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ヴィンテージドレスが持つ秘められた物語を小説にして世の中に伝えたい

気になるnoteクリエイターに、國學院大學メディアnote担当が「お話を聞いてみた企画」第12弾は、タケチヒロミさんです。ドレスの仕立て屋であり文筆家のタケチさん。3年前には文章を学ぶために大学に通い、卒業後、さらに大学院に通って研究をしています。お仕事をしながらなぜ、学びはじめたのでしょうか。ドレスとの関係はあるのでしょうか? お話を伺いました。

――ドレスの仕立てってどんなお仕事ですか?

私の場合、布地から一からドレスを作ることもありますが、とくにウェディングドレスのリメイクに力を入れています。
もともと私は服が好きで、短大卒業後は企業で服や服飾雑貨の企画開発などの仕事をしていました。仕事は好きでしたが、同時にアパレル業界の環境への影響にも責任を感じていて、独立をするときには、在庫を持たなくてもよいリメイクとオーダーを中心に仕事をしようと思ったんです。

ウェディングドレスを手掛けるようになったのは、20代の頃。旅先のタイで出会ったタイシルクのドレスに胸を撃ち抜かれるような衝撃を受けたことがきっかけです。

現在、ウェディングドレス、とくにお母様が着たドレスを娘さん用にリメイクすることが多いのですが、ドレス1枚1枚に、それぞれの家族の物語や人の想いがあるんです。それがどれもとても素晴らしくて……。ときには糸がどんな風に縫ってあるかで、仕立てた人の気持ちまで分かるんですよ。まるで本を読んでいるような感覚です。

撮影:Michi Photography

――単純にヴィンテージの美というだけではない、縫った人、着た人の物語が詰まっているんですね。ドレス1枚1枚がすでに物語というか。

そうなんです。あるご依頼者様から手渡されたドレスは、仕立てのお仕事をされていた、その方のお祖母様が作られたものでした。細かく見ていくと、作った方の思いが縫われた糸を通して伝わってきたんです。

このドレスは最初から、二人の花嫁さまが着られることを想定して作られていました。依頼者のお母さまと、伯母様です。つまりご姉妹ですね。「二人の娘たちが着られるように」という想いがドレスから伝わってきました。ドレスが語ってくれるストーリーはすべて、花嫁様にもお伝えしていきました。

私はドレスの思いを引き継いで、花嫁様に合わせた形にリメイクしていきました。新たにレースを足したりもしますが、デザインの特徴的な部分はそのまま残していきました。
そうして出来上がったドレスを花嫁様はとっても気に入ってくださって、挙式後にとても素敵な言葉をいただきました。その言葉は、私にとっての宝物なので、私と花嫁さまだけの秘密です。

――縫い方で作った人の想いまで分かる……。リメイクだからこその物語ですね。

そうなんです。ドレスって本当に不思議なんですよ。レースの一部分が少し傷んでいたら、新しい糸でできるだけ同じ色・形になるように繕い直すのですが、そうすると、手を付けていない周囲の布の部分まで表情や気配が変わるというか、きれいになるんです。
花嫁様も「あれっ? ここって直してませんよね? なんか白くなってません?」って驚いたりして。
この仕事をしていくうちに、ドレス1枚1枚が持つ物語を小説にしてみたい……! と思うようになりました。

――素敵ですね! もうすでに小説みたいで……。

そうなんです。あるときドレスを作っていたら突然、物語が降りてきたんです。書きたい! でも、書き方が分からない……。そこで、一度きちんと書き方を学ぼうと思ったんです。
当時、奇しくもコロナ禍で、結婚式を挙げる方が減って、ドレスのお仕事も減っていたタイミングでした。大好きな旅にも出かけられないし、だったらこの期間に勉強しようと思いました。

調べたところ、私の母校(旧・京都芸術短期大学)の四年制大学で、通信制の文芸コースがあることを知り、短大卒なら3年次編入で最短2年で卒業できることが分かりました。ここしかない! と2021年に入学しました。

タケチさんのテキストとノート。

――改めて大学生になったのですね。それまでもnoteをはじめ、WEB上でいろいろ文章を書かれていたと思いますが、大学での学びは文を書く上で影響がありましたか?

ものすごくありました! 最初、私の書いた文章を先生が「ネットでエッセイを書いている人の文章みたいですね」とおっしゃって、「えっ、普通の文章とどこが違うんだろう」とショックを受けました。

私は文章作法をまったく知らなかったんです。ネットでは横書きで、途中に改行を入れて読みやすくしますが、縦書きの場合は書き始めは一字下げをするとか、段落の間は改行しない方が世界観に入り込みやすく読みやすいとか……。文章の表現以前に文章作法が分かっていなくて、最初に添削されたときは真っ赤でしたね。

あと、人に自分の文を読んでもらう経験が新鮮でした。執筆途中の小説を、合評するんですが、ほかの方の作品を読むのも勉強になりますし、自分が書いた文が、思ってもいなかった風に読まれることもあって、言葉の使い方に注意しないといけないと思いました。

ものごとを客観的に見られるようになったことも大きいです。書くときに一人称、二人称、三人称の場合それぞれで、どの視点から書くかという練習をするんですが、その学びのあと、エッセイで自分の体験を書くときも、自分がしていることを別のところにあるカメラで見ているような、客観的な視点を持てるようになりました。

――文章以外で、大学に行ったことで得た学びはありましたか?

そうですね。時代や時間の流れによって、ものの見方は変化する……というようなことでしょうか。私たちは今の社会の枠組みでものを見て考えているので、たとえば古典など過去の文学作品を読むと「なんでこの時代はこんな風に考えていたんだろう?」と思うことが多いかもしれません。でも、当時の社会の枠組みの中ではそれが常識だったのだろうと思うようになりました。大学での学びで知識を得ることで、世界が広がり、時間を超えて俯瞰で見る視点ができたという感じでしょうか。自分の中では大きな意識転換でした。

――2022年にnote✕文藝春秋のコラボ企画「文藝春秋SDGsエッセイコンテスト」でグランプリを受賞されていますね。2023年にも同コンテストで優秀賞を受賞されています。

ありがとうございます。大学で学んでから、私の文章は確実に変わりました。受賞はその成果の一つと言えると思います。
グランプリ作はnoteと文藝春秋本誌に掲載されることになっていたので、本誌に掲載されたときに、どうすれば読まれやすいかを意識して、大学の授業を思い出しながら取り組みました。

――素晴らしいです! そして無事に大学を卒業されて、学生生活は終了と思いきや?
 
はい。なんと、今年の4月から大学院に進学しました。
 
――新しい挑戦ですね! やはり文章を学ばれているのですか?
 
いえ、修士課程では「近世〜近代の繊維製品の流通」をテーマに研究をしているんです。それは〝こぎん〟と出会ったことがきっかけでした。
 
こぎんは、青森県津軽地方に伝わる繕いの技です。江戸時代に津軽の農民たちは綿を着ることが許されず、麻の着物を着ていました。でも冬は寒いので、保温と補強のために、麻の地に木綿の糸で刺し子を施していたんですね。その刺し子の技術をこぎんと言います。

こぎんは物が足りなかったり、禁じられたりしている中で、それでもいかに美しく刺し子をするか、刺し手が工夫をこらし、家族のために繕ったものです。その心と技術が素晴らしくて……。
縁あって、こぎんを用いたウェディングドレスを作ることができて、日本各地にある繕いや、1枚の着物を大切に着続ける心にどんどん関心が高まってもっと知りたいと思うようになったんです。

海外では古いものに価値があるという考え方もありますが、今の日本では、新しいほうが価値があるとされているところがあります。服飾の業界でもよくそれを感じます。
でも、こぎんをはじめ、日本にも物を大切にしてそのために生まれた素晴らしい技術や美しさがたくさんある、その価値を少しでも高められたらと思っています。
 
――リメイクの価値を上げたい、それが大学院進学につながったのですね。
 
はい。近世の流通を調べるなかで気になったのが「北前船(欄外注1)」の存在です。北前船は塩や食料だけではなく、布も運んだんです。それも、新品の着物ではなくて、古着や古布が、各地で繕われ、また大切に着続けられるという循環があったことを知りました。これは究極のSDGsでもありますよね。もっと知りたい! と、知識を深めようと思ったら、まだ分かっていないことも多いのだと分かりまして、では研究してみようと。

――研究者にもなってしまったんですね。
 
調べたら本当に大変で! なんでこんなことを始めてしまったんだろう! と、毎日思っています。指導教官にテーマについて話したとき、聞かれました。

「これは大変なテーマですよ。ところで古文書読めますか?」
「……読めません」

でもこういう状況って、私、逆に燃えてきちゃうんです。北前船の寄港地49箇所を巡るという目標を持ちつつ(すでに何箇所かは訪れています)、仕事もしつつ、子育てや家庭のこともしつつ、古文書も少しずつ勉強しています。
まあ、自分のこの悪戦苦闘ぶりも、どこかで客観的におもしろがって見ている自分がいますけれどね。

北前船の寄港地の1つ、広島県尾道市での1コマ。

――タケチさんの活動自体も一つの物語ですね。タケチさんの学びのゴールはやはり、小説を書くことなのでしょうか?
 
大学の卒業制作はドレスを題材にした小説でした。これを書き上げたことでかなり満足してしまって、小説を書く気持ちはある種、成仏した感もあるんです。だけどまだまだドレスのことを小説にしたい気持ちが湧いてきています。

変な話ですが、私は、ドレスや服のことに関する特殊能力があるのかも……と思っていて。翻訳アプリなどを使いながらやっとの思いで英語の資料を読んでいる中で、服に関する記述が出てくるとそこだけ、なんとなく理解できてしまうんです。解像度が高くなるというか。

それ以外でも、服やドレスに関して、探しているものが自然に集まってきたり、こぎんとの出会いがあったり。だから小説でもエッセイでも、研究、論文でも、この能力を活かさない手はないだろうと思ったりしています。

――タケチさんがこれから書く文章は、どんなジャンルであってもタケチさんにしか書けない唯一無二のものになると思います。次の展開を國學院大學メディアnote担当一同、楽しみにお待ちしています!

注1:
北前船とは、江戸時代中期〜明治時代(30年ぐらいまで)に、大阪と北海道を日本海経由で物資を運んだ商船群。寄港地ごとに物資を売買していた。

タケチヒロミ
ドレスの仕立て屋であり文筆家。
短大卒業後、企業で服や服飾雑貨の企画開発に携わる中で、タイでタイシルクのウェディングドレスに出会い、その美しさに魅せられ、ウェディングドレスの仕事をするために独立。同時にアパレル業界の環境への影響について考えるようになり、仕立てとともにウェディングドレスのリメイクを手掛けるようになる。文章を学ぶために大学へ進学。卒業後、日本のリメイクの源流である繕いや布の文化を調べるために大学院へ進学。

note https://note.com/takechihiromi/

取材・文:有川美紀子 編集:篠宮奈々子(DECO) 企画制作:國學院大學