魚の食べ方
死んだ魚の顔を見て
女性はにこりと笑ってる
塗りたての紅が僕の目を刺す。
やけに上がった赤い紅に
闘牛の角が重なる。
その極上の笑顔には
こぼれ落ちそうな程目尻に皺がある。
角が割れる。パクパクとするその女性は
死んだ魚と話してる。
趣味は何なのか、どこに居たのか、
初恋の人に会ったように。
魚の真っ白な目はそれを答えない。
答えられない。
でも生きていた。箸に摘まれたその小魚は生きていた。
今は目も逸らせない、閉まった視界がそのまま閉じている。
先に零れたのは涙だった。
1度魚は解放され皿に横たわる。
元気だった海の姿には程遠く、硬くなった姿で。
それがまた彼女を泣かせる。
この涙が海のように広く大きく広がったなら、と
彼女の脳内にはそんな破綻した願いが反芻される。
この涙は海のように広く大きな価値がある、
初めて魚の目が開いたような気がした。
その僅かな涙の中をあの魚は泳ぎ出したのだ。
一瞬だが、確かに泳いだ。
衣の下の鱗は太陽に照らされ、
筋肉のしなりは激流をも乗り越えたものだ。
彼女はそれを見ると安心したかのように声を出して笑った。
一人だけの世界で目を覚ましたかのように。
泣きながら。いや、どうしようもない気持ちを抑えながら。
そして、ついに彼女はあの紅の間の闇に魚を放り込んだ。
まだ流れてるであろう心の涙で魚は泳ぐのだ。
二人は共に生きていくだろう。
彼女は魚だったのかもしれない。
ふと、店長の方を見た。仕込みをしている。19時なのに。
あぁこのバイトは暇でいい。