日付の新しい順に表示 赤いランドセル 旅の宿 そして 冬の会津 「気をつけて・ください」 受難のボストンバッグ 「テスマット・レヴ・ベヴァカシャー」 一年の計は 酒飲みのエレジー 山に踏み迷う 銀座でビルを見上げる 訛り懐かし ズボンかパンツか サンタクロースっているんでしょうか? 遥かなるエルサレム 追憶の喫茶去 十円玉の憂鬱 街角ピアノ 「本の読み過ぎで息子の気がふれた」 妻の誕生日 悲しみのゼロ戦 愛する人たちのまなざし 誇り高きノラの優雅な日々 性格は変えられる
転校生というのはどこか異彩を放って見えるものだ。凡庸な自分たちとはまったく違う世界からやって来たようにも思える。 小学四年の時、早智子という女の子が転校してきた。東京から来たという話などは聞かなかったはずで、実際に東京出身ではなかったかもしれないが、そうとしか思えないくらい垢抜けていた。黒板の前に立って元気よく挨拶する笑顔が、色白で輝いているように見えた。 転校してきてからそれほど経たない頃、下校が一緒になった。というより、最初から一緒に帰るつもりでいたのかもしれない
宿泊した福島の湯野上温泉の民宿は、部屋数も少ない小さな宿だった。 宿にはその日一番に到着したようで、玄関を入るとひっそり静まり返っていた。民宿の受付はロビーとは言わないと思うのだが、そこはロビーとしか呼べないくらい、清潔で明るく、のびやかな空間だった。木の床は鏡のように磨きあげられていた。 「遠いところ、ありがとなし」 と、穏やかな女将さんが会津弁で迎えてくれた。そして二階の部屋まで案内してくれた。 部屋は床の間もある畳の和室だが、廊下や階段は明るい洋風で、それらも
一月の松の内を過ぎた頃、福島県会津地方に、妻と一泊の温泉旅行に出かけた。目的地は、下郷町の湯野上温泉と大内宿。 下車駅の湯野上温泉駅は、茅葺屋根と囲炉裏でよく知られる小さな駅だ。 時期が時期だけに積雪を心配していたが、福島もやはり暖冬なのだろう。駅を出るとちらちら舞い始めていたものの、狭い駅前広場や道路に雪はまったくなかった。 一軒の商店とタクシーの営業所に人影はなく、道路を歩く人の姿もなかった。人の気配のない建物が道路の両側に並んでいた。観光地とは思えない町並だが、
車で外出しようとして、時間があまりなかったので、いつもは通らない道路に車を乗り入れた。 市内に出るにはその道路が便利なのだが、車同士ではすれ違えないくらいの道幅だった。だからよほどのことがない限り、そこは通らないことにしていた。 両側に住宅が続いているので徐行していると、少し先の角から自転車が曲がってきた。年配の女性が乗っていて、買い物帰りなのか、前カゴに荷物が山と積まれている。その一つが大きな段ボール箱で、カゴに入りきらず斜めに積まれていた。女性はたいそう小柄のようで
イスラエルの国際空港ベングリオン空港は、地中海に面した商業都市テルアビブにある。空港名は初代首相ダヴィッド・ベン=グリオンにちなんだもの。 ベングリオン空港での入国審査は、イスラエルが国際社会で置かれた難しい立場を反映して、かなり厳しいものだと聞いていた。 すでに経由地のパリの空港からして、ライフルを縦に構えた何人もの警備員が、トランジットエリアの壁際や柱の前で立哨していた。全員身じろぎもせず目を光らせていて、うっかり怪しげな動きでもすれば撃たれそうだった。 だが、ベ
年明けまもない羽田空港で、日本航空の旅客機が着陸直後、海上保安庁の航空機と衝突し炎上した。日航機の乗客乗員は全員無事に脱出したが、海保機の隊員五名が死亡した。能登半島地震の被災地への救援物資を運ぶため、待機していたという。 乗客の避難誘導に当たった客室乗務員の行動が高く評価されている。乗客が撮影した機内の映像には、煙が立ちこめる中、乗客を励ましいたわるような客室乗務員の姿が映し出されていた。 意外に感じたのが、その動きがずいぶんゆるやかだったことだ。緩慢というのではな
「一年の計は元旦にあり」とは「一年間の計画は年の初めに立てておくべきだ」という意味だが、「元旦の過ごし方はその一年間を左右する」という意味でも使われる。 ということは、元旦すなわち元日の朝を真面目に過ごせば、その年は良い一年になるということだ。以前はその格言をなかば信じて実践していたが、その年が良い一年になったかどうかは疑わしい。 そもそも、年を追うごとに正月を感じられなくなっている。おのずと「一年の計は‥‥」などと考えることもなくなった。 この年末もまた、紅白もゆく
忘年会の季節。 職場の飲み会は親睦を図るために開かれるが、そういう場では人間の本音や本性が、本人の意思とは無関係に露わになる。我慢して溜め込んでいたものを吐き出してやろうという確信犯がいる一方で、そんな気など全然ないのにやってしまう過失犯がいる。言うまでもなく、犯行に駆り立てるのは酒だ。 * * * 新しく上司になった人は、飲むと性格が変わると言われていた。俗に言う絡み酒で、ネチネチと執拗に絡み、難癖や言いがかりをつけるという。トリモチみたいにベッタリ貼り付いて
暑かった夏に続き、この秋も暖かい日が多かった。葉の色づきは年々遅くなってきているが、関東の紅葉は終わりつつあるようだ。 テレビの旅行番組で、その関東の紅葉の名所として、群馬県の妙義山が紹介されていた。 赤城山・榛名山とともに上毛三山の一つに数えられる妙義山は、いくつもの険しい岩峰と多くの奇岩怪石からなり、日本三大奇景の一つともされているそうだ。一年を通じて訪れる人が多い、人気の観光スポットらしい。標高は一,一〇四メートルと、それほど高くない。 その妙義山に、秋の紅葉が
妻の好きな造形作家の展覧会が開催されているというので、会場のある銀座のデパートまで、運転手として一緒に行くことになった。 人気があるのだろう。平日だというのに、開場前から大勢の女性客が並んでいた。 会場内も渋滞ができていて、「立ち止まらないでください」の声に押されるように歩いた。上野のパンダを見た時のようだ。 展覧会を観たあと、銀座通りを日本橋まで歩いた。ちょうどお昼時で、通りには大勢のサラリーマンやOLが歩いていた。 会社勤めを辞めてから、都心にはめったに出なく
歯医者の待合室で会計を待っていると、一人のお婆さんが呼ばれて診察室に入って行った。 おそらく耳が遠いのだろう。医者の質問に答えるお婆さんの大きな声が、ドア越しにはっきり聞こえてくる。それがすごい訛りだった。 言葉遣いもイントネーションも、昔この地域一帯で広く使われていた方言だ。たとえば女性が自分のことを「おれ」と言うように、聞きようによっては乱暴にも感じられる。 今でも時々そんな訛りや方言の名残りを耳にするが、こんなにネイティブな地元訛りを聞いたのは久しぶりだ。 *
最近、でもないようだが、ズボンのことを「パンツ」と言うらしい。これは高級ブランド店だけでなく、デパートの紳士服売り場やスーツの量販店、ユニクロなどでも使われているようだ。 ファッション誌やウェブサイトではその傾向が顕著で、雑誌においては「ズボン」は死語になりつつある。ウェブサイトでは検索の対象や結果として生きてはいるものの、サイトを開いてみると「パンツ」のみで、「ズボン」は見当たらない。「パンツコーデ」「パンツルック」はあるが、「ズボンコーデ」「ズボンルック」とは言わない
ショッピングモールのイベント広場に、大きなクリスマスツリーが飾られていた。コロナもどうにか落ち着き、これから年の瀬に向けて、街の装いも例年通り変わっていくのだろう。 クリスマスにプレゼントを贈ったり、もらったりすることはもうない。せいぜいケーキを買ってきて自分らで食べるくらいだ。それはそれでささやかなクリスマス気分にひたれるが、子供の頃の、サンタクロースを待ち焦がれた時間が懐かしくもある。 と、懐かしいなどと言いながら、サンタクロースがいることをかなり遅くまで信じてい
イスラエルにはヘブライ語でキブツ(קיבוץ)と呼ばれる、ユダヤ人の生活共同体がある。社会科の教科書では「集団農場」や「農業共同体」と訳されていたが、工業や観光業も導入されるようになっている。 キブツには、食堂・保育所・学校・体育館・診療所などがあり、自治体のような機能を備えている。共同生活が営まれ、一日八時間の労働とひきかえに、衣食住のほぼすべてが保障される。日用品も無償で支給される。贅沢をしなければ、生きていくのに不自由することはない。 草創期の共産主義的理念から、
ほぼ三年に及ぶコロナ渦の中で、茶の世界においてもさまざまな行事が中止になり、稽古も自粛されていたようだ。茶道では茶会や茶事から普段の稽古にいたるまでが3密に該当するので、コロナの感染拡大に合わせて注意喚起がなされていた。 茶道には濃茶の回し飲みという作法がある。人数分の抹茶を一つの茶碗に練って順番に飲むもので、飲んだあとに懐紙で飲み口を拭き取るものの、口をつけるその飲み口は客みな同じ箇所だ。 また、茶室には四畳半以下の小間と呼ばれる草庵風の茶室があり、三畳二畳という狭小