけど、最近この身を以って深く実感しています(ちなみに姜尚中は生で見るとマジでカッコいい)。学生は何に対しても責任を負わなくていいから本当に良いですね。このnoteを書いてて、どうせわたしは本なんか一生読むだろうから、学生の間は将来のこととか考えないで、書を捨てて街へ出て遊びほうけてたらいいのかな、と思いました。

とりとめのないことを考え続けて、とりとめのないことをとりとめなく発信するっていうことを永遠にゆるされていたい。