笑ってはいけない大宴会③~如才~
「え~ッ、ドレスコードがあるの~?」
これは、受付業務を終えて控室を訪れたバ……もとい!若社長から『宴会にはホテル備え付けの浴衣と上衣(和式ベストとでも言うべきアレ)着用にて出席する事』と通告された時のO久保さんのリアクションです。
まぁ、さくら会(仮名)としては年に一度の総会とセットでの宴会なのですから、参加者全員の服装を統一するというのは当然と言えば当然な話です。
このように、O久保さんという人は良い意味では『如才ない人』とも言えますが、悪く言えば『その辺の分別が無く、空気を読まない人』とも言えます。
例えば年齢にして15歳下で、社歴としても随分後輩のTさんにしてからが「O久保ちゃん」呼びのタメ口会話で、それを許す許さないではなく、自然に受け止めているのがO久保さんという人なのです。
更にこの人を象徴するエピソードが、社長さんが来室する30分ほど前に起こっています。
この日のメーンレース『オークス』は1番人気のメジロドーベルと2番人気のキョウエイマーチの組み合わせで決着しました。
勝ち馬のみを当てる単勝馬券は110円……1万円買っていたとすると儲けは1000円にしかならない……しかつかず、2頭の組み合わせでも配当は200円に届きません……1万円買っていても儲けが1万円にならない……でした。
競馬好きの一般人ですら食指の動かないこんな馬券を、まして渡世人たる組織の方々が買う筈も無く、出走直前には館内全体から一切の物音が消えましたが、レースが決着した直後には歓声とはほど遠い「お~」という地の底から湧き上がるような重低音が館内全体を包みましてね。
まぁ、そら全員ハズしましたわな。
という状況下で、
「さ~て、競馬も終わったし、お風呂入って来るね」
と立ち上がったのがO久保“ちゃん”です。
『いやいや、ど~考えても、風呂入るなら皆が競馬中継に集中しとるレース中が狙い目だろうよ。空いてるし』
どう考えても我々を除いた館内全員が(馬券を外す=お金を損している)不機嫌な事は必至であろう中、いくら大浴場とは言え浴室という限られた空間で渡世人の皆さんに囲まれるのは、生肉の塊を背負って熱海バナナワニ園のワニの群れに突入するようなものです。
という理由を提示した上で、TさんとI塚さんは同行を拒否したのですが、
「え~?温泉に来たんだから入らないとさ」
と言って、彼だけ手拭いを肩にかけて颯爽と部屋を出たんですが。
……ま、10分と立たずにすっ飛んで戻って来ましたわな。
「だって~、背中にイラストのある人ばっかりなんだもん!」
「当たり前じゃ~ッ!だから言うたやろ!!」
……という訳で、浴衣&上衣に着替えた三人は大宴会場という名の“ワニの群れ”に生肉背負って飛び込む時間を迎えたのであります。