はじめの一歩 其の2 気持ちと感情
(心のカタチシリーズ)
人の心の中心にある”もの”は
幸せを判断する基準がある。
その基準は自身を幸せに導くチカラとなり
その幸せな基準を「気持ち」と云う。
『気持ちと感情』
自分たちの心の中心にある”もの”は
気持といい感情を湧かすことをします。
その感情は言動を起こし気持ちのままに戻ろうとしております。
その気持ちには幸せな基準しかなく
いつも幸せかを教えてくれてます。
ところで。
気持ちという言葉を知ってますね。
皆さまの気持ちとは何ですか?
皆さまの中には気持ちを感情と思われている人もいるでしょう。
本当にそうでしょうか。
辞書にはこう書いてありました。
「物事に接したときに心にいだく感情や考え方」(goo辞書より)
確かにこの説明にも気持ちを感情と書いてあります。
その例文には「お気持ちはよくわかります」とあります。
では。
気持ちが感情となら例文を使いこんな置き換えも出来ることになります。
「気持ちはよくわかります」
↓
「感情はよくわかります」
この2つの文が同じ意味と思える人はいないと思います。
それはそのはず気持ちはと感情は
知らず知らずに誰もが使い分けているからです。
それはどちらも心にあるものだから同じように思えていたのです。
その理由は自分たちが普段使うこんな言葉から分かります。
”悲しい気持ち”
”愉快な気持ち” など
※例が悪かったらすみません
「気持ちからの感情」
気持ちを感情に思われがちですが
この2つには幸せを感じる気持ちがあるから感情が湧くというそれぞれの役目があります。
心のカタチでも説明したように
心の中心にあるものから感情が湧くといいました。
先の言葉も気持ちに感情を添える(湧く)ことで
自身の気持ちを知らせております。
「○○な気持ち」の○○は感情であり
気持ちに対してどうなったのか感情を添えていたのです。
このような言葉をよく使うという人も
そんな言葉を使わないという人もいると思います。
でも。
ネットで検索してみると普通に検索できるのです。
それだけ使われているということですね。
例とした”悲しい”は気持ちに反していると判ります。
自分たちは知らず知らずに感情を知るために気持ちを添えて口にしていたのです。
心のカタチは心の中心にある”気持ち”が
自身に出来事が起きるとで感情を湧かし
言動するカタチをしております。
幸せを感じる”気持ち”が自身に
幸せか
幸せじゃないか
を知らせていたのです。
ときに幸せを維持しようと
ときに幸せに戻ろうと言動をカタチつかせていたのです。
その言動も自ずと”○○な気持ち”と
幸せか幸せじゃないかを心表していたのです。
ただ。
感情は感情を湧かす癖があります。
感情は感情を重ね自分自身とちがう”もの”を造りだします。
気持ちとはちがう”もの”です。
それが”何であんなことを言ってしまったのだろう”と気がつくことがあれば
”あの人はそんなことを云う人ではない”と思われることにあります。
人は感情的になると自分自身を見失う癖があります。
幸せに戻ろうとすることを忘れれば
感情に囚われてしまうのです。
それは自身や人を傷つけることに成りかねません。気持ちはそうならないように
いつも幸せを感じ自分に伝える”もの”としてあるのです。
自分たちは”幸せになりたい”という感情を持ちます。
これは気持ちが望んでいる素直な気持ちです。
『いつも気持ちのままに』
これが心のカタチでとても大切な意味となります。
つづく
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