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落語(59)柊鰯こわい

節分と言えば豆まき、恵方巻などがありますが、外から鬼が入ってこないようにと玄関先に飾るのが、柊鰯(ひいらぎいわし)です。トゲトゲの葉っぱが付いた枝の先端に魚の頭が刺さっていて、なんだかちょっとしたアーティストの作品みたい…。さて、果たして鬼にこの“芸術性“は理解できるのでしょうか?

赤鬼「(歩きながら)ゔぅー、さぶい…。なんだってまあ、こんな寒い時期に鬼は外回りしなきゃなんないのかねぇ。節分だかなんだか知らねぇけどさぁ、こっちゃあ裸だよ。昼間ならまだおめぇ、日なたぼっこも出来るけどさあ、夜にこんな格好でうろうろしてたんじゃあ、風邪しいちまうよ。ハークショイっと!…あぁー、早く人間の家に入り込んで暖まりてぇや。どっかに家はねぇかなぁ。この辺、田んぼばっかりだからなぁ…おっ、あったあった。あすこに百姓のうちが見えら。よーし、いっちょ赤鬼さんが節分の晩に突撃訪問してやろうじゃねぇか、へっへっへっ…(さらに歩いて)…おっ、やっぱりあるねぇ。お約束の柊鰯ってか?『鬼さん訪問お断り』ってやつだな。へっへっ、こんな子供の図画工作みてぇなもんで、泣く子も黙る悪の化身・鬼さんがすごすご帰ると思ったら大間違い…でもねぇんだな、これが。(急に半ベソになり)どうしてもこれが苦手なんだよなぁ。なんで俺はこんなオモチャが怖ぇんだろうなぁ。情けねぇよなぁ。しかし、人間もよく鬼のこと研究してやがるよなぁ。俺たちが鰯と柊が苦手だってこと知ってやんの。こりゃあ、心理学を使った暴力だよ。自分の手を汚さないで敵を殺すってのは、一番の悪党がやるこった。ったく、これじゃどっちが鬼なんだか分かりゃしねぇや。…ああ、嫌だねぇ。鰯が目ぇ見開いてこっち見てるよ。口なんかパカッと開けちゃってさ、まるで笑ってるみてぇだよ。怖いねぇ。どうして人間ってのは、ここまでえげつない作品を作れんのかねぇ。鬼さんは疑心暗鬼になっちゃうよ、まったく」
福神1「おーっほっほっほっ、これはこれは赤鬼さんじゃないですか。この寒いのに、こんな所で何をしてるんですかぁ?」
赤鬼「(振り向いて)けっ、福の神か。見りゃ分かんだろ。節分だから、鬼さんが人間のうちまで出張ってきてやったんだよ」
福神1「おーっほっほっほっ、それなら逆ですよ。あたしが家の中に入るんで、赤鬼さんは一歩も入れませんよ。ほら、よく『鬼は〜外、福は〜内』って言ってるでしょう?」
赤鬼「へっ、知るかよそんなもん。鬼に秩序や形式なんてものは関係ねぇんだ。こんなものぁ、来たもん勝ち、入ったもん勝ちでぇ」
福神1「あーら、だったら早く中に入ればいいじゃないですか。それとも、何か中に入れない事情でもあるんですかぁ?」
赤鬼「けっ、そんなもんある訳ねぇだろ。ただ、この鰯の飾りもんが毎度毎度バカバカしいからよ、いってぇこれにゃどんな芸術性があんのかと思って、ちょいとまじまじと鑑賞してやってたところだ」
福神1「あーら、赤鬼さんもその顔で『芸術』なんて言葉をお使いになるんですねぇ」
赤鬼「やかましいや、この野郎」
福神1「おーっほっほっほっ。でも芸術鑑賞もいいですけど、何か一枚くらい着物を身につけていないと風邪ひいちゃいますよぉ?」
赤鬼「うるせぇ、余計なお世話でいっ。こちとら江戸っよ。これっぽちの寒さなんざ、屁でもねぇや」
福神1「ほおー。なんですか、その『江戸ってのは?」
赤鬼「てやんでい、江戸の鬼だから江戸っよ。いちいち野暮なこと訊くんじゃねぇや」
福神1「あら、そうですか。じゃあ、からっ風に吹かれながら、この後もごゆっくり芸術作品をお楽しみ下さい。あたしは、お先に中へ入らせてもらいますよ。では、ちょっと失礼…(戸を叩く音)…ごめんくださーい!夜分遅くにすいませんねぇ。お手数ですが、ちょっと戸を開けてもらえますかぁ?」
住人「(戸越しに女の声で)はいはい、どちら様ぁ?あのねぇ、悪いけどもうこっちは寝てるんだ。大した用事じゃないなら、明日にしとくれる?」
福神1「その大した用事なんですよぉ。なんせ福の神が、お宅に福を届けにあがったんですからね。おーほっほっほっ」
住人「え、福の神さまが?あーら、大変。今すぐ開けなくっちゃ…(戸を開け)…あーら、大黒さまじゃないですか。ようこそ、いらっしゃいまし。もう、首を長ーくしてお待ちしてましたのよぉ。ささ、寒かったでしょう。どうぞ、中へお入りになって」
福神1「えへへへへ、すびばせんねぇ。では、お言葉に甘えて…(中に入る)」
住人「おや、そこにも誰かいるねぇ。その方も福の神さまかしら?」
福神1「いえいえ奥さん、それは赤鬼ですから。絶対に中へ入れちゃいけませんよ。中へ入れたら、とんでもない不幸をもたらしますよ」
住人「まあ、赤鬼!?…本当だ、頭に角が生えてる。おまけに牙もあるし耳輪もしてるし、金棒も持ってる。それにしてもまあ、この寒いのに…本当に裸なんだねぇ」
福神1「ああ、奥さん。心配はご無用ですよ。赤鬼さんは、いくら寒くてもへっちゃらなんですって。さあさあ、早く戸を閉めて家族でお祝いしましょう。ほら見て、打ち出の小槌。これをあたしが振れば、大判小判がざっくざくですよ。おーほっほっほっ」
住人「まあ、大判小判が!?じゃあ、さっそく振ってもらおうかしらねぇ。ささ、お上がりになって。今、火鉢をお点けしますからね…(振り返り)…そういう訳だからさ、赤鬼さん。悪いけど、よそへ行っとくれ。じゃあね、せいぜい風邪ひかないようにね。お大事に(戸を閉める)」
赤鬼「…くっそー、悔しいなぁ。人間め、相手が福の神だってわかった途端、ころっと態度が変わりゃあがった。なんだい、この差別は。ちっ、この鰯と柊さえなければ、俺だって中に入れるのによぉ。ゔぅー、さぶい…(空を見上げ)おいおい、とうとう白い物が舞ってきちゃったよ。こりゃ、明日の朝になる頃には積もっちゃうんじゃないのかい?嫌だねぇ、まったく。…ふぅー、やっぱり帰ろうかな。今どき節分の晩に『鬼さんこちら』なんて戸を開けて待っててくれるうちなんてねぇよな。どこもかしこも皆、柊と鰯の飾り物に大豆だろ。もう、そんなのはなっから分かりきってんのに、わざわざこっちから出向いていくほど、おっちょこちょいなこたぁねぇじゃねぇか。そうだよ。ああ、馬鹿らしい。帰ろ帰ろ。それが賢明な判断ってもんだ。…いや、だけどなぁ。ここで諦めたら、江戸っの恥だよな。ここはひとつ心を鬼にして、なんとかこの鰯の魔除けを取っ払って人間宅に押し入る方法を考えねぇと。…だけどなぁ、いざ、あの鰯の目ん玉ぁ見ると、どうしても俺ぁ足がすくんじまうんだよなぁ。まいったなぁ。…あ、そうだ。だったら、目をつむってりゃいいんだ。そしたら、野郎と目ぇ合わさなくて済むじゃねぇか。そうだそうだ、そうしよう。体の目で見ちゃいけねぇ。心の眼で見るんだ。よしっ…(目を閉じて)…えーっと、確かここら辺だったかなぁ。あ、臭ってきた。近づいてきたよ。あ、くっせぇや。うわぁ、ひでぇ臭いだ。駄目だ、鼻つまもう…(つまむ)…よし、これで鬼に金棒だ。えーっと、鰯の野郎はこの辺りかなっと…(手で探り)…いってぇーっ!ちきしょっ、柊のとげをモロに掴んじまった。あ、いってぇーっ。(鼻から指を離してしまい)あ、くっせぇーっ。(つまみ直し)くっそー、手じゃ掴めねぇってか。まいったなぁ…あ、そうだ。手が駄目なら、角で落とせばいいや。そんなら、とげに触れたって関係ねぇもんな。よしっ…(顔を近づけ角を振り回す)…この辺か?それとも、こっちか?どこだ、鰯の野郎は…痛ぁっ!(目をおさえ)畜生っ、やりゃあがったな。今度ぁ、とげがまぶたに刺さりゃあがった。いってぇーっ。(鼻から指を離してしまい)あ、くっせぇーっ。なんでい、てやんでバロチキショーっ」
住人「(戸を開け)ちょいと、さっきから人んちの前で何を騒いでんのさ!…あら何だい、さっきの赤鬼じゃないか。あんた、まだいたのかい?まったく、しつこいねぇ。いくら頼まれたって、うちはあんたなんかに敷居をまたがせるつもりはないよ。悪いけどねぇ、こっちはいま福の神さまに金貨だとか銀貨だとか、鯛だとか米俵だとかわらしべだとか色々出してもらってるところなんだい。邪魔してもらっちゃ困るよ。わかったらとっとと消えな。…あ、そうだ。豆まいてやろ。(豆をつかんで)鬼はー外っ!」
赤鬼「いててててっ、何しやがる畜生!食べ物を粗末にしやがって!バチがあたるぞ、この野郎!いててててっ!」
福神1「おーほっほっほっ。奥さん、いいこと教えてあげましょうか。豆をまくなら、鬼の目を狙った方がいいですよ。ちょっと貸して下さい。ほら、こんな風に…福はー内っ!(まく)」
赤鬼「いててててっ、何しやがる畜生っ!何が福の神だ!おめぇのやってることこそ、鬼そのものじゃねぇか!いててててっ!」
福神1「ではでは赤鬼さん、せいぜい夜道に気をつけながら帰って下さいね。山賊とか獣とか、いえいえ場合によっちゃ魔物が出るかもしれませんよ。…あ、魔物は赤鬼さんでしたね。魔物が魔物に気をつけてたんじゃ、世話ないですね。おーほっほっほ。福はー内っ!(まく)」
赤鬼「いてっ、いてぇってんだよこの野郎!…あ、戸を閉めちまいやがった。くそー、福の神ばかりいい思いしやがって。なんだい、あの『おーほっほっほっ』てぇのは。気持ちわりぃ笑い方しやがって。ぐぬぬぬぬ、この柊鰯さえなければ…。あー、それにしても寒ぃなぁ。腹減ったなぁ…(地面の豆を見て)…ふぅ、仕方ねぇから豆でも食うか。えーと、俺いくつになったんだっけ。たしか今年で九百二十ぅ…九歳か。…て、ある訳ねぇよな、そんな数。へへっ。(一粒拾って食べる)あー、ひもじいなぁ。俺にも福が来ねぇかなぁ」
福神2「うふふふふっ。赤鬼さん、どうしたんですか?そんな所で背中丸めて。元気ないですね」
赤鬼「ん?…(振り返り)…ああ、本当に福が来たよ。今度ぁ、おかめ顔の弁財天だ。…あのなぁ、どいつもこいつも渡る世間は鬼ばかりで、将来に絶望してたところだ」
福神2「あら、かわいそう。赤鬼さんでも、鬼に絶望することがあるんですねぇ」
赤鬼「ああ。せっかく今晩は節分だってぇのに、さっきからもう柊のとげに刺されたり、豆ぇ投げつけられたり、踏んだり蹴ったりだ」
福神2「あら、それはお気の毒に…て言うか、節分て本来そういうもんじゃないかしらとも思うけど…まあ、いいか。ねえ、それってもしかして、その耳輪がよくないんじゃない?」
赤鬼「あぁ?耳輪?」
福神2「うん。耳って結構重要な器官でね。そこに穴を開けちゃったりなんかすると、もしかしたらそれが原因で運命の歯車が狂っちゃうなんてこともあるみたいよ」
赤鬼「へっ、バカバカしい。運命は自分で切り拓くもんでい」
福神2「あら、そう。だったら自分で切り拓いて、さっさとおうちの中に入れてもらったらいいじゃない。それが叶わないから、こんな所でぐずぐず二の足を踏んでるんでしょ?」
赤鬼「うっ…まあ、そう言われりゃそうなんだが」
福神2「でしょう。だったら、素直に私の助言に従ったらどう?もしかしたら、あなたにも運が向いてきて、この家の住人に歓迎されるかもしれないわよ?」
赤鬼「そうかい?…だ、だったら仕方ねぇ。ここはひとつ、その通りにしてみようじゃねぇか」
福神2「そう来なくちゃ。じゃあ、まずはその耳輪を外してみましょ」
赤鬼「おう、これをかい?(外す)」
福神2「そうそう。…よし、これで少しは運気の流れが変わってくるはずよ。耳たぶに開いた穴は、しばらく経てば勝手にふさがってくるから心配いらないわ。そうなれば、もうあなたは順風満帆。まさに鬼に金棒よ」
赤鬼「おお、そうかい。へへへ。これで俺も、人間に歓迎されるような身分になったかい」
福神2「まあね。でも、それだけじゃまだ微妙よね。うーん、何だろ…やっぱり裸ってのは良くないんじゃないかしら。人のうちに訪ねていくのに、裸っていうのはちょっと常識はずれよね。ましてや、この鬼寒いのに」
赤鬼「なんだい、その『鬼寒い』ってのは」
福神2「鬼みたいに、えげつないくらい寒いってことよ。きっと、あと百五十年もすれば若者がそこらじゅうで使うようになるわよ」
赤鬼「へえ、そうかい。まるで予言者だな。…で、裸じゃ駄目だってんなら、いってぇどうすりゃいいんだい」
福神2「そうねぇ。何か一枚羽織りたいわよねぇ…そうだ、せっかく腰に寅の毛皮を巻いてるんだから、それに合わせて寅の毛皮のちゃんちゃんこなんか着てみたらどうかしら」
赤鬼「寅の毛皮のちゃんちゃんこ?だけど、そんな物いってぇぜんてぇ何処からこさえてくるんでぇ」
福神2「うふふふふっ。大丈夫、私に任せて。(琵琶を弾きながら)ベべッ、ベンッ、ベンッ、おかめ、かめ、かめ、かめ〜、ベベッ、ベンッ、ベンッ、…おかちめんこっ!」
赤鬼「(自分の上半身を見て)わっ、こりゃ凄ぇ!本当に寅の毛皮のちゃんちゃんこが出てきたい!」
福神2「うふふふふっ。私がこうして琵琶を弾きながら呪文を唱えれば、どんな物でも空間から自在に出すことが出来るのよ」
赤鬼「へぇ、そりゃ凄ぇなぁ。じゃあ、ついでに金の金棒も出してくれ」
福神2「駄目よ」
赤鬼「ん〜、じゃ仕方ねぇ。銀に負けてやらぁ」
福神2「駄目」
赤鬼「ん〜、じゃ銅ならどうだ」
福神2「駄目駄目駄目。金も銀も銅も、そういうよこしまな気持ちで望む物は駄目」
赤鬼「よこしまったって仕方ねぇじゃねぇか、鬼なんだから。おい、知ってるか?俺、実は名字が横島ってんだ」
福神2「知らないわよ、そんなの。…さあ、寅の毛皮でお洒落ができたところで、あなたも家の中に入れてもらいましょ。きっと今度は歓迎してもらえるはずよ。だって、あなたすっかりいい男になったもの。このまま山籠りして鹿でも捌いてれば、若い女の三人や四人すぐに寄ってくるわよ」
赤鬼「えへ、そうかい?照れるなぁ。じゃあ、ひとつ生まれ変わった赤鬼さんが、人間のうちに福を運んでやるとするか…おっと、その前にあの戸口んとこの柊鰯をなんとかしてくれ。あれがあると、俺ぁ近づけねぇんだ」
福神2「そんな、人んの物を勝手に取っちゃ駄目よ。じゃあ、私が代わりに戸を叩いたげるから、あなたはそこにいて。で、ここんの人が『おいで』って言ったら、目をつぶって入ってくればいいわ」
赤鬼「お、そうだな。そうするか(目を瞑る)」
福神2「(戸を叩く音)もしもし、おこんばんはー。福の神様がお宅に福を届けにあがりましたよー。よかったら戸を開けて下さいなー」
住人「はいはい、今開けますからね。ちょっとお待ち下さい…(戸を開け)…あら、今度はおかめ顔の弁天さまが来たよ。まあ、有難いねぇ。ささっ、中に大黒さまもいるから、みんなで一緒に乾杯しましょう。ささっ。…おや、なんだい。赤鬼まだいたのかい?ったく、辛抱強いのか諦めが悪いのか。なんだってんだよ、まったく」
福神2「あのね、奥さん。赤鬼さん、すっかり心を入れ替えたんだって。だからほら見て、ちゃんとおめかししてきてるでしょう。だから、私と一緒に中へ入れてほしいんだって」
住人「駄目だよ、駄目だよ。いくらめかし込んだところで、鬼には変わりないんだから。さあ、また豆投げられたくなかったら、とっとと帰んな」
福神2「あら残念だったわねぇ、赤鬼さん。家主がこう言ってる以上、もう私にはどうすることも出来ないわ。そういう訳だから、ここでお別れね。山籠りしていっぱい鹿を捌いてね。うふふふふっ(戸を閉める)」
赤鬼「お、おい、弁財天っ。ちょっと待っつくれ…ああ、閉めちまいやがった。なにが『うふふふふっ』だよ。ちっとも運気なんか上がりゃしねぇじゃねぇか。…はぁー、まいったなぁ。なんとか俺にも福が来ねぇもんかなぁ」
猫1「ニャーオ」
赤鬼「お?…へっ、福じゃなくて猫が来やがった。おう、よしよし。おめぇもこの寒空に宿無しか。俺と同じだな。おう、豆でよかったら食うか?(拾って与える)」
猫2「ニャーオ」
赤鬼「お?何だい、また猫が来やがったぞ。おめぇも宿無しか。ほら、豆食え」
猫3「ニャーオ」
赤鬼「また来たよ。なんだい、やけに猫が急に寄ってくるようになったなぁ。…あ、わかったぞ。俺のこの寅皮のちゃんちゃんこ見て、俺のこと寅だと思ってやんな。へへっ、そうかぁ。おめぇら、俺のこと親分だと思ってんだな?おや、また来たよ。今度は三毛だ。おっ、黒も来た。あ、キジトラも来たぃ。はははっ。…あ、そうだ。いいこと思いついたぞ。こいつらぁ使って、あの柊鰯を退けさせりゃあいいんだ。ようっし…おう、てめぇら。あすこに、てめぇらの大好きな鰯のかしらがあるぜ。食いてぇ奴ぁ食っていいぞ。ただし、一匹しかねぇからな。早いもん勝ちでい。そら、行けぃっ」

 ってんで、赤鬼が合図をした途端に、十匹ほどの猫が一斉に鰯の頭に向かって飛びかかりました。果たせるかな、戸口に飾られていた柊鰯は綺麗に取り除かれ、すっかり目の上のたんこぶが無くなった赤鬼は、歌なんか歌ったりしながらその場で小躍りです。すると、何やら表が騒がしいってんで、再び家の戸口が開きまして…。

住人「(戸を開けて)何だい、どうしたってんだい。さっき、猫が何匹もうちの戸を叩いたような音がしたけど…(鬼を見て)なんだい、あんたまだ居たのかい?ったく、しつこい鬼だねぇ。鬼しつこいよ、あんたは。…ちょいと大黒さま、弁天さま。見てよ、ほら。あの赤鬼、まだ未練がましくうちの前に居るんだよ」
福神1「えぇ?そりゃ、本当ですかぁ?…おや、本当だ。しかも、今度は少し様子が違うようですねぇ。歌ったり踊ったりなんかしてて、なんだか嬉しそうですよ、おーほっほっほ。…失礼ですけど赤鬼さん、何かいいことがあったんですかぁ?まるで鬼の首を取ったように喜んでますけど」
赤鬼「えぇ?鬼の首?いやいや、なんの。鰯の頭が取れたんだ」


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