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寓話(13)ナマズが見た未来

 ナマズはある時、夢を見た。

 夢の中では、海底が爆発して大地震が起こり、直後に発生した大津波は、瞬く間に周辺国を飲み込んでいった。

 二匹の龍が、震源地に向かって飛んでいった。この二匹の龍が地震を起こしたのか、それとも地震を鎮めようとして飛んでいったのかは分からないーー。

 目が覚めると、ナマズはさっそく今見たばかりの夢を書き起こした。ナマズはもう何年も前から、こうして見た夢を手帳に詳細にしたためてきたのだ。

 そして、驚くことにそれらの夢のほとんどは、その後、見事に現実となった。そう、すなわちナマズの見る夢は、未来を先取りして見ることが出来る『予知夢』なのだった。

「まずい……。これは必ず、この海で大地震と大津波が発生するぞ……。そしてその運命の日は、来年の、七の月……」

 ナマズは、さっそく同じ海に暮らす仲間たちを集めて、皆にこの予知夢の内容を伝えた。

「えっ、来年の七の月って、もうあと半年じゃないか……」

 クジラが目を丸くして言った。

「じょ、冗談じゃないよ。津波が起きたら、オイラたち陸の上まで流されちゃうじゃないか。せっかく生まれてから今日まで、人目をはばかりながら生きてきたのに……」

 ウナギが蒼ざめた顔で言った。

「私だって、川上りをするにはまだ早いわ。もう少しこの海でゆっくりさせてよ」

 鮭が必死に懇願した。

「まったく、誰がそんな悪企みをしているんだっ。え? 二匹の龍だって?ーーおい、お前は龍の子供なんだろっ。今すぐお父つぁんとおっ母さんの所へ行って、馬鹿なことはやめろって伝えてくるんだっ」

 フグが、頬をパンパンに膨らませながら、タツノオトシゴに詰め寄った。

「そ、そんなぁ。僕のお父さんとお母さんは、僕を産んだっきり二人とも蒸発しちゃってるし……。今さらそんなこと言われても、僕だって困るよ……」

 タツノオトシゴが半べそをかきながら訴えた。

「まあまあ、みんな心配するなって。地震や津波なんかが来たってどうってことないさ。陸地に流されたら流されたで、陸地で楽しく暮らしていけばいいじゃないか。はっはっはっ」

 カメが楽観視しながら一笑に付すと、

「お前は陸でも生きられるかもしれないけれど、俺たちはみんな陸に上げられた途端に死んじまうんだぞっ。ったく、よくもそんな無神経なことが言えるよなっ」

 と、サメがすかさず噛みついた。と言っても、実際に噛みついているわけではなく、あくまで『責めたてる』という意味での噛みつくなのだが……。

「こらこら、サメさん。そうあまり感情的になるもんじゃないよ。なにもカメさんだって、悪気があって言ったわけじゃないんだからさ」

 この海の長老であるウニが、サメを穏やかに諭した。サメは素直に聞き入れると、それ以上カメを責めることはしなかった。

 するとその時、どさくさに紛れてイワシたちが、大群で近隣の店へと買い出しに走った。おそらく、来たるべき大災害に備えて、今のうちに食料品を買い占めておくつもりなのかもしれない。

「こらっ、お前たちやめんかっ。お前たちが食料品を独り占めしてしまったら、今日からみんなが食べる物が無くなってしまうではないかっ」

 間髪入れず、ウニがぴしゃりとやった。長老の言うことは絶対なので、直後、イワシたちの群れは渋々引き返してきた。

「とにかく、まだ七の月までには半年ある。それまでにゆっくり、おのおのが自身の身の振り方を考えればよいではないか」

 ウニがひとまず話をまとめて、その日はそこで解散となった。

 その後、例の“ナマズが見た未来”はたちまち一帯に広まり、周辺の海に暮らす魚たちは続々と遠方の海に転居していった。

 そして、月日は経ち……。

 いよいよ、件の『七の月』を翌日に控えた六月の最終日。ついに、一連の騒動の火付け役であるナマズも、長年住み慣れたこの海を出ていくこととなった。

「じゃあ、ウニの長老。俺もぼちぼち行くよ」

「ああ、ナマズさん。くれぐれも達者でな」

「長老、本当にここに残るのかい? 何だったら、俺と一緒に……」

「いや、わしはここがいいんじゃ。どうせ二百年の命。あと数年しか生きられないのなら、津波で死ぬまでは、生まれたこの海の底の景色を眺めていたいのじゃ」

「そうか……、わかったよ。じゃあな、今まで本当に世話になったな」

 ナマズは、こぼれ落ちそうになる涙を必死にこらえながら言うと、故郷とウニに対する未練を断ち切るかのように、足早にその場を去った。



 そしていよいよ、運命の『七の月』を迎え、


 結果、何事もなく『七の月』は過ぎ……。


「長老、ただいま。結局、何も起こらなかったみたいだね」

 クジラが、数ヶ月ぶりに故郷の海に帰ってきて、ウニに言った。

「いやあ、ナマズさんの予言には一杯食わされちゃったよ」

 ウナギも、はるか遠くの謎めいた疎開先から帰ってきて言った。

「やっぱりね。大地震に大津波なんて、私も最初から怪しいと思ってたのよ」

 鮭も、どこぞの回遊先から帰ってくるや否や、もっともらしい顔で言った。

「まったく、こんなデマを吹聴するなんて、ナマズさんもけしからん奴だ」

 フグも、頬をパンパンに膨らませて怒りながら帰ってきた。

「きっと僕のお父さんとお母さんが、直前で地震を回避してくれたんだ」

 タツノオトシゴが、今も世界のどこかで生きているであろう二親を想いながら言った。

「まあ、僕はこのまま陸で暮らしてもよかったんだけどね。でも、それじゃみんなが淋しがると思って、わざわざ帰ってきてあげたよ」

 カメが、いかにも小憎らしい口調で言うと、

「なんだ、その言い方はっ。お前、自惚れるのも大概にしろよなっ」

 と、すかさずサメが噛みついた。ただし、これは『文句を言う』という意味での噛みつくである。

 イワシたちも、さっそく祝宴をあげようと、群れをなして近隣の店に酒やつまみを買い出しに行った。

 すると、そこへ“予言者”のナマズが帰ってきた。

「やあ、みんな帰ってたのか。結局、大地震と大津波は起こらなかったね。どうやら、今回だけは予知夢を外しちゃったみたいだね。てへっ」

 すると、そのあまりの軽薄な態度に、一同は怒り心頭に発し、一斉にナマズに飛びかかっていった。

「こらっ、お前たち、やめんかっ」

 ウニが、すかさずぴしゃりとやる。

「今回、結果的に大事に至らなかったのは、畢竟ひっきょうナマズさんの予言によって皆がそれを意識したからーーつまり集合意識が働いたからこそなのじゃ。よって、今になってナマズさんを責めるというのも、すこぶるお門違いの話じゃよ」

 こうして、ウニが上手く取りまとめたことにより、ナマズと仲間たちは互いをゆるし合い、また元のようにみんなで仲良く暮らしたのだった。

(終)

☆『◯年◯月に来る』と言われた災害は大抵来ないもの。それよりもむしろ、皆が絶対に来ないと思って油断している時にこそ注意が必要。災害は忘れた頃にやって来る。




 

 


 




 

 

 

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