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こころのかくれんぼ 18     【自宅療養編 ~抜糸劇場①~】

外来での抜糸。
待ち遠しい気持ちを抱いて、いつもの待合室に腰掛ける。
からだを動かすたびにひきつれる皮膚の違和感と、糸の端が布に引っかかる小さな煩わしさ、24時間チクチクする痛みから解放されたかった。
からだに意識が向き続けるという日常は、一見同じように生活行動をしているようでもその感覚は全く異なっていた。
決して楽な日々ではなかったが、これまで無意識で動いてきたひとつひとつの動きの連動性を発見するという意味では、とても学びとなった事は確かだった。

この感覚は、解剖生理学を座学で学んで関節や筋肉の名前と構造を知っているだけでは、決しては分りようがないもの。手を伸ばすだけでも、首元・胸元・わき腹や背中へと力は波及し動き続けていく。皮膚が引き連れる限界によって可動の限界は想像以上に狭まっていた。本当に頭からつま先まで全ては繋がっていて、各々が絶妙なバランスを保ちながら行動を可能としてくれている。からだを覆う1枚の皮膚の存在から、その奇跡のような造形を感じずにはいられなかった。

看護大学の実習担当をしていた時、学生と一緒に入浴後の全身の保湿ケアとマッサージをしていた様子を見ていて、理学療法士の方がこんな言葉をかけて下さった。
「自分たちが関節の可動域を維持しようと手足を動かそうとしても、ご本人の皮膚自体が乾燥して硬くなっていると、思うようには動かせないんです。酷い時には軽く曲げるだけで簡単に皮膚がひび割れて裂けてしまう。それ以上動かせない。可動域の制限は、決して関節の問題だけではない。こうして毎日保湿をしてケアをして下さっていると、皮膚が柔らかさを取り戻して動きに沿ってくれます。リハビリが力になれるには、ただ筋肉関節にアプローチするだけでは成しえない。自分たちだけでは成しえないんです。ありがとうございます」と。
とても大切で有難いメッセージを頂けて、学生さんと目を合わせて微笑んだ事を思い出した。

しなやかさ。やわらかさ。
それは、からだの内側も外側も大切に見つめることから始まるのだろう。
硬くても、逆に柔らかすぎても「添う」事はできない。
私は、自分の身体の硬さは以前より自覚していた。
それは物心ついた時から他者の視線が怖くて、からだに緊張が蓄積している事が一つの要因だとも気付いている。不意な言葉に傷付かないように、身構えて硬くしなくては生きていけなかったともいえる。
この手術を機に、私はしなやかさをテーマに動き出すのだが、それはまた別のお話。

お昼少し前の完全予約制の大学病院の待合室は、ほどよい人の多さだ。
クラッシックのBGMに耳を傾けながら、電光掲示板に呼び出し番号が提示されるまで静かに待つ。当初、傷の数の多さから二回に分けて抜糸を実施しようと主治医から言われていたがどうなるのだろう。
また明日、来院することになるのだろうか?
それでも構わない。楽になれるのなら、何度でも来る。

受付番号が点灯した。軽くノックをして診察室に入る。
手術の労いと御礼の軽い挨拶を交わした後、対面した医師は顔周りと胸元の傷をじっと見る。そしてひとこと。
「全体的に糸の下が赤い。今日、全部抜きましょう!」

どうやら軽い炎症反応が出始めていたようだ。
前回の手術の際も早い段階から糸の下に発赤が生じていたので、やはりという感じだったが、放置すると炎症によって組織の結合にも影響が生じるし、強い色素沈着をのこす可能性もある。私の場合には、元々カフェオレ斑が無数にあるので色素病変が生じても区別しずらいのだが、治ろうとしてくれているからだへの負担は極力少ない方がいい。

ここから、一気に全身抜糸モードの流れとなる。

外来診察に掛ける時間は、いつもひとり5分から10分だ。
抜糸の数が多いけど・・・これ、先生おひとりで大丈夫なの?
この処置はとてもじゃないけれど、通常の診察範囲内で終わらないのでは?
抜糸自体は嬉しいけれど、戸惑う私。

いや、考えていても仕方ない。
今私に出来る事は素早く衣類を脱ぎ、そして処置台に横たわること。
「お願いします」
「ちょっと引っ張りますよ」
その短い会話を最後に、沈黙が流れる。
皮膚に縫われた細い糸をピンセットでつまみ上げ、先の細い抜糸鋏で断ち切られるたびに、針で突かれるような鋭い痛みが走る。
大きさにもよるが、ひとつの傷に対して2~4か所断ち切るため、その作業工程は予想以上に多いのだ。(宜しければ文末の写真でご確認下さい)

20分経過。

やはり、まだ前胸部の一部分しか終わらない。
外来看護師さんは診察室の奥に入り、昼休憩時間の割り振り変更の相談をしているのが聞こえてくる。確実に午後の診察へ影響が出そうだ。
この状況・・・大丈夫なのだろうか。

待合室の椅子に座っていた数組の患者さんの顔が、ふと頭をよぎる。
待っている間に具合は悪くならないだろうか。
「さっきの人、入ったきり出てこないな」と思っているだろう。
あぁ、抜糸が決定した時に他の方を先に診察するよう提案して差し上げればよかった。
外来機能停止の事態に陥っているのではないだろうか。
どうなってしまうのだろう。

すっかり看護師視点になり、そわそわと落ち着かない気持ちで処置台に横たわっている自分がいた。

その②へ続く

注意:以下傷の写真あります。抵抗のある方はこの先ご遠慮下さいね。






20分先生ひとりで頑張っていたのは首から鎖骨にかけて。
ここで見える範囲だけでも相当時間がかかりました。
だがしかし。まだ先は長いのです・・・



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