待てセリヌンティウス【3分で読めるネタ作品】【走れメロスの番外編】
メロスは竹馬の友であるセリヌンティウスを王のもとに人質にして妹の結婚式に向かった。この物語は悪の王(ディオニス)とセリヌンティウスがメロスを待っている間のコント…物語である。
「メロスの哀れな友よ、セリヌンティウス。お前の希望は絶望へと変わるのだ。ふははは。」
「メロスは来ます。」
「そう言っているがいい。メロスは約束を破り、お前は死ぬ。そういう運命にあるのだ。」
「メロスは来ます。」
「なぜ来ると言える?メロスが約束を守ったことがあるのか?言え!」
「メロスは約束を果たした。あれは、7歳ころの夏の終わりだった。私はどうしても竹馬とやらに乗りたかった。なぜ乗りたかったかって?」
「いや、聞いてはおらぬ。」
「私には父も母もない。弟もなければ妹もない。だから友が欲しかった。当時は竹馬遊びが流行っていたから、竹馬を通して友が欲しかったのだ。」
「竹馬で友などできるものか…そのような戯れで得た友など浅はかな関係、信ずるに値しない友よ。」
「そして、メロスに頼んだ。竹馬を教えてくれないかと…」
「話聞いてる?こっちの発言とかみ合わせてもらっていい?トークの主導権そっちになっちゃってるのよ。今の状況は悪の王様の方が強くてあなた処刑されそうな弱い立場なのよ。」
「メロスは教えてくれた。約束を果たしたのだ。竹馬を教えてくれた。」
「お……おう。もういいや、続けて。」
「私の竹馬にメロスは軽々と乗って見せた。」
「メロスは竹馬持ってきてなかったんだ。」
「草原だけでなく、不安定な岩場もメロスは竹馬で歩いて見せた。」
「竹馬乗るの上手だったんだ。」
「片足で歩いたり、ジャンプしたり、そしてメロスは竹馬で宙返りをしてみせた。」
「すごいじゃんメロス。」
「竹馬は折れた。」
「ええ、やばいじゃん。」
「メロスはちらとこっちを見た。」
「どうなったの?」
「メロスはそのまま走って帰った。」
「あいつ性格悪いな!?人のもの壊して逃げた!?それでいいのセリヌンティウス?」
「メロスは竹馬を教えてくれた。友と友の間はそれでよかった。」
「まあ本人がいいならいいんだけれど。でもなぁ。そのエピソード約束守ってるんだけど…なんかこう…囚われたセリヌンティウスのためにメロス三日以内に帰る感に欠けるんだよね。」
「メロスは来ます。…たぶん、来ます。」
「ほら、疑わしくなっちゃってる。もっとメロス来る感が強いエピソード欲しいのよ。なんかただ約束果たしたとかじゃなくて、長い時間かけて約束を果たした感じのエピソードない?」
「…!…メロスは来ます。」
「なんか思い出したんだね。」
「あれは、十六のころだった。」
「十六歳のときね。」
「私はメロスとフィロストラトスとともに、コンサートに行く予定だった。」
「おまえの弟子のフィロストラトスも一緒なのか。」
「コンサート近くの広場で弟子と待っていたが、約束の時間になってもメロスは来なかった。」
「メロス約束破ったね。」
「弟子と話し合った。」
「いや、弟子は帰らせてあげればいいのに。」
「メロスをもう少し待つことになった。」
「弟子もいいやつだな。」
「メロスは必ず来ると信じた。」
「俺なら帰るわ。」
「三日三晩待った。そして…メロスはやってきた。」
「待ちすぎじゃない!?コンサート終わって三日三晩待ったの!?」
「メロスは我々の顔を見るなり、謝ってきた。」
「そらそうわな。」
「メロスは殴れと言ってきた。君が待ってくれないという悪い夢を見たと言ってきた。」
「殴ったれ、殴ったれ。」
「私は力一杯に殴った。」
「そうでもしないとやってられんわ。」
「私もメロスに殴れと言った。」
「なんで!?」
「君がやってこないと一度きりでも疑ったことを詫びた。」
「いや、メロスは約束破ってるからね!?百ゼロでメロス悪いからね!?」
「メロスは殴ってきた。」
「よく殴れるわ。」
「竹馬で。」
「竹馬で!?」
「フィロストラトスとともに。」
「弟子も!?」
「友と友の間はそれでよかった。」
「友じゃないやつ一人混ざってるけど大丈夫?」
「メロスは来ます。」
「いや、メロス来る感ぜんぜんないよ…」
「王は待つ苦しさも、待つ喜びも知りませぬ。」
「まあ…人を信じることができぬのだ。」
「人はなぜ待てないかわかりますか?」
「信ずるに値しない人がいるからか?」
「いえ、自分のことしか考えられなくなるからです。」
「なぜだ?自分のことを考えて何が悪い?」
「子の成長を待つ親、親の帰りを待つ子、恋の実りを待つ男女、真の友情が育まれるのを待つ者たち…どんな時代だって待つ苦しさを感じる人たちはいた。だからこそ、その思いが成就する瞬間にどれだけの喜びがあったか。家族を思う気持ち、相手を愛する気持ち、友を思いやる気持ち…待つことによって得られるものがこんなにもある。だからこそ、自分のことだけを考えるのではなく、自分の気持ちも大切にしながら、相手のためを思い、相手の変化を待たなければならない。」
「私はメロスのことがわかっていないとでも?あやつはお前を置いて逃げたのだ。私にはわかる。」
「王よ。それは、違います。それは『自分だったら』とメロスの立場を混同しているのです。相手の立場に立って考えているとは思えません。」
「うっ…!」
「メロスはもしかしたら全力で走っているかもしれない。もしくは…トイレに行っているかもしれない。…私は、そう考えるのです。」
「そうか…?」
「もしかしたらトイレに行きたくて近くのトイレを見つけたけれど、全部閉まってて他の公園のトイレに行かなければならないかもしれないのです。そして探すのに手間取っているかもしれません。」
「ああ、きついなそれ。トイレに近づくにつれて出そう感が増して、そこから出せないと思った時の絶望感たるや…」
「そうです。不定期にこみ上げる衝動、対する下半身での全力の抑制、我々は人としての羞恥心と生理現象との苛酷な試練の間に生きているのです。だから…彼がトイレに行くのを、見つけるのを、私は待つのです。相手の立場になって考えると、トイレに行くのくらいなら、待てるでしょう?」
「まあ…それくらいなら…ね。」
「では、縄をほどき、私に三分間の自由を与えて下さい。そこのトイレに行き、用を済ませてきます。信じられないなら…弟子のフィロストラトスを人質としてここに置いていきます。」
「なんか…お前らが竹馬の友である理由がわかった気がするよ。」