12スポーツ指導と心理学(後編)

 今回は、前回の続きで、スポーツ指導と心理学(後編)について投稿します。
 前回、学校の運動部やスポーツチームにおける暴力問題をなくし、スポーツに否定的な人々を減らすための対策として、児童期〜青年期(6〜18歳頃)のこどもに体育やスポーツを指導する人は、必ず “心理学” を学ぶということを提案しました。今回は心理学に基づいた指導やしつけ、教育について詳しく述べていきます。


 心理学は簡単にいうと行動を科学的に研究する学問です。パーソナリティや知能、障害、行動分析学などを学びます。なかでも、行動分析学における「オペラント条件付け」を理解し、 “正の強化” で指導することを推奨します。オペラント条件付けとは、自発的な行動、すなわち、オペラント行動の変容に関する理論で、偶然とったある行動のあとに望ましい出来事が生じると、その後、その行動を繰り返すようになるということです。

 分かりやすい例が犬のしつけです。エサがない状況で遊んでいた犬が、 “座る” というオペラント行動をした直後、後続刺激としてエサを提示=(正)することで、座る行動が増える=(強化)という流れになります。これを“正の強化”といいます。スポーツ指導にこの理論を用いる場合、例えば、生徒たちが “自主的にトレーニングを始めた” とします。そこで、指導者が褒めることで(正)、トレーニングをするという行動が増える(強化)という流れです。つまり、褒められたいからトレーニングをするという心理になるわけです。
 一方で、これと対照的な “負の強化” もあります。先程と同様、犬のしつけに例えると、エサのない状況で遊んでいた犬が、おすわり!と怒られた直後、 “座る” というオペラント行動をしたあと、怒られることが消失し(負)、座る行動が増える(強化)という流れです。つまり、この一連は"負の強化“ということになります。これをスポーツ指導に置き換えると、例えば、指導者の思い通りにトレーニングができていない状態だとします。そこで、指導者が怒ったり、体罰などを与えたりすると、トレーニングに取り組むようになります。その後、指導者の怒りや体罰という行動は減り(負)、生徒たちがトレーニングをする(強化)という行動が増えます。よって怒られたくない、体罰を受けたくないから、トレーニングをするという心理になるわけです。つまり、運動部やスポーツチームで暴力問題が発生する理由は、この “負の強化” によって指導が行われているからなのです。

 この2つを比べると、結果的に「トレーニングをする」という行動は同じになりましたが、子どもの感情や意欲に違いが出るのではないでしょうか。 “正の強化” では、褒められるというご褒美がもらえ、うれしいという快感情が生まれます。よって、その行動、つまりトレーニングを好きになり、意欲が高まります。一方で、 “負の強化” は怒られること、体罰を受けることを回避するために、イヤイヤやるという不快感情が生まれ、トレーニングという行動が嫌いになり、意欲がなくなってしまいます。このように、オペラント条件付けにおける “正の強化” を指導者が正しく理解し、応用させるべきだと思います。また、この “正の強化” は、運動部やスポーツチームだけでなく、教育やしつけの場面においても用いることができる理論だと思います。

 加えて、“正の強化” は次の2点に考慮して指導することも重要です。
 1つ目は、子どもの能力を個別に把握し、適度なストレスを与えることです。個人の適応範囲を超え過ぎてしまうと、不安や緊張を抱かせてしまい、逆に個人の適応能力よりも低すぎると退屈を与えてしまいます。つまり両者ともに、ストレスの原因となるのです。人は目的や目標、適度なストレスがあるとき、心身ともに充実した状態を維持することができるため、個人の能力を把握し、適度なストレスを与えながら指導すべきだと考えます。
 2つ目は、自我発達を8つの段階に分けた、エリクソンの発達段階論を理解しておくことです。過去に配信した内容と重なる部分もありますが、まず、児童期(6〜12歳)に克服すべき心理社会的危機は、勤勉さ対劣等感です。小学校に通い始めるため、勉強の楽しさを知る時期で、やればできるという体験を重ね、勤勉に努力することを覚えます。宿題をこなして提出することで、自信がつき、自分には能力があると理解します。しかし、勉強が苦手な子もいるため、教師や親がサポートしてあげないと、自分にはできないと劣等感を抱き、のちの人生に影響を及ぼします。この時期、大人は子どもが劣等感を抱かないように、褒め、アドバイスする必要があります。
青年期(12〜18歳頃)に立ち向かう心理社会的危機は、アイデンティティー対アイデンティティーの混乱で、自分はどんな性格なのか、将来何になりたいのかなどを模索していく時期です。この時期、仲間集団が重要な対人関係になるため、共同体の中に自分の居場所を見つけることができれば、アイデンティティーを確立しやすくなります。

 このように、勤勉さとアイデンティティーを身につける時期に、 “負の強化” によって怒られたり、体罰を受けたりすると、自分はダメな人間なんだと劣等感を抱き、さらに自分の居場所はないと考えるようになり、自分の存在意義を見失いかねません。児童期〜青年期はパーソナリティを形成し、社会に出ていく準備する時期であるため、とても重要なのです。したがって、部活動の顧問やスポーツチームのコーチといった指導者は、心理学を学び、なおかつ、 “正の強化” による指導をすべきだと思います。


 これまで2回に渡り、スポーツ指導と心理学について、配信してきました。前編と後編の内容をまとめると、スポーツ諸問題の一つであるドーピング問題は「絶対史上主義」が背景にあり、それが学校の運動部やスポーツチームにおける場面にも及んでいることに言及し、その対策についてお話ししました。指導者が心理学を学び、理解して指導に取り入れていくことで、未来を背負う子供たちが将来に希望を持てるよう、そして、スポーツ本来の意味 である“遊ぶ、楽しむ” ことができれば、運動嫌いやスポーツ離れなどのスポーツに否定的な人々が減っていくのではないかなと思います。

 今回は長くなりましたが、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


 参考文献
・内田直,『スポーツカウンセリング入門』,2011年,東京,株式会社講談社サイエンティフィク
・佐々木玲子・村松憲・村松光義・吉田泰将,『体育理論』,2019年,東京,慶應義塾大学出版会株式会社,1p〜156p
・山下富美代(編著者),第5章発達と学習,『発達心理学』,2002年,東京,株式会社ナツメ社,167p〜232p

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