【講演レポート】顧客時間の学校「顧客時間をドライブさせるSNS運用」(2020/3/26開催)
企業が優れた商品をつくり宣伝するだけで事業が成り立つ時代は終わりました。これからのDigital Transformation(以下、DX)において考えるべきは、モノやサービスを媒介として企業がどのような「場」で顧客と繋がるか。
株式会社顧客時間のマーケティングフレームでは、購買を取り巻く意思決定のプロセス全てを意識しています。多くの企業はわかりやすい「購買」の時点だけを見てしまいがちですが、真の顧客理解のためには購買の前後にある「選択」と「使用」をしっかり押さえることが不可欠。一連のカスタマージャー二ーを把握できなければ、前回講義したCRM(「顧客時間が描く、CRM基点の顧客戦略」)のノウハウも生かされません。
「顧客時間の学校」第二回目のテーマは「SNS」。まさにこの「検討・選択・使用」という購買前後のプロセスにおいて今や最も顧客の身近にあるメディアです。個人利用が主だったSNSは企業活動にとっても必須のツールとなり、身近だからこそ運用ルールや効果の図り方が難しい側面を持ちます。
事業会社での豊富な経験を元にSNS領域の講師を務めるのは、株式会社顧客時間 チーフプランナー/広報統括であり、ソーシャルメディアスペリャリストとして活躍する風間公太氏。日本の企業ソーシャルメディア黎明期から無印良品の公式SNSアカウントを開設・運用し、500万人を超えるフォロワー・ファンの窓口を一手に担ってきたSNSの専門家です。
講義ではSNSの知見にとどまらず、SNSを活用した真の顧客理解とエンゲージメント構築について、示唆に富む内容が語られました。
黎明期から10年。表裏一体にあるSNSの可能性と危険性
風間:「Twitter、Facebookが日本語に対応したのが2008年、iPhoneが日本で発売になったのも同じ年で、このあたりが日本企業SNSの黎明期と言われています。ちょうど今、そこから10年が経ちました」
この10年の変化として特徴的なのは、ビジュアルや動画を中心にコミュニケーションをするInstagramなどのSNSが支持され、使われるようになったこと。ひと目で投稿のクオリティを判断されてしまうため、企業としては運用スキルの差が見えやすい状況です。
もう一つの特徴は、世界的傾向と異なり日本ではTwitterの人気が今も根強いこと、LINEの利用が多いこと。LINEは月間アクティブユーザーが8,300万人とずば抜けて多くなっていますが、クローズドなメッセンジャー的アプリであることからもSNSというよりはもはや国民の情報・コミュニケーションインフラと化していると見るのが正しいかもしれません。LINEは価格面も含めてCMなどペイドのマスメディアの位置づけに近くなってきており「失敗したくない」企業が取り組みやすいメディアだというのが風間氏の見解です。
風間:「他のメディアに比べてSNSは感情の要素が強いメディア。特にTwitterは言葉が中心、かつ匿名性が保たれるため、質が良いもの・悪いもの、本物・嘘が同時に存在しています。企業が運用していくには個人利用以上に、観察と管理が必要。低コストで大きく企業認知が上がったり、消費者からの共感を得られる可能性を秘めている反面、ユーザーが感情に流されてしまう危険性も理解した上で運用していくことが必要です」
小売業にとってSNSは「接客」と同じであると定めた運用ポリシーとスタイル
SNSは広告さえ使わなければサービス自体は無料のプラットフォーム。企業と一般ユーザーが横並びで存在する場です。既存メディアとは企業の立ち位置が異なり、これまで通りのスタンスで運用を始めるとうまくいきません。運用にあたってはまず「なんのためにSNSに取り組むのか」「課題を解決するためにSNSは本当に適当なのか」を考えることから始めます。風間氏も無印良品時代には、明確な目的を持ってアカウント運用を開始したと言います。
風間:「無印良品は商品数が多いので、メルマガやチラシ、店舗のプロモーションエリアなどメインで取り上げる商品には限りがありました。そういった『プロモーションからこぼれた魅力的な商品』たちをどう伝えるかが2009年頃に抱えていた課題です。この時に出会ったのがTwitterでした」
奥谷:「SNSは主力商品のマスキャンペーンと異なり、7000品目を365日投稿しても許される点が面白い。ただ、参入のハードルが低い分、実は戦略性が必要でもあるんですよね。何でもできるからこそ、何に目的を絞って運用するのかを決めることが求められます」
目的が決まれば、評価指標も決まります。小売業で言えば、売上、店舗の来店者数、アプリDL数、WEBの来訪者数、フォロワーやファン数などが指標として想定できます。しかし短絡的に「売上」を目標に掲げる前に、即物的な売上が見込めないような商材ではないか、SNSがそもそも売上を生むのに最適なメディアなのかなど、自社のケースに合わせて考えてみる必要があります。
風間:「短期、中長期で分けてKPIを決める、または臨機応変に時期ごとに目標を変えるなど、ある程度走りながらでもいいので自社事業に合った設定をしてみてください」
目的と目標の次に決めておきたいのが運用スタイル。属人性の強弱や、発信内容がプロモーショナルか対話型かなどで分類することができます。属人性が高いアカウントはいわゆる「中の人」系や「軟式アカウント」と言われ、法人でありながら担当者の個性を出すことで注目をされているアカウント。運用スタンス自体はどれが良い悪いということはなく、考えるべきはSNSを自社がどういう立ち位置で運用していくかです。
無印良品の場合は、開始当初は属人性が強かったけれども、担当者の変更や異動などを考慮し、企業として継続していくために徐々に人に寄らない運用スタイルに変えていったと言います。
風間:「メディアなどで属人性の強い企業アカウントが話題にされるケースが多いので誤解が生じやすいのですが、面白い発言をしてバズったアカウントが成功なわけではありません。個性の表現方法が単なる担当者の趣味嗜好を出すことなのか、ブランドを表現していくことなのかは見極める必要があります。確かにソーシャルメディアは顧客と企業の関係をフラットにし、緩やかなつながりを築く接点になります。しかし、ゆるい発言がOKと勘違いしないように注意したいですね」
奥谷:「ユーザー同士が繋がる場所に企業がお邪魔しているのがSNSなので、ある程度は温かさがないとうまくいかないと思います。単にきれいな商品写真を並べているだけではコミュニケーションは活性化しません。アカウントの再現性、継承性を考慮した上で、自社に適したユーザーとの距離の取り方を運用しながら探っていくことが必要です」
無印良品では「握手をするぐらいの距離感」「無印良品のブランドの考え方と同様に一人称を出さない」などを運用ポリシーとしていました。プレスリリースを吐き出すだけのぬくもりのない対応はフォローを継続するモチベーションを削いでしまいます。属人的にはならず、でもアカウントの先に人が居ると感じられる距離感でいるバランスを目指したと言います。
このような運用スタイルの感覚を身につけるのは簡単ではありませんが、迷った時に判断基準になるのが「SNSは接客である」との考え方。これはSNS上で寄せられる質問への対応にも役立ちます。
風間:「店舗でお客様に声を掛けられれば無視はしません。SNS運用も同じで、アカウントに対して呼びかけられたらできる限り対応します。同時に、SNSだからといって特別な対応をする必要もありません。基本的には勤務時間内の対応に留める、自分だけで判断しかねるケースは無理をせずカスタマーサポートなど他部署と連携するなど、店舗での接客やブランドの行動指針に立ち返ってみると運用ポリシーが定まっていくのではないでしょうか」
奥谷:「SNSも人と人とのコミュニケーションの場です。自社の顧客でもそうでなくても、人としての対応ができないと失格。接客をし、傾聴をする場であることは忘れないようにしたいですね」
自社の「フラペチーノ」は自社の中にある〜コンテンツ制作〜
運用の目的、スタンスと並んで重要なのが投稿内容。良い反応を得るために必要な要素は、7割がコンテンツ、2割がタイミング、1割がテクニック。風間氏が考える優れたSNS担当者とは「自社のフラペチーノ」を見出す目利き力を持つ人だと言います。
風間:「スタバのフラペチーノは、SNSの最強コンテンツのひとつ。新作が出る度にみんなが話題にします。でもスタバのフラペチーノだから特別なんだと諦めることはありません。“フラペチーノ的コンテンツ”はどんな会社にでもあるはずです」
気をつけたいのは、既存メディアの感覚でコンテンツを選ばないこと。SNSとの相性があるからです。例えば無印良品の場合「脚付マットレス」「超音波アロマデフューザー」などの主力良品はSNSではキラーコンテンツになりにくい。一方で「インデックスが作れるパンチ」「フリースケジュール付箋紙」のような、かゆいところに手が届く無印良品ブランドのユニークさを感じる商品の方がSNSでは圧倒的に反応が良い。店舗でも目立たないところに置かれているような商品の面白さを気づかせるのがSNSの醍醐味なのです。
SNS運用は外注されることも多い領域ですが、コンテンツづくりにはこのように商品への広い知識・理解が必須。そう考えるとSNS運用こそ自社で行うべきとも言えます。
奥谷:「商品数が多いとコンテンツには困りませんが、営業方針に合わせて主力商品ばかり紹介していると、タイムラインを見る人にとっては興味が湧かないブランドになりかねない。商品がどう使われるのか、使ってみて何が良かったのかなど『使用』に重きを置けばコンテンツは自ずと絞られるでしょう」
コンテンツの投稿タイミングを判断するにはSNS内の潮流を読む力が必要になる。例えば風間氏が「タッチパネル手袋」を紹介するのに選んだタイミングは、商品の発売日でも気温が下がった日でもなく「iPhoneの発売日」。SNSきっかけで情報が広がり、売上にも大きく効果がありました。
奥谷:「これは顧客時間でいうと『使用』の時間にフォーカスしています。手袋の商品写真を載せるのではなく、使用シーンが伝わるタイミングで投稿したのがポイント。このタイミングだったからこそ、商品が真に“映え”たわけです」
風間氏:「当時新しいiPhoneの発売はSNS上でみんなが話題にしていました。企業はそこに便乗し会話に入っていくのが得策。なんでも無い時期に紹介するよりも、急速に情報がドライブしました。CMのようにプッシュ型ではなく、ユーザーの状況に合わせて自分たちの情報を入れるのです」
潮流を読むために活用したいのが「リアルタイムトレンドの把握」と「エゴサーチ」。前者はTwitterのトレンドなどから世の中全体というよりは「SNS上で」話題になっている文脈を掴みます。後者は自社ブランド名や商品名でタイムラインをチェックする方法。自分たちの会社が今、世の中でどう語られているのかを知ることは運用担当者の基本です。
もう一つ、良い反応を得るためのコンテンツづくりで大切なのがSNSならではの情報拡散の流れを意識すること。SNSには一対一の情報伝達だけでなく、情報の受け手が周囲にその情報をさらに広げてくれる(=シェア、リツイート等)流れがあります。これを生み出すためにはフォロワー以外でも語りたくなる情報を投げかける必要があります。
例えば無印良品の「バナナバウム」に関する投稿。リニューアル時に開発担当者から推されたのはバナナ感が増した点でしたが、食品の美味しさは言葉だけで伝わりにくい。そこで風間氏は「パッケージに100キロカロリーごとに目盛り線が付いた」というもうひとつの変更点をコンテンツとして取り上げました。
これはかゆいところに手が届く、遊び心を忘れない無印良品のブランド姿勢を表すファクト。定番商品にも関わらず反響は大きく、無印良品のフォロワ−以外にも情報が広がっていきました。
開発者が推す情報は、必ずしも顧客にとって必要とは限りません。本当に世の中でユニークなスペックなのか、その情報に接することで顧客の気持ちが動くのか。発信する側と受け手側の感覚のズレが生まれないようにコンテンツを取捨選択するのはSNS担当者の重要な役割です。
奥谷:「普通見ることがない企業のモノづくりやブランドの姿勢を伝えることは共感を生むし、SNSでも顧客価値になります」
風間:「投稿するネタに困ることは無いんです。『自社のフラペチーノ』は社内で当たり前と思われていることの中にあります。こういった切り口は開発者ヒアリングをしてもなかなか出ません。使用者側に立ち、少し引いたスタンスで見ると気づくことがあります」
語りたくなる仕掛け、語りたくなるクリエイティブ
SNS運用が秀逸な企業は、ユーザーにいかに勝手に語ってもらうかという発想を持っています。しかしこの「勝手に」を生み出すのはかなり難易度が高い。勘違いしがちですが、嗜好が近しい人たちが集まれば勝手にコミュニティが生まれ、会話が活性化するとの思い込みは幻想。意図的に企業側が仕掛けていく必要があります。
例えば森美術館はリアルの場を起点に、SNS上で「#」を使ったコミュニティを生むことに成功している企業。来館者に対し館内の至るところで積極的な撮影を促し、展示会ごとに指定の「#」を用意。統一した「#」のおかげでSNS上の盛り上がりが可視化され、そのことでまた参加者が増える良い循環が生まれています。
奥谷:「#は新たな『場』を生むコミュニケーションタグです。Instagramのように#文化が当たり前になっているプラットフォームがあれば、オウンドメディアを持たなくてもコミュニティが作れます」
風間:「これは顧客時間のフレームワークで言うと『使用』の部分ですが、まさに語らせるうまさ。これからの時代は顧客に能動的に語ってもらうための場作りが重要です」
オイシックスとクレヨンしんちゃんがコラボした交通広告も語ってもらう仕掛けが秀逸でした。
紙というツール、しかも限定的な場であれば普通は届く属性が決まってしまうにも関わらず、この広告はSNSで非常に多く拡散され世の中に浸透していきました。社会課題に向いたハートウォーミングかつ強いメッセージは広告というよりブランドジャーナリズムであり、触れた人のシェアしたい衝動が止まらなくなるようなクリエイティブであったと言えます。SNSを他のメディアと効果的に組み合わせたときの情報拡散の爆発力を見せつけた事例です。
このように、ブランドが使用するクリエイティブはSNSでの広がりやSNSとの組み合わせを意識して制作することが前提になっています。既存メディアと異なり、SNSは毎日でも顧客との接点をつくることが可能です。クリエイティブ、コミュニケーション設計が、お客様に最も頻度高く接するSNS起点に移行していくのは当然の流れです。
正しい数値より、理解される数値に換算せよ〜効果測定〜
効果測定については悩む担当者も多いですが、風間氏は社内の理解無しにソーシャルメディアの成功は無いと言います。
風間:「誰にでもわかる平易な言語の使用を心がけて下さい。デジタルの話というだけで拒絶反応を示す人や理解できない人が発生します。無印良品では、SNSの効果を社内で一番馴染みのあったチラシの製作コストに換算してメディア価値としていました。大事なのは、正しい数値よりもその企業で一番わかりやすい数字で会話をすることです」
SNSの投稿によって商品が売れた実績が積み重なっていけば、他部署から投稿を依頼されることも増え、SNSの投稿に合わせた売り場づくりのきっかけにもなります。デジタル部署から働きかけがなくても店舗側が能動的に動いてくれ、接客面でもオンからオフへのバトンパスができる理想の環境が生まれるのです。
また、数字で見えない効果として顧客からのポジティブな声を可視化できる点が上げられます。クレームや問い合わせはあっても、お客さんのポジティブな声を企業が得る機会は実はなかなかありません。SNSでの反響や顧客との対話の中から得た世の中の声を社内で共有しフィードバックしていくことも、SNSの効果を測る重要な要素となります。
前回講義のCRM領域同様、「購入」以外のフェーズでいかに顧客との接点を持ち、コミュニケーションするかは企業にとって不可欠な視点。顧客時間のマーケティングフレームでいうと、同じSNSの役割でも「選択」段階では企業からの発信が中心、「使用」段階では顧客からの発信が中心になります。自分たちの発言だけに注力するのではなく、企業と顧客との関係が最も長くなる「使用」段階で自分たちについて語ってもらうには何ができるか、そこに目を向けるヒントが本講義には詰まっていました。
(TEXT:松下沙彩)