交通が被災しても暮らしを存続させていくーー国難災害ワークショップ 交通編
土木学会では「社会と土木の100年ビジョン」を踏まえて、50年先、25年先の目標を設定し、2020年に策定した5カ年計画に基づいてプロジェクトを推進しています。国難災害プロジェクトでは、国難災害の全体像を描くことを通じて、今後取り組まねばならない課題を抽出することを目指しています。2023年2月20日、四ッ谷の土木学会の一室で開催されたのは「交通」をテーマにしたワークショップでした。
ワークショップには、アカデミック、ビジネス、官公庁の垣根を越えて参加者を募っています。今回参加したのは、総勢19名。地震、土木を専門とする大学教授のほかに、システム情報、鉄道を専門とする研究者、土木の設計企業、交通工学を専門とする大学院生、ライフラインとなる物流企業の社長、防災専門のデザイン研究会の副理事長などといった方々が参加しました。
これから100年のあいだに訪れる国難災害に備えて
防災プロジェクトの発起人であり、都市震災軽減工学を専門とする東京大学の目黒公郎教授の挨拶からワークショップが始まりました。ワークショップ開催の意義を伝えるべく、災害研究のこれまでが語られました。
目黒教授「関東大震災の文献を調査すると、起きたはずのこと、いたはずの人たちのことが記録に残っていないことが分かります。たとえば、避難時に支援を必要とする”要援助者”である高齢者や障がい者の様子、災害による環境汚染の発生は記録にありません」
これまでの研究が、新聞や書物に書かれた内容に偏ってきたことを指摘しました。
目黒教授「これから100年のあいだに首都直下地震はほぼ確実に起こるでしょう。我々がやるべきは、災害の全体像を把握して、起こりうることを具体的に想定し、いつまでに何をするかを決めることです。これができなければ、手遅れになります」
南海トラフ地震も、遠くない未来に起こると想定されています。目黒教授は、防災・減災のために様々な人や組織と連携して社会実装していくことを志していました。
参加者の中には、ワークショップに参加したことのある方々と、初めて参加する方々がいました。初参加の方々は、開催の意義を聞いて多少恐縮していたのかもしれません。目黒教授は、誰もが被災者になりうることを思い出させ、当事者として意見を出し切ってほしいと伝え、挨拶を終えました。
災害の全体像を描くワークショップの流れ
参加者は、3つのグループに分けられました。首都直下地震を議論するのはグループAとグループC、南海トラフ地震を議論するのはグループBでした。グループの机にはA0サイズの大きな紙が広げてあり、ポストイットとペンが置かれていました。
グループワークでは、国難災害につながる最悪の事態、それをもたらす事象、事象の要因についてアイディエーションと統合を繰り返すステップが決められていました。元々、グループワークは90分の実施を予定していましたが、議論が長引いて大幅に延長しました。巨大災害という、大規模で深刻な影響をもたらす災害を描きながら、提言にまとめるのは、歯応えのある作業だったと思われます。
発表では、地震発生直後に、渋滞や道路の寸断によって救助、医療、物資搬送が遅延することは、どのグループも共通して捉えていました。生活の混乱、復旧の遅延も同様です。ここでは、グループの発表から特色ある論点を紹介していきます。
首都機能の集中によるネガティブインパクトをどう抑えるか
まずは、首都直下地震の発生を議論したBグループ。同グループは、首都圏にサプライチェーンが集中していることから、首都直下地震による交通被災は日本全体の物資の運搬に影響することを指摘しました。また、交通の制御を司るシステムがデジタルであることから、通信系統の脆弱性への懸念も示しました。
そこから導き出された提言の一つは、外からの物資輸送がなくても機能を存続できるような東京の都市開発でした。
交通制御システムを停止させないために、エネルギーの地産地消に加え、人と物の流れを可視化したツールが提案されました。これは、災害時だけでなく、平時に交通を最適化するのにも有用になる案です。交通量のシミュレーションだけでなく、通信系統の被災をシミュレーションした訓練のキャンペーンも具体的に提案されました。
Bグループの発表に対して、被災の影響を最小限に抑えるためにもっといい案がないか、参加者全員が考えを巡らせました。
場から出たのは、政治の中枢の意志決定が震災時に遅延することを回避しなければならないという声でした。日本では、首都機能が東京に集中しています。国会と省庁が迅速に意志決定するためには、首都機能を分散するべきだとする意見も出て、これには場の賛同が概ね得られたようでした。
あらゆる主体が災害に備えるためのスキームが必要
続いて、南海トラフ地震の発生を議論したAグループとCグループ。双方とも、交通の被災は、一定期間の物流停滞と、それによる地域の衰退、都市への人口集中が引き起こされることを想像していました。
その上で、Aグループの発表では、情報産業との連携が訴求されました。
救助支援、復興支援には情報の連携が欠かせませんが、正しくない情報に踊らされる危険性が昨今は増しています。この解を導く上で、フェイクニュースや偽情報など不確かな情報を見破って選別する技術が実装されないものかと、AIや情報関連の研究者及び開発者に期待を寄せました。
そして、様々な主体と連携して国土全体をデザイン、つまり日本のどこに人が住み、それをどう支えるかを設計していこうという提言にまとめられました。たしかに、災害時における情報の集約と活用には、あらゆる主体との協力が不可欠です。これは、本ワークショップの開催意図とも合致する提言でもあります。
グループAは、あらゆる主体が継続して災害に備えるスキームがないことを問題に位置づけました。特に、企業のインセンティブとなる施策を具体的に検討。これらの実装のためにも、本ワークショップの開催の継続とさらなる多主体の参加の必要性を指摘しました。
道路交通だけでない、空の交通の社会実装を
最後はCグループ。発表には様々な論点がありましたが、同グループが南海トラフ地震による影響として扱った中でも特徴的だったのは、新たな交通の形をつくっていこうとする提言でした。
交通網が寸断すると、生活できないほど、人類は脆弱なのだろうか。
このような疑念が、議論の途中に出たそうです。その結果、これまで道路整備を主としてきた国土交通の政策は、空の交通整備にも注力していくべきだとする提言にまとめました。
ドローンの物流が少しずつ始まっていますが、まだ研究段階でもあります。グループCは機能ごとの研究開発に警鐘を鳴らし、社会実装を目的に、分野横断で開発することの重要性を主張しました。これには、参加者が大きく頷く様子を見せました。
200人の集落、500人の島にこそ生きる強さがある
すべてのグループの発表を終え、参加者のあいだでは自分たちの向かう先を確認するかのような対話が生まれました。
というのも、南海トラフ地震の議論では、被災後に過疎地域が衰退し、地方都市に人口が集中することが予想されていたからです。暮らしを支えるインフラを自律分散させていくとは言え、被災時には順番に支援することになります。支援の責任を全うするには、居住地がまとまっているほうが望ましいですが、過疎地域を衰退させてしまう可能性に葛藤が生じていました。
「200人の集落、500人の島には、生きる強さがあります。過疎地域こそ、新しい技術やイノベーションが生まれる可能性があるはずですよね」
都市工学をご専門とする羽藤英二教授の発言で、空気がガラッと変わりました。過疎地域を支援するにはなにができるか、という問いは誤りだったかもしれません。むしろ、過疎地域の暮らしに学ぶことが大いにあることを思い出し、場の熱量が最も高まった瞬間でした。
人の命や暮らしに関わる意志決定は、簡単にできるものではありません。対話を積み重ねていくことの重要性を確認し、交通編のワークショップは閉会しました。
土木学会では、今後も国難災害の全体像を描くワークショップを開催していきます。本アカウントで、活動のアーカイブと最新の成果を発信していきます。ぜひ、フォローください。
執筆 今村桃子
撮影 今村桃子
編集 小山和之(インクワイア)
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