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かまどさんの話

お店の常連さんの中で、フードを一切口にされない方がいらっしゃいました。いつも決まった席で静かにビールを飲み、ゆっくりとタバコを吸いながらのんびり過ごされます。地域ではほぼ唯一カラオケのないお店でしたので、休みたいときの宿木のような使い方をされていたのかもしれません。

来店時のおしぼりと、後は時折お飲み物の気遣いだけで済んでいたので、よくこのお客様がいらっしゃっている間に仕込みを行うことがありました。よかったらサービスで少し召し上がりますか?とお伺いしても、ほぼ首を縦に振ることはありませんでしたが、食べ物には興味がおありのようでした。

そんな中、このお客様が特に興味を示されたのは、店でよく使っていた炊飯土鍋の「かまどさん」でした。よくある炊飯土鍋の中でも使いやすく、メーカーの長谷園さんを訪ねて伊賀の里までうかがったこともあります。この土鍋で炊いたご飯は、全玄米を除いてほぼ失敗なく美味しくなってくれます。

店でも結構な頻度でご飯を炊いていたので、使い勝手や炊き上がりについて、ぽろっとお話しする機会が何度かありました。すると、その後お客様から突然、ご自宅用に「かまどさん」を買ったよとご報告をいただきました。少々びっくりしましたが、気に入っていただいているようでした。

フードは召し上がらなくとも食でつながる不思議なご縁。いつもの席の静かな様子を思い出しながら、あの時の「かまどさん」が、あちらのお宅の台所でも活躍しているといいなぁと、ときどき思い出します。

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