【掌編】パーカーおじさんの憂鬱
『パーカーおじさん』とやらが、世間を騒がせているらしい。
なんでも、四十がらみでパーカーを着る男のことをdisったものだそうで、妹尾ナントカとかいうコラムニストだか何だかが、ユーチューブ上で発言したことが火種となり、目下各方面に飛び火し炎上中なのだという。
『四十近くになってパーカーを着ているおじさんはおかしい』ーー
果たして、本当にそうなのだろうか。
まあ、言われてみれば確かに、あのフードが何となく子供っぽく見えなくもない。それを四十過ぎたオヤジが着ているのだから、うーむ……ということなのであろう。これが仮にフードが付いていないトレーナーならば、何も最初からdisられることはなかったのかもしれない。
いやしかし、それを言うならスタジャンだって同じだろう。スタジャンという物は、団塊の世代あたりにとってはどうも特別な思い入れがあるらしく、すっかり高齢者の部類に入った現在でも、可愛らしいワッペンの沢山付いたスタジャンを着用しているおじさんはたまに見かけるものである。ここ数年間は、もっぱら若い世代の間でも流行っているようだが、何も今に始まった若者限定のアイテムというわけではないのである。
同様に、ダッフルコートやギンガムチェックシャツにもそれは言えるだろう。いずれも、何となく可愛らしさや若さを感じさせるデザインだが、やはり青春期から特別な思い入れを抱いている中高年は未だに多いものだ。
いずれにしても、他人のファッションの好みに対し、赤の他人がいちいち茶々を入れないないでもらいたい。実際、今回こうして『パーカーおじさん論争』が盛り上がってしまったせいで、これまでパーカーをこよなく愛用してきたおじさんたちは、これまで通り胸を張ってパーカーを着ることが出来なくなってしまったのだから……。
「くそっ、まさか自分がフードを被ることになろうとは……」
俺は、近所のコンビニへちょっと買い物に行くのに、おそらく二十代の頃以来、何十年か振りにパーカーのフードを使用した。別に雨が降っているわけでもない。ましてや関東地方だし、寒風が肌身に突き刺さるほど、というわけでもない。しかし、この際もはや被らずにはいられなかった。
そう、全てはあの『パーカーおじさん論争』のせいなのだ。
「ふぅ、大丈夫かなぁ。こんな格好をしていて、不審者だと思われなければいいが……」
俺もかつては、パーカーのフードを被って外へ出歩いたことがあった。それは、もちろん自分がまだ若かったということもあるが、ラッパーや格闘家などの影響により、何となくフードを被るのがカッコイイというイメージがあったからだ。
そもそもパーカーとは、もともとイヌイットが考案したデザインだそうで、あの首元背面部に付いているフードは、凍てつく寒さから身を守るための、すこぶる有意義な物なのである。しかし、こと日本においては、雪国にいる場合や急な雨天時を除いては、まずあのフードを被る必要性はないと言っていい。仮に百歩譲って晴天時に被るのだとしたら、それは先述の通りあくまでも若者に限られた伊達であり特権なのであって、冒頭の話ではないが間違っても四十近くの男にとっては断然許されない大罪なのである。
「よし。早いとこ買う物を買って、さっさとこの店からずらかろう」
俺はコンビニに入店すると、ジャンプとじゃがりことゼロコーラを手に取り、レジへ向かった。女子高生と思しきアルバイト店員に購入するタバコの番号を伝える。店員はマルメンライトの箱を持ってきながら、上目遣いで俺の顔を見ている。
うわぁ、明らかに怪しまれてるよぉ……くそっ、これというのも全部あの、妹、妹尾……えぇい、読めねぇや、妹尾ナントカとかいう小娘のせいだ……。
俺は、落ち着かないままそそくさと支払いを済ませると、そのまま逃げるようにしてレジを立ち去った。
店を出てからも、やはりすれ違う人間、すれ違う人間の目が気になる。まるで、誰もが『パーカーおじさん』を嘲っているように見えてしまうのだ。
くそっ、どいつもこいつも『パーカーおじさん』のことを馬鹿にしやがって。これも全部あの、妹、妹尾……妹尾ナントカのせいだっ。
俺は身に覚えのない罪悪感と屈辱感に容赦なく苛まれながら、いきおい背中を丸めて歩速を速めた。
すると、その時突然背後から声がした。
「お客さん、待って下さい! 忘れ物です!」
俺はハッとして足を止め、振り返る。見ると、先ほどのコンビニの女子高生店員が、レジ袋に入ったジャンプとじゃがりことゼロコーラを持って、俺のもとへ駆け寄ってきた。
「ハァ……ハァ……、これ、忘れてます……」
しまった。あまりにもいたたまれなかった為に、支払いだけ済ませて商品を持って帰るのを忘れてしまっていた……。
「あ、ありがとう……悪いね」
「いえいえ。あの、いつも買いに来てくれるパーカーのお兄さんですよね? 今日は珍しくフードを被ってるんですね。でも、すぐに判りました」
「あ……あ、そう……」
「フード姿もけっこう似合いますね。じゃあ私、これで失礼します」
女子高生店員はそう言い残すと、さっと踵を返し、再び店へと引き返していった。
走り去っていく彼女の背中を見ながら、俺は四十近くの『パーカーおじさん』としての自分を、少しだけ肯定出来る気持ちになった。
(了)