20歳春、東京-8
例年より随分早く咲いた桜が、キャンパスを彩っていた。
3月23日。
日吉キャンパスはにわかに人で溢れかえっていた。
慶應の卒業式当日だった。
日吉駅の改札を出て、駅構内の銀色のオブジェー通称、銀タマーを横目に、一年ぶりのキャンパスに懐かしさを感じながら横断歩道を渡る。
待ち合わせていた彼が紺色の学位記を手に、キャンパスの坂の途中で待っていてくれた。
「卒業おめでとう。」
「ありがとう。ちゃんと卒業できたよ。」
家が芝浦で、メインキャンパスが三田キャンパスになっても必修フランス語のために日吉に通い、挙句四年生の最後の試験では試験時間を間違え、試験を受けそびれていた彼だったので、学位記を手にしているのをみてほっとしたのは事実だった。
その一方で、卒業できなきゃよかったのに、そしたらあと一年一緒にいられるし。と、心の中で悪い私がちょっぴり毒づく。
桜の下で写真を撮ることにした。
彼が私を抱き寄せて、誇らしげに学位記を胸にする。
眩しさで目を細めつつも晴れやかな笑顔の彼と、あと二年学生でいる寂しさを感じつつ笑顔を浮かべる私と。
暖かな春の日差しが卒業生の門出を祝うような、そんな日だったのを今でも覚えている。
記念写真は、嫌いだ。
見るたびに過去の私たちが、この先も続く未来を信じてずっと笑いかけてくるから。