中井久夫先生のご逝去を悼む

2022年8月8日、中井久夫先生がお亡くなりになられました。謹んで中井先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

本作のモデルとなっている亡兄・安克昌は中井久夫先生との出会いがきっかけで、精神科医の道を歩むことになりました。

克昌は、先生にお目にかかる前から、先生の本を耽読していました。そして神戸大学医学部に入学し、先生の講義を初めて聴いた時の「喜びと興奮」を、「中井先生は凄いんだ!」を連発しながら、嬉々として私に語ってくれました。もう40年も前の話です。

酒を酌み交わしながらの会話だったので、酒の勢いも手伝って、率直に自分の「思い」を吐露したのだろうと思います。あれほど素直に他者への敬慕の念を表現した兄を、その時初めて見ました。当時の兄は、所謂「斜に構える」タイプで、簡単に人を褒めるようなことはなく、「一つ褒めたら、(お決まりのように)一つ”くさす”」ようなところがあって、「俺は一人の人間に絶対に心酔しない」みたいな、頑なに身構えているようなところがありました。

医学生だった兄の、そんな「若気の至り」は、中井先生の圧倒的な知的・人間的包容力の前では、溶けて無くなってしまったのかもしれません。「中井先生の指導の下で精神科医としていい仕事をする」ことが、医学生だった兄にとっての大きな希望であり、目標となりました。「精神科医・安克昌」の原点は、間違いなく中井先生でした。

昨日、8月11日、中井先生のご遺族のご厚意により、私を含めて安家の者3名で、永眠された中井先生へ最後のご挨拶をすることができました。とても安らかなお顔で眠っていらっしゃいました。

先生ご自身はテレビ出演は一切、お断りになられていましたが、本作「心の傷を癒すということ」で「永野良夫先生」のモデルとして登場されることについては、とても嬉しそうにされていたというお話を、昨日、先生のお二人のお嬢様からお聞きしました。撮影現場にも先生のお嬢様と一緒に、見学に来ておられます。

兄が亡くなった後も、折に触れて私ども遺族のことを気遣い、ご配慮いただいた先生への、この作品がなにかささやかな「プレゼント」のようになっていたとしたら、私にとってもこんなに嬉しいことはありません。

・・・中井久夫先生は、私たち安家の遺族にとって、「克昌の恩師」という存在を遥かに超えていました。先生の存在自体が、私たち遺族にとっての「こころの支え」になっていました。先生の訃報に接した時に、そのことに改めて気づき、そしてかつての色々な出来事を思い出し、こみあげて来る悲しみを抑えきれずにいました。

昨日、先生の、安らかに眠っておられるお顔を拝して、悲しみと同時に「先生が亡くなったからといって、これからも私たちの『こころの支え』であることに変わりはないんだ」ということに、ふと気づきました。
先生が遺してくれた多くの著作、そして私たちにかけて頂いた言葉、そんなたくさんの「先生からのメッセージ」はこれからもずっと生き続けます。それを静かに反芻し、読み返しながら、自分の心の中にひとつひとつ、刻んで行きたい。そんなことを思いました。

最後に改めて、中井久夫先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

         映画「心の傷を癒すということ」製作委員会 安 成洋



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