火曜ホラーでしょう

(紅蓮の炎を背景に字幕)
1990年2月

 その日の前日、我々は都内某区に新設された郷土博物館を取材した。
 それは山を思わせる急勾配の坂道の中腹に建てられた巨大な建物で地下1階、地上3階ながら1フロア辺りの床面積が今でいうさいたまスーパーアリーナと同じという広大さを誇っていた。
 その地下1階にはその地域で発見された現存する木造家屋としては日本最古のものともされている古民家がそのまま移築されて展示されており、我々は開館作業で忙しい中を特別に許可を頂いたのである。 

 「ちょっと大きめではあるけどもこれ……掘っ立て小屋、だよね」
 「失礼な事を言いなさんな!……まま、確かに500年か600年前とも言われてる物ですから古いには違いないけども。それに当時の民家ですからね、寺社仏閣や武家屋敷みたいにしっかりとした造りではありませんけど……掘っ立て小屋はないだろうよ。祟られるゾ!」
  
などと失礼千万なトークを繰り広げたせいだろうか、帰宅途中に小泉が突如高熱を出し、なんとか自宅寝室へと辿り着いたものの、そのまま意識を失ったのである。
 そして13時間の昏睡状態を経て小泉がむっくりと起き上がったのは、翌日の午後3時をかなり過ぎた頃であった。

 「お、目が覚めたかい?」
 「ん……あ……」
 「熱は(ピピッ)36.1度と…下がってるね。気分はどうだい?」
 「ああ、耳鳴りがね。耳元なのか耳の中で、なのか分からないけどシュワシュワ言ってるのよ」
 「シュワシュワ?そらまた変わった耳鳴りだねぇ」
 「でも、それよりさ、何処でやってんのか知らないけどあの男声コーラス止めさせてくれない?」
 「男声コーラス?なんだそれ。オレにはそんなもの聞こえんし、この近所には公立の小学校と中学校しかない。どっちも共学なんだし男声コーラスにはならんと思うぞ」
 「何でもいいから止めさせてくれよ!徐々に近づいてるんだか声が大きくなって来てるんだよ」
 「だから、男声コーラスなんか聞こえてないって!お前さんの幻聴じゃないか?」
 「…………待って、ボリュームがデカくなったので分かった。これは男声コーラスなんかじゃなく『読経』だよ。それも百人くらいの坊さんの集団が一斉に!!」
 「読経?つまり念仏って事かい?」

 守護霊はハッとした。それは明らかに小泉の幻聴なのだが同時に何かに取り憑かれた証とも言える。
 しかしこの場にそれを祓えるだけの力ある霊能力者が居ない以上自分たちで祓い除けるしかないのだが、念仏に勝つものとは何だろうか? 

 「小泉!読経返しだ!!知ってるものなら何でもいいからお前が知ってる念仏を大声で、何度も唱えろ!!!」
 「分かった。ナンミョウホウレンゲッキョ!ナンミョウホウレンゲッキョ!ナンミョウホウレンゲッキョ!!……」

 小泉と姿無き霊たちとの壮絶な闘いは1時間超にもわたった。
 この時の小泉の読経は数軒隣のお宅にまで響き渡ったという。
 そして霊達の読経がかき消えたと同時に、小泉もまた力尽き気を失った。

 「小泉!凄ェよ。霊をやっつけちまったよ!コイツ……」

 何故か爆笑する守護霊であった。

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