家族のいる幸せ
最近ふと感じた家族の大切さ。
当たり前にあると思いがちの家族。
でもその存在が私の基盤。
番外編です。
1 認めてくれる存在
職場で、自分の働きが自分が思っているより低い時って悲しくないですか。
「これだけやっていても、あの人の方が評価がいいなんて。」
なんて女々しいことをついつい思ってしまう私。
でもふと思ったのです。
同僚10人中10人に「すごい」と褒められるより
家族に「いつもありがとう」と言われる方が
私はずっとうれしいことに。
一番身近にいる家族が、私の存在を頑張りを認めてくれることが
私にとって何よりも嬉しい。
職場の上司や同僚なんてここ数ヶ月いやここ数週間の私しか見ていない。
それも全部なんて見てくれていない。
そんな存在に認められても、認められなくてもどっちでもいい。
いいところ見た人は認めてくれるし、
悪い部分を見た人は認めてくれない。
アピールが下手な人もいれば、上手な人もいるのだから。
でも家族は違う。
頑張っている私も、気を抜いた私も全て見ている。
アピールすることなんてない。
そのままの私を見て、「いつもありがとう」と
認めてくれたら
すごく嬉しい。
全て私を見た人の判断と一部の私を見た人の判断。
価値が違いすぎる。
2 帰る場所
どんな失敗しても、
どんなにかっこ悪くても、
帰れる場所が家族。
そんな場所だからこそ、大事にしたい。
そして、どんなことも
優しい笑顔で受け止めることのできる家族の一員でありたい。
みんながほっと素の姿を出せる場所。
言いたいことを言い合える本気でぶつかれる場所。
そんな場所が家族。
3 家族という土台
夫婦は仲良しが基本。
互いに尊敬し合い。
それぞれの存在に感謝し続けること。
相手の存在が当たり前になりそうな時こそ、
感謝して、当たり前にしてはならない。
子供へも感謝を忘れず。
子供のおかげで、自らの未熟さを知り、
人として成長させてもらっている。
かけがえのない存在。
家族という土台があるからこそ、
外で、社会で揉まれ、へとへとになっても、
何度でも立ち上がれる。
家族という存在を
当たり前だと思ってはならない。
行ってきますと言って、見送った家族が
絶対に帰ってくるとは限らない。
おやすみと言って眠った家族が、
絶対に目を覚ます訳ではない。
せめて家を出る時・眠る時
お互い穏やかでいたい。
喧嘩した時は仲直りして家を出よう。眠ろう。
後悔しないためにも。
私は日々そんなことを思っている。
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