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落語(17)かみきり

◎江戸時代〜明治の過渡期、庶民のヘアスタイルもそれまでの「ちょんまげ頭」から「ざんぎり頭」へと急速に変換していったようです。そうなると、床屋さんの方でも生き残りをかけて「髪結い床」から「理髪店」へとシフトすべく、一から新たな技術を学び直したりと必死だったようで…。

八公「ごめんよ」

床屋「いらっしゃいませ」

八公「おう。ちょっと文明開化の音がしたもんでな、いっちょまげを切ってもらおうと思ってな」

床屋「さいですか。まあまあ、こちらへおかけ下さい」

八公「おう。すまねぇな(座る)」

床屋「さて、じゃあ今日は記念すべき断髪式ということで、まずこちらのまげをお切り致しまして…。で、その後はどんな感じに仕上げましょうか?」

八公「そうだな。うーん…土方ひじかたみてぇにしてくれ」

床屋「??…。ちょっとお客さん。うちは医者じゃないんですよ」

八公「ん?   何だい、医者って」

床屋「ひじ、肩が痛いんでしょ?」

八公「違うよ。土方歳三ひじかたとしぞうみてぇにしてくれってんだよ」

床屋「土方歳三ひじかたとしぞう?…。お客さん、ごめんなさい。私、最近の人のことはよく知りませんで…」

八公「駄目だねぇ。床屋だったら常に最先端の髪型ってのを研究しとかなきゃ。うーん、じゃあそうだな…在原業平ありわらのなりひらでいいや。平安時代きってのモテ男だ」

床屋「…お客さん。いくら何でもそれはちょっと古すぎますねぇ。もう少し新しい人にしてくれませんか」

八公「ったく、しょうがねぇな。じゃあ、その間をとって伊達政宗はどうだ。若い頃は大層二枚目だったらしいぜ」

床屋「…うーん、それでもまだ古いですねぇ。第一、お客さん。それじゃ結局、まげじゃないですか。そもそもまげを切ろうってんで、今日うちに来たんでしょ?」

八公「ああ、そうだったな。じゃあ、いいや。全部、親父に任せるからよ。くれぐれもイイ男にしてくれや」

床屋「ああ、任して下さい。髪だけ***ならいくらでもイイ男に出来ますから」

八公「何だい、その髪だけ***ってのは」

床屋「あ、これは失敬。どうやらお客さん、髪だけじゃなく耳もよろしいようで」

八公「当たりめぇだ。今みてぇなことを言われて聞き捨てなるもんか」

床屋「ああ、それは結構。でも、いくら耳がよくても、肝心なのは目鼻口で…」

八公「おい、何だよ。俺の目鼻口が悪いとでも言いたいのかい?」

床屋「いや、とんでもない。さっきの…誰でしたっけ?…ほら、イイ男の…あ、ヒジカタさん。お客さんだって、ヒジカタさんに負けないくらいのシジュウカタみたいな顔してますよ」

八公「何だい、そのシジュウカタみてぇな顔ってのは」

床屋「つまりその、痛々しい…」

八公「何を、この野郎!   言いやがったな、こんちくしょう!   もう俺、頭きた」

床屋「まだ頭切ってないですよ」

八公「あ、た、ま、き、た、って言ったんだよ!   もういい!   もう俺、よそ行く」

床屋「まあまあまあ、お客さん。短気は損気、頭寒足熱ずかんそくねつですよ。せっかくいらっしゃったんだから、ゆっくりしてって下さいよ。私も少々言いすぎました。まあ、そのお詫びと言っちゃなんですが、少しご奉仕させていただきます。耳掃除に歯磨きに泥洗顔、肩もみに腸もみに足裏按摩あんま、鼻毛、わき毛、すね毛等のムダ毛処理。…何でしたら下の毛の方も…」

八公「いいよ、いいよ!   やめろ、気味きび悪い!…わかったよ。じゃあ、仕方ねぇ。ひとつ、ここで切ってもらおうじゃねぇか」

床屋「そうこなくっちゃ。お客さん、顔は悪いけど物分かりはいいようで」

八公「だから、それがしゃくに触るってんだよ、この野郎。張り倒すぞ!」

床屋「いやいや、これは失敬。くわばらくわばら。…では早速、はさみを入れさせていただきます。えー、まずはまげを切りまして(切る)…そしたら、この辺から(切る)…はい、ちょっと右向いて(切る)…はい、左向いて(切る)…はい、今度上向いて(切る)…はい、下向いて(切る)…」

八公「やめろやめろやめろ!   人の頭をぐるぐるぐるぐる回すんじゃねぇよ!   おい、大丈夫か?   手つきがまるで素人じゃねぇか。あんた本当に床屋かい?   どこかでちゃんと修行したのかよ」

床屋「お客さん、見くびっちゃいけません。こう見えても私はね、元々、髪結い床を営んでたんです。それがこの度の文明開化で、一気に西洋の髪型が主流になりましたでしょ。そうなるともう、髪結いだけじゃ食べていかれませんから。私も四十の手習いで、一から散髪の技術を学び直そうってんで、一度店を畳みまして。それから今度、口入屋くちいれや(職安)でもって『髪切りの師匠を紹介してくれ』って頼みましたところ、鋏家はさみやかに道楽という人を紹介されたもんですから、そこの内弟子となりまして。以後、毎日ひたすらハサミと紙でもってお座敷上がりましちゃ、客の求めに応じてチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキ…。やがて、石の上にも三年でいよいよ師匠が『お前もだいぶ様になってきた。ここらでひとつお前に鋏家はさみやわたり蟹という芸名をあげるから、これからはこの名前で寄席へ出てみなさい』って言うんで、『いやいや師匠。何も私は芸人になりたくてこの世界に入った訳じゃないんで』って言ったら師匠が、『何だ。お前は紙切り芸人になりたくてウチへ来たんじゃないのか』って言うんで、そこで初めて散髪の方の髪切りじゃなくて、芸人の方の紙切りを紹介されたってことに気づいたんです」

八公「いやいや、普通もっと早く気づくだろ。何をあんた、クソ真面目に三年間も紙切り芸やってたんだよ」

床屋「だって私は人間の頭を切る前に、まず紙を切ってハサミに慣れろってことだと思ってましたから」

八公「それにしたって人間の髪と文字を書く紙は違うだろ」

床屋「まあまあ、そうしましたらね、ウチの師匠が、『髪と紙の違いはあれどカミ切りには違いない。髪と紙は紙一重だ。せっかくここまで紙切りの技術を身につけたんだ。これからは紙切りの腕を生かして立派な髪切り屋になればいい』と、こう言うんです」

八公「カミカミカミカミややこしいなぁ」

床屋「ですから私は、『ははぁ、さいですか。師匠がそこまでおっしゃるなら有難くこの鋏家はさみやわたり蟹という名前を頂戴致しまして、新たに髪切り屋として店を構えさせていただきましょう』ってんで、晴れて本日めでたくここに開店した次第であります」

八公「ん?   するってぇと何かい?   今日が営業初日だってぇのかい?」

床屋「はい。で、お客さんが初めてのお客さんです」

八公「ちょちょちょ、ちょっと待て。じゃあ、何かい?   人間の髪を切るのは今日が…」

床屋「初めてです」

八公「おいおい、まいったねぇ。これじゃお前、ズブの素人に金払って切ってもらうようなもんじゃねぇか」

床屋「まあまあ、お客さん。そう早まりなさんなって。紙切り芸人てのはね、三味線の音がないとなかなか調子が出ないもんなんです。ですから今度はひとつ、お客さんに三味線の音をやっていただきたいんで」

八公「俺が三味線やるの?   ベンケベンケベンケって?…仕方ねぇな。じゃあ、やるよ」

床屋「よし来た。では、ハサミを入れさせていただきます」

八公「(リズム悪く)ベケベン!……ベン!……ベン!……ベケベン!…… ベン!……ベケ……ベケ……ベケベン!……ベン!」

床屋「ちょっと、お客さん。もう少し軽快にやってもらえませんか?   これじゃ、ちっともハサミが進まないですよ。…もう、いいです。三味線は私がやりますから。お客さんは合いの手を入れて下さい」

八公「合いの手?   『ヨッ!』とか『ハッ!』とか言やぁいいのかい?」

床屋「さいです。じゃあ、よろしいですか?   いきますよ。(歌いながら切る)ベンベケベン♪   ベケベケベン♪」

八公「あー、ヨイショ!」

床屋「ベンベケベン♪   ベケベケベン♪」

八公「あー、どうした!」

床屋「ベケベケベン♪   ベケベケベン♪」

八公「あー、もう一丁!」

床屋「ベンベケベン♪   ベケベケ♪」

八公「あんたが大将!」

床屋「ベンベケベン♪   ベケベケ♪」

八公「床屋の大将!」

床屋「ベンベケベン♪   ベケベケ…ベン♪…はい、出来ました」

八公「おう、出来たか。…お?   いいね!   土方ひじかたみてぇじゃねぇか!   これでいいよ!   上等だ!   ありがとな!   勘定いくらだ?」

床屋「ちょっと、お客さん。お任せしますって言ったのは誰でしたっけ?   こんな総髪そうはつ(ロン毛)は今どきもう時代遅れです。今の流行は何と言ってもざんぎり頭。私に任せた以上、私が切りたいように切らせるのが道理ってもんでしょう」

八公「わ、わかったよ…。じゃあ、ひとつそのざんぎり頭ってのにしてもらおうじゃねぇか…」

床屋「そうこなくっちゃ。では、ハサミをば入れさせていただきます。…ベンベケベン♪   ベケベケベン♪」

八公「(ややテンション下がり)はー、もう一丁」

床屋「ベンベケベン♪   ベケベケベン♪」

八公「はー、どっこい」

床屋「ベンベケベン♪   ベケベケベン♪」

八公「はー、それから」

床屋「ベンベケベン♪   ベケベケベン♪」

八公「はー、こりゃこりゃ」

床屋「ベンベケベン♪   ベケベケ…ベン♪…はい、完成」

八公「おう、これがざんぎりか。うーん、本当は土方ひじかたの方が良かったけど…まあ、これはこれでサッパリしていいやな、うん。ヨシ。勘定いくらだ?」

床屋「お客さん。冗談はヨシコさんにして下さい。お任せしますって言ったのは誰でしたっけ?   さっきも申しました通り、私のもう一つの顔は紙切り芸人です。である以上、このままおいそれと帰したんじゃあ紙切り芸人としての名がすたる」

八公「じ、じゃあ、何だよ…。つまりどうするってんだい?」

床屋「お客さんはイイ男にしてくれとおっしゃいましたね?   では、不肖ふしょう紙切り芸人・鋏家はさみやわたり蟹。これからこの『ざんぎり』という紙(髪)にハサミを入れて、見事イイ男に切り上げてさしあげましょう。では、まいります!   ベンベケベン♪   ベケベケベン♪」

八公「(完全に投げやりで)はー、ヨイショ…」

床屋「ベンベケベン♪   ベケベケベン♪」

八公「はー、こりゃこりゃ…」

床屋「ベンベケベン♪   ベケベケベン♪」

八公「はー、ため息…」

床屋「ベンベケベン♪   ベケベケベン♪」

八公「はー、帰りたい…」

床屋「ベンベケベン♪   ベケベケ…ベン♪…はい、でけた」

八公「ん?(鏡に映る前頭部を見て)お、おい、なんだこの頭!   髪の毛で『イイ男』って書いてあらぁ!」

床屋「イイ男刈りです。周りを全部刈り込んで、文字だけを残しました。これぞ紙切り芸の真骨頂です」

八公「冗談じゃねぇや、全く!   これじゃ、みっともなくて表を歩けねぇじゃねぇか!」

床屋「あれ?   お気に召しませんでした?   かなりイケてると思うんですけどねぇ…ぷっ…」

八公「見ろ!   切った本人だって笑ってんじゃねぇか!   おい、頼む!   もう丸坊主でいいから、この文字を全部刈り取ってくれ!」

床屋「あらら、せっかくの自信作だったのに…。まあ、仕方ない。では、さっきのは一枚目として、次は二枚目の紙に見立てて切っていきましょう。(吹き出しながら)…と言っても、この頭じゃ二枚目じゃなくて三枚目だ」







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