
寓話(11)軽率だったハクビシン
ある森に、ハクビシンと狐と狸とイタチがいた。
森にはたくさんの動物が暮らしていたが、この四匹は特に仲良しで、しょっちゅう皆で一緒に遊んだり、それぞれがそれぞれの家に行き来したりしていた。
そんなある日、ハクビシンが狐の家に遊びに行った。
「狐さん、いるかい?」
「おや、ハクビシンさん、よく来たね。さあさ、お上がり」
狐は奥から飲み物とお菓子を運んできて、茶の間でハクビシンとお喋りしながら、それらを一緒に食べたり飲んだりした。
すると、ハクビシンが突然こんなことを言い出した。
「ねえ、狐さん。ここだけの話なんだけどさ、狸さんのお腹って、ちょっと出過ぎだと思わない?」
狐は、まさかそうだとも言えず、適当に苦笑いをして誤魔化したが、ハクビシンは意に介さずさらに続けた。
「いくら何でも、あのお腹じゃかっこ悪いよね。狐さんみたいにこう、シュッとしてればいいけどさ。いやあ、実を言うと僕はいつも心の中で狸さんのことを、『お腹ぽんぽこおじさん』って呼んでるのさ。あははははっ」
狐は、狸がいないところで陰口を言い合うのは忍びないと思い、あまりこの話に乗っからないようにしていた。すると、ハクビシンは今度はイタチのことも悪く言い始めた。
「イタチさんってさあ、よくオナラをするけど、あれやめてほしいよね。もう僕、臭くて臭くて。もう少し場所をわきまえてほしいよ。ひょっとして、お芋の食べ過ぎなのじゃないかしら。だから、僕はいつもそんなイタチさんのことをこっそり、『プーさん』って呼んでるんだ。イタチのプーさん。可笑しいだろ? あははははっ」
楽しそうなのはハクビシンだけで、狐はだんだん複雑な気持ちになってきた。
その後も、ハクビシンはほとんど一人でお喋りを続け、一時間ほどすると、
「ああ、楽しかった。じゃあ僕、そろそろ帰るね」
と言って、狐の家を出ていった。
その次の日、今度はハクビシンは狸の家を訪ねた。
「狸さん、いるかい?」
「おや、ハクビシンさん。遊びに来てくれたのかい? 良かった。ちょうどおいしいケーキがあるんだ。上がって一緒に食べようよ」
狸は、茶の間へハクビシンを案内し、ジュースとケーキでもてなした。そして、しばらく楽しく談笑していると、やがてハクビシンがこんなことを言い出した。
「狐さんってさあ、ちょっと目がきついと思わない?」
まさかそうだとも言えず、狸が返答に困っていると、ハクビシンは構わずに続けた。
「ほら、『目は心の窓』って言うだろう? だとすると、狐さんって本当は相当凶暴な性格なのかもしれないよ。だから、僕はひそかに狐さんのことを、『指名手配犯』って呼んでるんだ。どうだい、ぴったりだろ? あははははっ」
狸は、あえて曖昧な反応をしながら、ケーキをつついた。すると、ハクビシンは次にイタチのことも言い始めた。
「イタチさんってさ、ちょっと胴が長すぎだと思わない? いや、そう言う僕だって胴は長い方だとは思うけど、さすがにあそこまでではないよ。あれじゃあ、もはや身体全体が尻尾のようなもので、僕は実はイタチさんのことを、『歩く尻尾』って呼んでるんだ。あ、これ内緒だよ。あははははっ」
楽しそうなのはハクビシンだけで、狸は段々と気が重くなってきた。そうこうするうちにハクビシンは、
「じゃあ、僕はそろそろ帰るね」
と言って、狸の家を後にした。
そのまた次の日、今度はハクビシンはイタチの家を訪問した。
「イタチさん、いるかい?」
「おや、ハクビシンさん、いらっしゃい。ちょうど美味しいお饅頭があるんだ。上がって一緒に食べようよ」
イタチはハクビシンを招き入れ、お茶と茶菓子を振る舞った。そして、しばらく馬鹿話をしていると、ハクビシンが唐突にこんなことを言い始めた。
「ねえ、イタチさん。ここだけの話なんだけど、狐さんと狸さんってさあーー」
翌日、イタチは散歩中に、偶然狐と狸に行き合った。そこで、いい機会だと思い、イタチは昨日の出来事を二匹に話した。
「狐さん、狸さん。ちょっと二人にとっては耳の痛い話かもしれないけど、実は昨日、ハクビシンさんがうちに遊びに来たんだ。その時ね、ハクビシンさんは狐さんと狸さんのことを、『いなり寿司狂い』と『出べそお化け』って言ってたんだ。ひどい話だろう?」
狐と狸は、お互い初めてそこで自分もハクビシンから陰口を言われていたことを知り、思わず仰天した。
腹の底から沸々と怒りが込み上げてきた二匹は、イタチも同じように陰口を言われていることを本人に伝え、三匹のハクビシンに対する気持ちは、『仕返し』という形をもって一致団結した。
「ちくしょう、ハクビシンの奴め」
「絶対このままじゃ済まないからな」
「今に見てろよ」
三匹はさっそく円陣を組み、作戦会議を開いた。やがて話がまとまったところへ、間がいいのか悪いのか、何も知らないハクビシンがのこのことやって来た。
「やあ、三人お揃いかい? 良かった。今、僕ちょうど暇してたところなんだ。どうせなら、いつもの仲良し四人組で遊ぼうじゃないか」
ハクビシンは、満面の笑みで誘いかけた。しかし、三匹は一様に、何だかつれない様子でいる。
「おや、みんなどうしたんだい? 何だか元気がないじゃないか。ひょっとして体の具合でも悪いのかい? だったら、僕が元気を分けてあげようか?」
ハクビシンは、どうにかして気を引こうとするも、しかし相変わらず三匹は乗り気ではなさそうだ。ハクビシンは、さすがに少し焦り始めてきたと見え、
「おい、みんな、一体どうしたっていうんだ?」
と、やや語気を強めた。すると、三匹はそれぞれに突き放すような口調でこう答えた。
「悪いけど、今日はハクビシンさんとは遊びたくないんだ」
「同感。今日は三人だけで遊びたい気分なんだ」
「また今度遊ぼうね。さようなら」
ここまで言われては、いくら鈍感なハクビシンでもこれ以上誘うことは出来ず、仕方なく帰ることにした。
「ちぇっ、何だよみんな、つまらないなあ。僕たちは、この森で一番の仲良し四人組だったんじゃないのかよ」
石ころを蹴飛ばしながらしばらく行くと、たまたまリスとウサギとヤマネコがいた。ハクビシンは、ちょうど不満が募っていたところだったので、この三匹にそれをぶつけることにした。
「やあ、リスさん、ウサギさん、ヤマネコさん。ちょうどいい。僕の不満を聞いておくれよ」
三匹がうなずいたのを見て、ハクビシンは狐と狸とイタチのことを、やれ裏切り者だ薄情だつまらない奴らだと、さんざっぱらこき下ろした。
すると、始めのうちは自然だった三匹の顔色が、みるみるうちに真っ赤に変色していった。それを見たハクビシンが不思議に思っていると、まずリスがこう口火を切った。
「ハクビシンさん、その狐ってもしかして、『指名手配犯』のことかい?」
ハクビシンが、その言葉の真意を測りかねて固まっていると、リスは突然ボンッという爆発音とともに、その身から白煙を上げた。そして、ほどなくして霧消すると、なんとその姿は見事に狐へと変わっていた。
「きゃっ!」
ハクビシンは悲鳴を上げ、思わず二、三歩後ずさりした。
そこへ、今度はウサギがこう畳みかける。
「ハクビシンさん、その狸ってひょっとして、『出べそお化け』のことかな?」
そして、同じく白煙を上げると、その姿は完全に狸のそれへと変わっていた。
「ひゃっ!」
ハクビシンが見るからに情けない声を出したところへ、今度はヤマネコがとどめの一言。
「ハクビシンさん、そのイタチって、『歩く尻尾』のこと?」
「ひぇっ!」
もはや気絶寸前のハクビシンに、ヤマネコはまるでイタチの最後っ屁ばりの煙を浴びせかけると、その姿はまさしくイタチそのものへと変貌していた。
「ぎゃあーっ!」
思いもよらぬ展開にもんどり打ってひっくり返ったハクビシンに、三匹は見下げた目でにじり寄ると、一同声を揃えてこう言った。
「ハクビシンさん、君とはもう、絶交だよ」
そのあまりの冷酷さに、もはや生命の危険すら感じたハクビシンは、即座に跳ね起きるようにして体勢を変えると、
「狐さんっ、狸さんっ、イタチさんっ……ごめんなさーいっ!」
と喚きながら、額を地面に何度もこすり付けて詫び続けた。
(終)
☆人の陰口を好む人に会ったら、自分も同様に陰では悪く言われていると思った方がよい。人の陰口、言うな聞くな。