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落語(31)芭蕉忍-越中編-

越中富山を象徴するものと言えば、何と言っても「置くすり(by 松岡修造)」が挙げられるでしょう。先用後利せんようこうりーー各家庭に無料で薬箱を置いていき、お代は後で"飲んだ分だけ"頂くーー。この「損して得とれ」とも言える気風は、華美を嫌い質素を好んだ芭蕉にもどこか通じる面があったに違いありません。さて、芭蕉はそんな薬都やくと・富山へとやってまいりまして…。

芭蕉「(五七五で)おい山や おい川おい土 おい風や」

弟子「ちょっと何言ってるんですか芭蕉ばしょ先生。あたしは弟子のソラ**ですよ。もう、いい加減覚えて下さいよ。なんですか山、川、土、風って」

芭蕉「ああ曾良そらか 名字が空井そらいで 名前が川」

弟子「違いますよ。名字が河合で名前が曾良そら。河合曾良そらですよ。もう先生、連日の猛暑で脳みそ溶けちゃってるんじゃないですか?」

芭蕉「(短冊に書き)蝉しぐれ 味噌もとろける 暑さかな…」

弟子「ちょっと、真面目なんだかふざけてるんだか分からない句を詠まないで下さいよ、まったく。…で、何の話ですか?さっき先生、何か言おうとしたじゃないですか」

芭蕉「数知らぬ 川を渡りて 那古なごの浦。この先の 担籠たごの藤波 見てみたい。ときに曾良そら ここから担籠たごまで あと何里?」

弟子「お、あの藤で有名な担籠たごですね?ここが那古なごですから担籠たごまでって言うと、ナゴタゴのタゴナゴですから…そんなに離れてないとは思うんですけどね。あ、ちょっと待ってて下さい。あそこに薬売りがいますんで、ちょっくら聞いてみまさぁ。おーい!ちょっと売薬さーん!…あの、ちょいと聞きたいんですけど、ここから担籠たごまであと何里くらいでしょうかね?」

売薬「担籠たごですか。担籠たごまででしたら、この有磯海ありそうみを右に見ながらずーっと早稲わせの田んぼを分け入っていけば…まあ、ざっと五里ってとこでしょうかねぇ」

弟子「あ、五里ですか。ありがとうございます。…先生。ここから担籠たごまで五里だそうです」

芭蕉「ああそうか 五里ならわけない 行ってみよう」

売薬「いや、ですけどご両人。お言葉ですけどね。昔から五里霧中ってくらいで、五里の間には途中霧がたちこめているかもしれませんし、霞がかっているかもしれません。そんなモヤモヤの中をようやく抜けていったところで、言っちゃすいませんけど、あの担籠たご(氷見市)って所は本当にヘンピな所で周りに何もないですし、今から行けばその頃にはもう夕方ですよ。だからって誰も宿なんか貸しちゃくれません。そうなればもう野宿ですよ。夜中に怪物とかお化けとか、なんか変なのがいっぱい出てきて、とてもじゃないがオチオチ寝てなんかいられませんよ?」

弟子「ええ?夜中に怪物くんとかオバQとかが襲ってくるの?嫌だなぁ。…先生。そんなんじゃ、もう担籠たごに行くのは諦めましょう」

芭蕉「ああそうだな 担籠たごへ行くのは やめにしよう。今日はもう ここらでお開き 宿にしよう」

売薬「あ、宿をお探しですか?でしたら、ここから二里ばかり南へ行った高岡って所に旅籠はたごが沢山ありますよ」

芭蕉「高岡か よし行こう薬屋 ありがとな」

売薬「あ、ちょちょちょ、お待ち下さい。あのう、せっかくですからお土産に何かひとつお薬持ってって下さいよ。富山の薬はよく効きますから」

芭蕉「こりゃ失敬 道だけ聞いて ハイチャラバイ。それじゃ野暮 許せよ薬屋 相すまん。ではひとつ 買おかもらおか 富山の薬」

売薬「はい、毎度。ありがとうございます。(背負った行李こうりを置きながら)えー、基本的には富山ってのは薬の都でございますから、薬は何でも揃ってるんですけど…まあこの通り、ご覧下さい。ざっとこちらから熊の胆のう、虎の骨、サイのつのに鹿の麝香じゃこう、ガマの油に馬の油、亀の甲に年の功、猫の手、孫の手、豚の真珠に狸の皮算用、ノミの心臓、カラスの行水、トドのつまり、鶴の一声、雀の涙にかいぐりかいぐりトットの目、と。…さあ、どれに致しましょうか?」

弟子「いや、分かんないですよ。そんないきなりダーッと言われたんじゃ。え?最後の何?鶴の一声?雀の涙?それはそもそも薬なんですか?」

売薬「ええ、もう立派な生薬でございますよ。もう、富山は薬に使える物は何でも使いますから」

弟子「あの…とりあえずよく分かんないんで、一つずつ説明してって下さい。…まずこれは何ですか?」

売薬「それは熊の胆のうでございます。胃腸を中心とした消化器系の病、あるいは肝臓病、二日酔い、果ては寄生虫なんかにも効果があります」

弟子「へえー、大したもんだねぇ。じゃあ、これは何ですか?」

売薬「そちらは虎骨ここつと言って、虎の骨を砕いた物ですね。関節の腫れや痛みを取り除き、なおかつ骨を丈夫にする効果があります」

弟子「へえー、凄いなぁ。じゃあ、これは?」

売薬「そちらは馬の骨です。そちらも骨が丈夫になり、なおかつ健脚になるというお薬です」

弟子「へえー、馬の骨ですか。どこの馬の骨ですか?」

売薬「さあ、どこの馬の骨かは分かりません。こういうのは玉石混淆ぎょくせきこんこうで入ってきますから」

弟子「へえー、そうなんですね。これは?」

売薬「それは猫の手です」

弟子「猫の手!?」

売薬「ええ、立派な生薬です。忙しくて目が回るという人におすすめです」

弟子「へえー、めまいの薬か。これは?」

売薬「カマイタチの鎌です。それを飲んだら、とにかくよくキレるようになります」

弟子「何がですか?」

売薬「頭がです。いわゆるキレ者になれるというお薬ですね」

弟子「なるほどねー。じゃあ、これは何ですか?」

売薬「人魚の肉です」

弟子「人魚の肉!?これは何に効能あるんで?」

売薬「いや、効能なんてありません。ただ美味いんです。まあ、しいて言えば胃が喜ぶといったところでしょうか」

弟子「へえー、人魚の肉っておいしいんですねぇ。でも、あまり食べたくないなぁ。これは?」

売薬「人の胎盤です」

弟子「人の胎盤!?ちょいと売薬さん。あんた生類憐みの令っていう法律があることを知らないのかい?」

売薬「いやいやとんでもない。なにもあたしはご婦人をあやめて胎盤をふんだくったわけじゃないんですよ?ご婦人方は元気です。ただ、お産の場では胎盤をみな捨ててしまうんですよ。だったら薬に使いましょうって使ってるだけですから。胎盤ってのは極めて栄養価が高いんです。特にお肌にいい。ですからご婦人方には結構人気のあるお薬なんですよ」

弟子「なんだ。そういうことなら、まあ仕方がない。へえー。じゃあ、随分いろんな薬があるんですねぇ。…先生。先生は何か気になる薬はありますか?」

芭蕉「売薬さん これは何たる 薬かな?」

売薬「あ、そちらはキリギリス(現在のコオロギ)の粉末です。キリギリスはたんぱく質を始めとした栄養素が豊富で、これは昆虫の中ではかなりオススメです。さすが先生様、お目が高いですねぇ」

芭蕉「(短冊に書き)むざんやな 薬研やげんの下の きりぎりす…」

弟子「お。先生、一句でましたね。…むざんやな 薬研やげんの下の きりぎりす…うん、素晴らしい。キリギリス、これでお前さんも浮かばれるな。…しかしまあ、本当に富山って所は色んな薬があるんですねぇ」

売薬「当たり前じゃないですか。薬といえば富山、富山といえば薬ですから。もう、富山に無い薬は無いというくらいのもので。もう変な話、寒ブリもホタルイカも白エビもかまぼこも昆布〆も、富山にある物は万物みな薬と言ってもいいぐらいで」

弟子「へえー、万物みな薬ですか。じゃあ、この石ころも薬ですか?」

売薬「ええ、もちろん。それは富山石とやまいしと言って、胆石の人が富山石とやまいしを飲むとたちどころに良くなります」

弟子「ええ?石があるのに石を飲むんですか?」

売薬「はい。大陸には『同物同治どうぶつどうち』と言って、体にどこか悪い所がある場合は、その悪い所と同じ所の物を食べると良くなるという思想があるのです」

弟子「へえー。じゃあ、この石は胆石に効く薬になるわけですね。じゃあ、この空気も?」

売薬「ええ。それは富山風とやまかぜと言いましてですね、睡眠時無呼吸症候群の人がもう息が止まっちゃって、ああもうダメ苦しい死ぬーって時に、この富山風とやまかぜを吸わせますとスーッと良くなります」

弟子「へえー、富山風とやまかぜね。じゃあ、この草は何に効きますか?」

売薬「それは富山草とやまそうと言いまして、餓死寸前の人にその草を与えますと一発で蘇ります」

弟子「へえー。じゃあ、あの川の水も?」

売薬「あれは富山水とやますいと言いまして、餓死寸前の人にあの水を与えますと一発で…」

弟子「ちょっと売薬さん。それ富山に限らず、どこの物でも同じなんじゃないですか?」

売薬「いやいや、富山の物は他国の物とは効き目が違います。なんたって薬の都ですから」

弟子「そうですかぁ?…まあいいや、富山の薬が凄いのは分かりましたよ。じゃあ、ひとつ腹痛はらいたに効く薬を貰おうじゃないですか」

売薬「腹痛はらいたですか。腹痛はらいたでしたらいいのがあります。ちょうど今、富山城の前田のお殿様に持っていくところだったんですよ。あの方もお腹が弱いですからね。いつもウチが定期的にお伺いして、お薬をお届けしてるんですよ。はい、これです。反魂丹はんごんたん

弟子「反魂丹はんごんたん?これ、お腹の薬ですか?…へえー、凄いねぇ。『魂』を『かえす』って書いてあるよ。効きそうだなぁ。よし、じゃあこれ貰いましょう。おいくらですか?」

売薬「へえ、三十文で」

弟子「三十文?安いもんですねぇ。はい、三十文」

売薬「へえ、毎度」

弟子「先生はどれにしますか?」

芭蕉「そうだなぁ あたしゃ疝気せんきと 痔で悩み」

売薬「疝気せんきと痔ですか。でしたら、いいのがありますよ。はい、これ。反魂丹はんごんたん

芭蕉「また出たか 魂かえす 反魂丹はんごんたん

売薬「いや、『また』っておっしゃいますけどね、この反魂丹はんごんたんは万能薬ですから。もう、これさえ飲んでいれば死なない。いや、死んだとしても死ねない。死にきれない」

弟子「それも嫌だねぇ。死ぬんならポックリ死にたいなぁ。まあ、いいや。じゃあこれ、先生の分です。はい、三十文。…ときに売薬さん。この反魂丹はんごんたん、いつ何時どれくらいの分量を飲めばいいもんでしょうかね?」

売薬「そうですねぇ。まあ一日二回、食前にでも飲んでいただければよろしいかと」

弟子「ほお。一日二回、食前ですか。で、どれくらい飲んでれば効果が出るもんでしょうかねぇ。これからあたしら加賀越前と通って大垣まで行かなきゃならないんで。するってぇと、道中長いんですぐに効いてくれなきゃ困るんでねぇ」

売薬「ああ、左様ですか。まあ、富山にいるうちは難しいでしょうが、金沢に着く頃には良くなってると思いますよ」

弟子「ほお。そりゃまたどういうわけで?」

売薬「へえ。その頃には一つ、を越えてますから」




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