学生が「公平な第三者の視点」を持つために
グローバル化で価値観の対立が進む中、法学部の茢田真司・新学部長は、本学部の研究に基づく教育により、日常のさまざまな場面で「対立を主体的に解決できる人材」の育成を目指すと前編で語った。ではそのためにどのような教育を行うのか。授業形態を含めた学び方や本学部が培ってきた学問など、その中身に迫った。
法学部には向かないといわれるアクティヴ・ラーニングを取り入れた理由
価値観の対立を主体的に解決できる人材、その育成のために何をすべきか。本学部では方法の1つとして、少人数の講義や演習を重視し、学生同士の議論や学生との対話を取り入れたアクティヴ・ラーニング型の授業を早くから取り入れてきました。これからもこの方針を続けていきます。
昨今、アクティヴ・ラーニングを取り入れる大学は増えていますが、本学部がこの方針を明確に打ち出したのは15年ほど前です。もともと、法学部にはこのタイプの講義形式は馴染まないといわれてきました。なぜなら高校までに法学や政治学を学ぶ機会がないため、大学では基礎知識から学ぶ必要があります。そのため一方向の講義形式になりやすいからです。そうした中で、本学部では、スモール・ステップ方式で、知識を着実に積み上げていくだけでなく、学生の主体的な参加を中心とする講義形態をいち早く導入してきました。
その理由は、まさにこうした講義への参加が「価値観の対立を主体的に解決できる人材」の育成につながるからです。
対立を主体的に解決する能力を身につけるには、学生自身が中心となって、議論や対話を重ねることが必要です。前編記事で、「物事には1つの正解があると信じている傾向を感じる」と言いましたが、実際に議論に参加してみると、それぞれがいかに違う価値観を持っているかを痛感することになります。同じ考えを持っていると思っていた友人が、自分とはまったく違う意見を発する。最初は受け入れられないと思っていた意見が、発言者の主張を聞くうちに、説得され、納得していく。こういった経験をする中で、多様な価値観が世の中に存在することを学んでいくのです。
それによって、自分自身の常識を絶対視せず、対立する価値観の解決に必要な「公平な第三者の視点」で判断できる力が身についてきます。少人数の対話や議論を中心とする講義を重視するのは、こうした判断力を身につけることができるからです。
本学部の法律専攻には、大人数が受講する講義もあります。こうした講義でも学生をいくつかのグループに分け、少人数での対話や議論に取り組んでいます。法・政治分野で長くこの形式を取り入れているのは本学部の特徴であり、それだけの経験値も蓄積してきています。
コロナ禍ではオンライン授業が主流となり、議論によって合意形成するプロセスを学ぶのが難しい面もありました。合意を作るには参加者が集まる“場”が重要だからです。政治哲学では「共通感覚」といいますが、同じところに一緒にいるという感覚こそが議論と合意の背景にあります。SNSの議論が論争になりやすいのは共通感覚がないからと言えます。その点、対面型授業の再開はプラスに働きます。
また、オンライン授業でも、教員のさまざまな工夫により、巧みに“場”を作り出して、学生の主体的な参加を促す講義が行われています。さらに、学生がオンライン上でも自主的に討論できる「ラーニング・コモンズ・システム」の構築も計画しています。今後も、こうした学生が主体的に参加する学修の場を積極的に拡大していきたいと考えています。
グローバル時代に日本の法制史や政治思想を学ぶ意味とは
本学は国史・国文・国法を学ぶ教育機関として始まり、その探求に邁進してきました。本学部でも、特色ある科目として、日本法制史や日本政治思想史が開講されています。いずれも建学の精神に見合ったものであり、本学の長い歴史の中で積み重ねられてきた研究に触れることができます。
まさに本学ならではの学問ですが、ではグローバル時代に日本の法制史や政治思想を学ぶ意味はどこにあるのしょうか。
すべての理論や思想にはメリットとデメリットが共存します。各国の法律や政治思想も同様です。価値観の対立の解決に必要な判断力とは、これらのメリット・デメリットをふまえ、さまざまな理論・思想・制度を適切に使い分けることです。
日本の法制史や政治思想を学ぶ目的は、日本の制度や思想を絶対視するためではなく、そのメリットとデメリットの両面を理解するためです。日本で培われてきた方法を、歴史の視点から相対化し、1つの選択肢として適切に使えるようにする。それが、「グローバルな思考」の意味だと思いますし、そこにこそ、日本の法制史や政治思想を学ぶ意味があると思います。
価値観の対立する人々の合意は、妥協とは違うものです。お互いの利益や意見を足して2で割るのではなく、第三者の視点で公平に分析し、適切な手法を使い分けながら、より公正な解決の道筋を考えていく。私が学部長として目指すのは、そういった人材の育成です。