20歳夏、東京-10
遠距離は順調だった。
彼の新しい赴任地へは、東京から月に一度のペースで通っていた。
黄昏に 頬染めて 膝枕
薫る風 風鈴は 子守歌
空港に降り立ち、彼と落ち合う前に必ず寄っていた空港のトイレでは、福山雅治の「ひまわり」がBGMとして流れていた。はやく、はやく。今でもこの曲を聴くと早く彼に会いたい気持ちと、身嗜みを少しでも可愛く整えたい気持ちの狭間で息が上がっていたことを思い出す。
空港から市内までは一時間ほど。
彼が迎えにきてくれるときもあれば、バスで向かうときもあった。
街に着いての第一印象は、坂が多い町。
街の至る所にみえる山の斜面に、たくさんの家が所狭しと並んでいる。ふと覗き込んだ先が急な階段だったり、急に上っていたかと思えば下ったり、予想がつかない町のつくりに、物語の世界に迷い込んだ気がしたのは一度や二度ではない。
街を歩いても行き交う人はあまり多くなくて、雲の流れもどこかゆったりしているように見える。
私や彼が育った地元とはまた全然違う、不思議な雰囲気の町だった。
彼が仕事をしている日は、駅前でご飯の材料を買って家まで歩いて帰った。
家について部屋の掃除をして、ご飯を作って夕日を眺めながら、相変わらず部屋の真ん中に鎮座する銀座ペンギンと彼の帰りを待っていた。
至る所が斜めに切り取られた、風変わりな家だった。
台所の窓からは向かいに佇む古びたホテルの看板が見える。窓が多い分明るくはあったが、物が多いせいかちょっぴり窮屈な、雑然とした部屋だった。
束の間の週末の滞在を終え、東京に戻る。
朝5時に起きて、カフェのバイトに向かい、そのまま大学で夕方までゼミに参加して、夜はサークルに向かう。
大学三年生になった私は、彼と会えなくなった時間を、寂しさを紛らわすようにして分刻みで埋めていた。