落語(18)屁のカッパ
◎日本では古くからお馴染みのUMA(未確認生物)である河童ーー。蛙の声で鳴き、亀の甲羅を持つということは蛙と亀の混血? でもクチバシがあるということは、実は亀(母)が鶴と不倫してこさえた子供だったりして…。だとすれば、何も知らない蛙(父)はまさに『井の中の蛙 大海を知らず』ということで…。
八「おい、熊さんよ」
熊「何だい、八っつぁん」
八「お前さん、カッパって見たことあるかい?」
熊「カッパ? カッパなんざお前、こないだ梅雨が明けたばっかりだ。見たことがあるかってよりも、見ないことがあったかってくらい見てらぁ」
八「それは雨合羽だろ。俺が言ってんのは珍獣の方のカッパだ」
熊「珍獣? ああ、妖怪のカッパか。あの、頭に毛があってヒザに皿があるっていう…」
八「そりゃ、人間じゃねぇか。違うよ。カッパってぇのは、頭に皿があるんだよ」
熊「頭に皿? そんなまるでカッパみてぇなカッパは見たことねぇな」
八「だろ? ところがよぉ、近ごろ大川(隅田川)でもって、そのカッパの目撃情報ってのが相次いでるらしいんだ」
熊「本当かい? それ、ただ単に見た奴が酔っ払ってただけじゃねぇのかい? 俺だって飲み屋で一杯やった帰りに、道に落ちてる草鞋が小判に見えることはあるぜ?」
八「それは、お前が呑みすぎなんだよ。とにかくよ、このカッパを捕まえた奴ってのはまだいねぇんだ。だから、これを生け捕りにして見世物にでも売り飛ばせば、俺たちゃ一夜にして一攫千金だぜ」
熊「おう、本当かよ。じゃあ、八っつぁん捕まえてきてくれ。俺、売り飛ばすから」
八「バカ、二人で捕まえるんだよ。何でも、カッパってのは相当怪力らしいんだ。で、たまに人間を力ずくでもって川へ引きずり込んじゃ、尻子玉を抜くらしいぜ」
熊「何だい、その尻子玉ってのは」
八「俺もよく知らねぇけど、どうも人間の肛門にあるらしいぜ。で、カッパはそれが大の好物で、それを抜き取られた人間は死んじまうんだってよ」
熊「また、カッパも変なもの好むねぇ。俺なんざ、もし八っつぁんの尻子玉食べようもんなら、逆に俺が死んじまいそうだ」
八「うるせぇな。俺だってお前になんか食べさせねぇよ。とにかくそういうわけで、ここはひとつ力持ちの熊さんの協力が必要なんだよ。もうすぐお盆だろ? カッパってぇのはこの時期、一番活動的になるらしいんだ」
熊「おう、そういうことなら俺に任しとけ。それくらいのこたぁ、屁のカッパよ」
よく昔から、『お盆に水遊びをすると河童に足を取られる』なんてぇことを言いまして。お盆というのは、それだけ河童が出やすいということです。やがて七月も半ばになりお盆に入りますてぇと、「よし。そろそろカッパが出てくる頃だ」ってんで、八っつぁんと熊さん、喜び勇んで早朝から近くの川へと出かけてまいりまして…。
八「いいか、熊さん。まずは、俺が川へ入っておとりになる。そのうちにカッパが俺の足を掴みにくる。そしたら、お前さんが岸でもって、俺がこの腰に巻きつけてる縄を一気にカッパごと引きあげるんだ」
熊「おう、任しとけってんだ。カッパだろうが人魚だろうが海坊主だろうが、この際まとめて釣り上げてやるぜ」
八「そうか。じゃあ、ちょっくら行ってくらぁ。くれぐれもよろしく頼んだぜ。(川に入る)さぁて、カッパ来いよー。尻子玉が欲しいんだろう?(物売り調で)えー、尻子ー、尻子ーぃ! 尻子玉はいらんかーぃ! 二十年前のお値段だよー!…ってか、ハハ(突然バランス崩し)…わ、来た! わ、危ねぇ! 凄げぇ力だな…おい、熊さん、熊さん! 出た、カッパ! カッパが出たんだよ! 早く引っ張ってくれ!」
熊「あ、本当だ! よし、来た!(歌いながら縄を引く)エンヤトット、エンヤトット、松島の〜♪ エンヤトット、エンヤトット、松島の〜♪ エンヤトット、エンヤトット、松島の〜♪…とくらぁ」
八「はぁ…はぁ…ひぃ…ふぅ…。やあ、熊さん…。ありがとな…。助かったよ…。(カッパを指差し)これ、カッパ…。やい、カッパ! いつまで他人の足ぃ掴んでるんだ! 離せ!」
河童「へぇ、すいません」
八「やい、カッパ。お前はこれから見世物に出すんだからな。大人しく俺たちについてくるんだぞ」
河童「え、見世物!? 何とむごい…。他人のことをいきなり拉致しておいて…」
八「おい、どの口が言ってんだ。お前だって俺のこと拉致しようとしたじゃねぇか」
河童「それを言っちゃラチがあかねぇ」
八「へっ。何を言ってやがんでぇ」
河童「じゃあ、ひとつこうしましょう。お互いに拉致を企む者同士です。いっちょ、ここは分かりやすく相撲で勝負しましょう。で、あたしが負けた時は潔く見世物になりましょう。しかし、万が一あたしが勝った場合には、その時はあなた方いずれかの尻子玉をいただきます」
八「おうよ、上等だ。相撲で勝負してやろうじゃねぇか。よぉ、熊さん。出番だぜ」
熊「おう、任しとけ。自慢じゃねぇが、俺は草相撲の大会じゃ何度も優勝してるんだ。カッパなんざぁ、おかっぱ頭の小娘の手をひねるも同然よ」
八「おい、熊さん。気をつけろよ。カッパってのは物凄く相撲が強いらしいぜ。昔、成瀬川土左衛門ていう力士が、カッパと相撲を取ったら負かされて、しまいにゃ尻子玉を抜かれて川にプカプカ浮いてたって話もあるくれぇだ」
熊「おい、そんなに強ぇのかよ。そんなもん、俺みてぇな素人横綱がかなうわけねぇじゃねぇか」
八「まあ、待て。作戦がある。カッパってのはよ、体が乾くと急速に弱るらしいんだ。だから、どうにかそこまで時間稼ぎしてよ。で、奴の体が乾ききったところで勝負すりゃあ、向こうは力が出ねぇ。お前の圧勝だ」
熊「なるほど、そりゃいいな。じゃあ、ひとつ八っつぁん、よろしく頼んだぜ」
八「おうよ、任しとけ。やい、カッパ。まずは取組の前に、お互いに四股名を決めようじゃねぇか。お前、何か希望あるか?」
河童「四股名ですか? そうですねぇ…あたしは個人的に黄色い桜が好きなので…『黄桜』ってのはどうでしょうか」
八「おう、『黄桜』か。いいじゃねぇか。じゃあ、熊さん。お前は何にする?」
熊「俺? 俺は何でもいいよ。もう、力士なんだから『力士』でいいよ」
八「おい、いくら何でも『力士』はねぇだろ。力士ったってピンキリだぜ? どうせなら一番上の『大関』にしとけ。よし、決まりだ。じゃあ、始めるぜ。(かなりゆっくりと)東ぁ〜し〜、黄桜ぁ〜、黄ぃ〜桜ぁ〜。西ぃ〜し〜、大関ぃ〜、大ぉ〜関ぃ〜。…見ぃ〜合っ〜てぇ〜、見いぃ〜〜合〜〜っってえぇぇ〜〜…」
河童「あの、すいません。もうちょっと早く喋ってもらえませんか。あたし、何だか目まいがしてきた…」
八「ああ、すまねぇな…えーと、どこまで言ったっけ…まあ、いいや。もう一回最初からやろうか」
河童「いや、『見合って見合って』からでいいですよ…」
八「ああ、そうか。見ぃ〜合ってぇ〜、見ぃ〜合ってぇ〜、は〜っあぁ〜あぁ〜〜♪ っっけえええぇぇ〜〜えええ〜♪ よ〜おおぉぉ〜お〜♪ い〜いいぃぃぃ〜〜♪」
河童「ちょっとちょっと。もう、早くして下さいよ。もう、あたしクラクラして、このまま立ち上がれないかもしれない…」
八「おう、悪りぃ悪りぃ。最近、和歌に凝っててよ。つい、節をつけて歌いたくなっちゃうんだ。の〜〜ぉぉぉ〜おお〜♪ こぉ〜ぉぉぉ〜〜〜♪ っったあぁぁぁ〜〜あぁぁぁ〜あ〜〜〜〜♪…今だ! 熊さん、行け! 突き飛ばせ!」
熊「よっしゃ、ガッテンだ! でええぇぇぇぇぇぇい!」
…てんで、すっかり体が乾ききってしまって立ち上がるのもやっとのカッパを熊さんがあっさり転かしますてぇと、二人で両脇を抱えあげまして強制連行。…と、ここでカッパが最後の抵抗で屁をこきました。カッパの屁というのは、もうそれだけで武器になるというくらい耐え難いものがあるそうで、これを間近でモロに吸い込まされてしまった八っつぁんと熊さんはその場で気を失ってしまいました。やがて、昼頃になりますってぇと、ようやく八っつぁんが目を覚ましまして…、
八「おい、熊さん、熊さん。起きろ、起きろよ」
熊「ん? 八っつぁん。俺たち死んだか? ここは三途の川か…」
八「ここは大川(隅田川)だよ。まだ俺たち死んじゃいねぇよ」
熊「…お、そうかい。するってぇと、まだ尻子玉は…(肛門をまさぐり)…おお、あるな」
八「バカ。それはイボ痔だろ。そんなことよりお前、見てみろ、あのキュウリの山」
熊「おお、いつの間に! 誰が持ってきたんだ?」
八「あのカッパだよ。俺たちが気ぃ失ってる間に置いてったらしいぜ。でな、それと一緒にこの書付(手紙)が置いてあったんだ」
熊「書付? 何て書いてあるんだ」
八「いいか、読むぜ。『八さん、熊さん。この度は汚い手を使ってしまい、誠に申し訳ございません。お詫びに、私が自家栽培したキュウリを置いていきます。これにて、どうぞご勘弁下さい。 カッパ黄桜より』…あの野郎。見事に一杯食わしやがったな」
熊「まったくだ。俺たちの一攫千金の夢がこんなキュウリとは。煮ても焼いても食えねぇ(どうしようもない)や」