落語(41)流水不腐
◎故事成語ネタ第三弾です。今回はブルース・リー映画ではおなじみの"流水不腐(流れる水は腐らない)"をモチーフに一席作ってみました。登場人物の名前もブルース・リーの本名(李小龍)と、彼の師匠であるイップ・マン(葉問)から引用しています。後半、文章であるが為にやや分かりづらい面もあるかとは思いますが、くれぐれも"考えないで感じ"ていただければこれ幸いであります。
小龍「御免くださーい!どなたかいらっしゃいますかー!…あ、どうもこんにちは。あのぅ、こちらの指南所に入門したいんですけど」
葉問「お主、歳はいくつだ?」
小龍「へ、十八で」
葉問「剣術の経験は?」
小龍「剣術?…剣術なんてこのかた一度も」
葉問「うむ、十八の若さで剣術未経験者か。ならば、これからますます伸びしろがありそうだ。よかろう、入門を許可する」
小龍「ありがとうございます…で、常磐津(三味線)を教えてくれるのはどなたで?」
葉問「常磐津?ウチは常磐津なぞ教えとらん。剣術一本のみだ」
小龍「え?でも、たしか表の看板には『常磐津』って…」
葉問「あれは『常磐津』ではない。『常磐館』と書いてあるんだ。流水流剣術常磐館…して、拙者が当道場師範の常磐葉問だ」
小龍「あ、さいですか。では、失礼します」
葉問「おい、ちょっと待て。どこへ行く」
小龍「え?…いや今、破門て」
葉問「違う、葉っぱの『葉』に問題の『問』で葉問だ。今、弟子入りを許可したそばから、いきなり破門する奴があるか」
小龍「あ、つまり旦那が師範で…剣術を…いや、あたしはてっきり常磐津と勘違いして、美人のお師匠さんが教えてくれるもんだと思ってきたんですけど…剣術じゃ…」
葉問「剣術では不満か。そもそもお主は人からものを教わる時に、そのような心持ちで教わろうとしておるのか。うん?剣術に対してもそうか」
小龍「い、いえいえとんでもない。あたしはもう、剣術は立派な武芸だと思ってますし、前々からずっと習ってみたいと思ってましたんで」
葉問「そうか。ならば真剣にやるか?」
小龍「ええ、もちろん真剣にやります…あ、真剣ではやらないですけどね。竹刀でお願いします」
葉問「よかろう。では、道場に案内する。ついてこい」
小龍「ハァー、常磐津の美人師匠が目的だったのに…トホホ…」
*
葉問「ここが道場だ。そこへ正座しなさい」
小龍「へぇ(座る)…あのぅ、他にお弟子さんはいらっしゃらないんで?」
葉問「おらん。拙者とお主の二人だけだ」
小龍「あ、さいですか。あまり人気のない道場なんですね…」
葉問「何か言ったか?」
小龍「いえいえ、何も」
葉問「いいんだ、これは前座噺だから。登場人物が少ない方が分かりやすいだろ?ときにお主、名を何と申す」
小龍「え、あたしは小龍と言います」
葉問「炬燵か。この暑いのに炬燵とは因果な名前だ」
小龍「いや、小さな龍で小龍です。『炬燵にみかん』の炬燵とは違いますから」
葉問「まあ、何でもよい。では、まず当道場の信条を説明しよう。あそこの標語を見てみろ」
小龍「へぇ、何か四字熟語が書いてありますねぇ…『流水不腐』…腐った水は流れない」
葉問「流れる水は腐らないだ。人は水のように流れることで、常に進化し高みを目指すことができる。すなわち我々は水にならなければならない」
小龍「はぁ…つまり、死んだら海に流してもらえってことですか?」
葉問「そうではない、例えだ例え。『水は方円の器に従う』と言うように、心はたおやかにしなやかに、臨機応変柔軟に生きていけということだ」
小龍「はぁ…水のようにですか」
葉問「そうだ、水になるのだ」
小龍「いやぁ、水になれったって人間だもんな…」
葉問「考えるな、感じるんだ」
小龍「考えるな、感じろ、か…よし、自分は水だ。朝起きて顔を洗う時のあの水は自分なんだ。自分が自分の顔を洗ってるんだ。そして、朝飯の時に出てくるあの味噌汁も自分なら、あのお茶も自分なんだ。自分が自分を飲んでるんだ。その後、はばかり(便所)へ行って出すあの小便も自分だ。あれは自分が黄色くキラキラ光ってるんだ…」
葉問「そうだ、その調子。稽古は千日の行、勝負は一瞬の技。そうやってのべつ自己暗示をかけて、水になることに相努めよ…よろしい、では次に剣術を使う上で最も重要な心がけを教える。まず第一に、剣術とは礼に始まり礼に終わること。要するに黙って相手に斬りかかってはいけないということだ。必ず最初に『エーイ!』とかけ声をしてから斬りかからなければならない。そうでないと、もしも後ろから斬りかかった場合に相手がこちらに気づかないだろう?…次に、一人対複数の場合、皆で一斉に斬りかかってはならない。必ず一人が斬り終わるまでは、その他大勢は後ろで大人しく待っていなければならない、あくまで勝負は一対一で行うというのがお約束だ。…最後に、斬る時は決して相手の返り血を浴びてはならない。古来、一流の剣士というものは、一切の返り血を浴びずに何十人もの敵を斬ってきたものだ。それでこそ、初めて剣豪と呼ぶにふさわしいと言える」
小龍「はぁ…何だかまるで剣劇みたいな話ですね」
葉問「以上、ひと通り剣術のいろはを知ったところで、ここからはわが流水流剣術の究極の奥義を伝授しよう。わが流派究極の奥義とはすなわち、『刀を抜かずして勝つこと』である」
小龍「ひえぇ、剣術なのに刀を抜かない?そりゃあ、一体どういうわけで?」
葉問「武士道の根幹とは『葉隠』…『葉隠』とはすなわち葉(歯)が隠れること。元来、『武士は三年片えくぼ』と言うて、歯を見せることは武士の恥とされてきた。すなわち笑えば武士失格、反対に笑わせればその者が勝者ということだ」
小龍「なるほど!刀を使わずに勝つとはそういうことだったんですね!」
葉問「というわけで、これより小龍…お主と拙者が、どちらが先に相手を笑わせることが出来るかで勝負しようではないか」
小龍「こりゃまた意外な展開で…まさか剣術道場で一発芸を披露することになろうとは…」
葉問「では小龍、まずはお主からだ。見事、拙者を笑わせてみよ」
小龍「まいったなぁ。いきなりそんなこと言われてもなぁ。一発芸、一発芸か…よし、一か八かやってみるか。…『お、新しい刀買ったな?』『よく分かったな』…(間)…『ねえねえ、竹刀で稽古しない?』『しない』…(間)…『俺の脇差しには苗字と名前があるんだ。刀が正宗で、鞘が遠藤』…(間)…『あの影武者、最近ちょっと太ったんじゃない?』『影でムシャムシャ食べてんだろ』…(間)…『おめぇ、全然笑わねぇなぁ。ひょっとすて武士だろ。だってブスっとすてるもん』…ごめんなさい!これ以上は無理です!勘弁して下さい!」
葉問「フンッ、その程度の腕前では拙者の歯隠を破ることは出来ん。さっきも言ったはずだ。水になれ、流れる水は腐らない、と。たとえ相手が冷ややかな視線を向けてこようとも、こちらは一旦流れ出した以上、決して止まってはならんのだ。では、今度は拙者が手本を見せよう。行くぞ!…『(剣道の素振りで)面!胴!痛てーっ!(←自分の手を叩いた)』…(間)…『面!胴!お手(←お手のポーズ)』…(間)…『面!胴!コテン(←寝転がる)』…(間)…『面!胴!あーもう面倒!バン!(←鉄砲を使用)』…(間)…『さっきも言った通り、武士に二言はない。もう一度言う、武士に二言はない』…(間)…(一人二役で)『これなーんだ?イアーイ!イアーイ!(←斬る仕草)』『居合斬り!』『ブー!餅つき』…(間)…『これなーんだ?餅つきー!餅つきー!(←餅つく仕草)』『餅つき!』『ブー!米つき』『嘘つきー!』…(間)…『いざ勝負!(右腰の刀を取ろうとして)あ、間違えた反対か、ぎゃあー!(←斬られた)』…(間)…『待て、逃げるのか!まだ勝負は終わっとらんぞ!フン、腰抜けめ。さて、帰るか。おい駕籠屋、ちょっと頼む!そこに転がってる俺の胴体と、この首をくっつけてくれ』…(間)…『いざ勝負!ドーン!わあ、雷怖い!(しゃがみ込む)』『フッフッ、雷が怖いとは腰抜けめ。隙あり!(刀を振り上げ)ドーン!(←雷に打たれた)』…(間)…『お互い武士だ、腹を割って話そうじゃないか(腹を切る→死ぬ)』…(間)…『やったー!遂に敵の首を獲ったぞー!…待てよ、首だけ獲っても顔がなければ誰の首か分からんな』…(間)…『さあ、斬ってこい。秘技・真剣白刃取りで取ってやる。(白刃取りの仕草をして)さあ、来い!ぎゃあー!(←胴を斬られた)』…(間)…『拙者は刀を抜かずに勝つことが出来る…バン!(←鉄砲を使用)』…(間)…『おい、医者。戦で負傷した。傷口を診てくれ』『うーん、顔には怪我は無さそうですね。首から下は…無いので分かりません』…(間)…『医者、怪我をした。診てくれ』『わあ、背中が血だらけだ。一体どうされました?』『痒いから刀で掻いた』…(間)…『拙者は刀を抜かずに勝つことが出来る。なぜなら拙者の刀には鞘がないから。だからもう歩いてると太ももがサクサク切れちゃって、左足もう血だらけ!いやーん!』…どうだ、参ったか」
小龍「(笑いながら)も、もうダメ…師範、降参…あたしの負け、お腹痛い…」
葉問「なに、お腹が痛い?お主、いつの間に腹を切った?拙者に見えぬ速さで腹を切るとは…うーむ、見事な太刀さばき…この勝負、引き分け!」
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