
電動キックボードという乗り物。
昨日(2/19)、オットと夕食をいただいていた時のこと。
観るとはなしに点いていたTVがNHK『クローズアップ現代』。
番組の観点はそれとは違うが、主に語られていたのは電動キックボードの問題点と今後の見通しだった。
今日は、ちょっと書きたい電動キックボードのハナシ。
*
自転車でもない、車でもない。
その立場が確立されていない電動キックボード。
「電動キックボードとかスケーターって、車道も歩道も(どっちを走っても)難しいよねぇ。」と、オット。
どっちの立場に置かれるのか、どこまで行ってもどっちつかず。
ユーザーではない者にとっては、本音は(その乗り物は必要なのか?)と思わずにはいられない。
うん、私もそう思う。
だけど。
ニュースなどで電動キックスケーターと歩行者の事故とかが報じられ、そのマナーや、道路交通法の整備が話題となる度に、私はある男性を思い出すのだ。
*
私は月に一度、朝から車で美容院に行く。
家から少し遠い美容院。
主婦の私が朝8時に車で出かけるなんて滅多にない。
月イチの美容院の日だけ。
その月イチに、必ず駅前で見かける電動キックボードの男性がいる。
(もう、かれこれ3年くらい。)
都会ではない、地方の町。
通勤時間はおろか、普段使いに電動キックボードに乗る人さえ珍しい。
乗っている人がいないのだから、ニュースで報じられる都会のキックボードの事故など、どこか他所事の話。
「あんなに人が多いところで乗ったら、そりゃ事故になるよ。」と思う。
と同時に、「キックボードに乗る自分、カッコいい!とか?」と斜めからの意見も持ちあわせ、要は電動キックボードなんかいらないんじゃないの?、と思っていた私。
ところが、月イチの朝、片側三車線ずつ計六車線の駅前大通りを颯爽と走り去るキックボードに遭遇した。
ん?、子ども?
いや、よく見ると、大人の男性。
背中にリュックを背負ったスーツの男性だった。
失礼ながら、子ども?と思ったのは、その男性が背が低かったから。
その男性は、いわゆる小人症、低身長症だと思われた。
この記事は、私が見かける低身長症の方のハナシになります。
身体的特徴を揶揄したり、特別視したりする意図はありません。
私のこの記事に傷ついたり不快な思いをされるような方がいらっしゃれば、申し訳ありません。
私は月イチで出会う見知らぬこの方を敬意をもって見かけております。
誤解のないような言葉使いを心掛け、記事を続けたいと思います。
もし、ご不快な感情になられるようでしたら、閲覧をお控えください。
駅前の大きな交差点を、赤信号で止まっている私の前を、キックボードがスーーッと横切った。
背の低い男性は30代くらいか。
黒っぽいスーツに四角いリュック。
最初は「え?、子ども?」と思ったが、すぐに大人の男性だと分かった。
その瞬間、私は彼をカッコいい!と思ってしまった。
信号が青になるまで、彼の行く先を目で追った。
なんとも自信に満ちた乗りこなしっぷり。
カッコイイの意味は、顔!ではない。(失礼!)
どう書けば誤解のないカッコイイが分かってもらえるだろうか。
似た感じを例えるなら、昔流行った木村拓哉のドラマ『ビューティフル・ライフ』の、常盤貴子が演じるヒロインがスタイリッシュな車イスと赤いクルマに乗っていたのくらいの衝撃。
自身の通勤スタイルに自信と満足感を漂わせ、にこやかに通りすぎる。
同時に押し寄せたのは、彼の人生で電動キックボードとの出会いがどれほど大きかったのか、との想像。
通勤(だと思う)にこの道具を選択した発想と勇気に尊敬がやまない。
以来、月イチで彼に出会うのを地味に期待している。
ここからは、私の勝手な想像でしかないのだけれど。
この男性、服装の感じからして、会社員。
交通マナーも問題ない、歩道の端を自転車より若干遅いくらいで走行している。
雨の日もウインドブレーカーでキックボード。
ずぶ濡れでもなんのその、キリッと前を向いてキックボード通勤だ。
彼が電動キックボードに出会う前は、どのように通勤していたのだろう。
身長140センチくらいだろうか、おそらく彼の人生で自転車は無理だったかもしれない。
徒歩か、バスか。
もしかしたら、家族が送迎していたか。
どこへ行くにも時間がかかったに違いない。
出掛けることに躊躇いはなかったか。
なにかを諦めてはいなかったか。
しかし、彼は前向きな生き方をしてきたに違いない。
だって、こんな地方の町で電動キックボードだよ?
この乗り物に出会って、彼は人生や生活、行動範囲が劇的に変わったのではないか。
電動キックボードで自ら走るスピードは爽快であったのではないか。
それまでは駅やバス停の周囲が彼の世界だったかもしれない。
それが、ちょっとコンビニに寄ることも、その日の気分でルートを変えることも可能なのだ。
友人の自転車に連れ添って出掛ける事も可能だ。
そんな想像をされているとは知らない、私だけが勝手に拍手を送っている。
(拍手を送るなど、それすらも不遜かとも思う。しかし、彼がなんとも清々しいのだ。)
*
私の想像は月に一度車の中から見かける彼を勝手に想像しただけでしかなく、本当の彼とは全く違うのかもしれない。
低身長症の方が颯爽と移動していく電動キックボードは、ニュースで問題視されている乗り物だ。
でも、別の視点で見れば、彼の人生そのものをがらりと変える、生活を豊かにする乗り物にもなり得るのだと、目から鱗だったのだ。
この乗り物。
こういうユーザーが、こんな使い方が、できるのか!
可能性がある乗り物じゃないか。
もちろん法律の整備は必要だし、安全な使い方も徹底せねばならない。
課題は山積だし、世の中の認知もまだ足りない。
だけど、この乗り物に、便利さ以上の豊かさを与えられている人がいるということを紹介したく、こんな記事を書いた。
車だって安全運転を心がける人と、注意が足りない人がいる。
危ない道具にもなりかねない。
どんな道具も使う人次第。
悪にもなり得るが、可能性も持ち合わせている。
ですよね?