見出し画像

月イチドライブ

「あ、彼岸花咲いとるねぇ。」

いつもの道を私の運転で走っていた時の、母の一言。

81歳の母は、月に一度、車で1時間の病院に通っている。
リウマチを患って、かれこれ40年近く。
評判がいいというその病院まで、月イチで父が運転をした。

月イチの恒例ドライブ、今は私が運転手だ。

二人のドライブに私が交ざるようになったのは、私が地元にUターンしてきた7年前から。
父の運転で助手席に母、私は後ろでスマホをつつきながらお供する。
帰りに三人でランチをするのが恒例になった。

父が免許を返納する時、「もうあの病院は遠いから辞めようかねぇ。」と母。
私に遠慮しての発言だったのだろう。
しかし、もう40年も通っているのだ。
月に一度くらい大丈夫よ、と私がその役目を引き継いだ。
以来、私が運転手で助手席に父、後ろに母が乗って、月イチのドライブは続いている。



1時間のドライブは瀬戸内の町からどんどん北に向かう。
20分も走れば右も左も田園風景。
田んぼ、畑、集落、田んぼ、畑、集落、、、
私にしたら、変わり映えのしない田舎道なのだけど、二人はいつもいつも新たな発見?があるようだ。

「コンビニが出来ようるねぇ。あそこ、前は何だった?」
「ありゃあ畑じゃったようのう。」

「あの家、もう住みようらんのう。」

「こがいなとこに道を造ってからに。畑持っとった人はえかったねえ。」
(余計なおせわ!笑)

40年もの間、月イチでこの道の沿線を眺めてきた二人の会話。
よくそんなに見とるね、と感心するくらいのローカルで、生産性のない会話。
そんな二人の会話に適当に相づちを打ち、(今日のランチはどこかな?)と考えながら運転する私(笑)

そんな、10月始めの恒例ドライブのときのこと。

「あ、彼岸花咲いとるねぇ。」
ふいに母が言った。
田んぼのあぜ道に赤く一列に咲いている彼岸花。
9月の通院ドライブの時には咲いていなかった、と母が言う。
「今年は暑かったけん、彼岸には咲かんかったんかのう。」と父。

彼岸花か、、、と私。
私には、”彼岸花”と聞くと思い出す本がある。

灰谷健次郎先生の『太陽の子』という小説をご存じだろうか。

沖縄出身の両親のもとで、明るく育つふうちゃんという女の子が主人公。
神戸で沖縄料理店(店名”てだのふぁあ”は沖縄の方言で”太陽の子”)を営む両親とそこに集まる沖縄の人々はみんな優しい。
でも、それぞれ悲しい過去や困難を抱えていて、だからこそ優しくて少し悲しい人々。
中でも、ふうちゃんのお父さんは人一倍優しくて、優しいがゆえに沖縄戦の記憶に苛まれ、徐々に精神を病んでいく。
病んでいくお父さんを怖いと思いながらも、お父さんのことを理解しようと、沖縄のこと、戦争のことを知ろうと決意するふうちゃん。
ふうちゃん家族とそこに集う沖縄の人々の再生の物語。

私がこの作品に出合ったのが小学校6年生の頃。
それまでは『赤毛のアン』だの『若草物語』だの、世界少年少女文学全集的なものを好んで読んでいた私が、何を思ったかこの本を買ったのだ。
たぶん、「小学六年生」か「科学と学習」にお勧め本として紹介されていたのだと思う。
面白いワクワクの本から、初めて出会ったガツンと殴られた本。
(この『太陽の子』が私の読書人生のキーになった本です。)

前置きが長くなったが(笑)
この物語の冒頭が曼殊沙華。
ふうちゃん家族がピクニックをしていて、一面の曼殊沙華(彼岸花)の中を楽しそうに歩いているのだ。
ラストもこのシーンで、楽しそうな散歩は実は壊れていくお父さんを病院(精神病院)に家族で連れていくという、希望と再生のシーンなのである。

この本に出会ってかなりの年月だけど、いまだに曼殊沙華(彼岸花)を見ると『太陽の子』の冒頭を思い出す。
イメージとしても別れとかお墓とかいいことを連想しないし、実際に毒性もあるのだから、一般的も好まれない苦手な花ではあると思う。

そんな私に、運転中の私に、父が言った。
「さて、問題です。」

「さて、問題です。彼岸花はなぜ田んぼのあぜ道に植えるのでしょう?」

はあ?
そんなん知らんわ、、、
知らんのんか、つまらんのう、と嬉しそうな父。

「田んぼのあぜ道に植えとったら、ザリガニが穴をあけんのよ。」
父がすごく得意げに言う。
放水路にいるザリガニが田んぼに穴をあけると、田んぼの水が抜けるんだ、と。
それを防ぐために根に毒のある彼岸花を植えるんだ、と言う。

へぇ〜。

「さて、次の問題です。」
まだ、あるんかい!笑

「畑の横に彼岸花を植える理由はなんでしょう?」
ザリガニはもうええよ。

「正解は、イノシシ除けです。」
またしても得意げ!笑

畑に植えると、イノシシが彼岸花を嫌って穴を掘らないから作物が守れるらしい。
(ホンマかいな、じゃあ里山じゅうに彼岸花植えたら日本全国イノシシ被害無くなるじゃん!)

「昔は彼岸花の根を擦って小麦粉と練って、痛いところに湿布で貼りよったよねえ。」と母。

お母さん、なんでアンタまで得意げに、、、

「ホンマかあ。わしゃあソレ知らんど。」
良いことを聞いたとばかりに感心する父。

、、、なんで、彼岸花でそんなに盛り上がるん!笑

そこからは、誰が一番たくさん彼岸花を見つけられるでしょうゲーム!が開催され。

あ、そこ!
こっちも。
白いの、あそこ!

病院に到着するまで、彼岸花探しに大盛り上がりの車内。

月イチの通院ドライブ。
来年も、再来年も、この時期にこの道沿いで彼岸花を見るのだろう。

長年の彼岸花のイメージが上書きされちゃったなぁ。

これから彼岸花を見るとき、私が連想するのは『太陽の子』ではなく、
間違いなく、ザリガニと、イノシシと、湿布だ。




いいなと思ったら応援しよう!