タクシー運転手とワガママな8人の乗客者たち#18
乗客 酔っ払い 後半 語ることはもうない
――『何がって。お前が言う、運転手の尾田って奴ぁさぁ~~? 巻き込まれているだけなんじゃねぇの? 異世界の中の異世界の日本人ってなだけだろう。あっちにとって、こっちは――《異世界》そのものじゃんか』
瀧澤が笑って持論を唱えた。言われてみれば、確かにそうだとも思った。
異世界に転生すれば異世界人だろうし。でも、異世界に自ら行ったのなら、それは異世界冒険者ってことだ。尾田は異世界の方に副業名目で仕事にしている、って話しになる。あんな野蛮で、あんなに危険な場所で、車を相棒に。さらに、右腕にダンマルって奴を選んで。自身で選んで商売をしているんだ。
――『まーでも、なんつぅか。逆に、どうしてそんな場所で、異世界で仕事なんかしてんのか。聞きたくなるけどね、その運転手に。つぅか、狸寝入りしていた小津雄ちゃんも小津雄ちゃんでしょうに。馬鹿みたいに何をしてやがったんだよって話しにもなんのよ、こっちからしてみればさ。バレて巻き込まれちまっておっちんじまったらお終いだべさ』
それを聞かれると一寸、言い辛いんだよ。瀧澤。でも、あと少し、もう少しでも、お前に時間があるってんなら付き合って欲しい。
――『あ! 悪ぃ~~ちっとばっかし、クソしてくるわっ! 待ってろよなっ』
「ぁ。ああ、分かった」
◆◇
ギュイィイインンンッッッッッ! バン! とタクシーのドアが開く音が聞こえた。
『チャーリスぅうう!?』
尾田の奴が運転席から離れて行った。僕もシートを被ったまま、窓の外をようやくここに至って、ようやく見ることが出来た。
(っな、何だよぉうぅうう!? っこ、ここわぁ~~‼)
特撮の特殊スタジオみたいな場所だ。エキストラの面々は様々だった。しかしどうだろうか。明らかに異形だ。動物や妖精、SFっぽい面々が多数いるんだ。僕はこの光景を携帯で撮りたくなったもんだから、携帯を録画にさせて撮影をした。あり得ない状況を瀧澤に見せようと思ったからだ。
「おい。遅ぇよ、フジタぁ‼」
尾田に悪びれる様子がない風貌で声も大きく荒げたのはチャーリスって奴に間違いがない。だって、そいつに尾田が、歯を剥き出しに向かって行ったんだから。あと、チャーリスの容姿はまんま《サイ》だ。
「遅いじゃねぇ! 俺は仕事に来てんのよ?? 何だって、戦場に呼び出されなきゃなんねぇんだよ!? 勘弁しろよっ。坊ちゃんよォー~~っ」
「坊ちゃん、言うんじゃねぇや。親友のおっさんの愚息ちゃんはつれねぇなぁ♡」
「ぁ、あンたにっ。それを言われる筋合いなんざねぇんだけどなァ~~っ」
「つぅか。一応、戦場で乗りつけるつもりで呼んだんだ。ほら、クルマに乗せやがれよ。フジタぁ」
予約を入れて呼んだ以上は客だ。呼ばれて向かって来てしまった以上は、職務を全うしなければならない。つまりは、乗せて走らなければならない。お金も入る。貰えなければダンマルの奴も黙ってなんかいないだろうさ。
「っはー~~もう。車もぼっこぼこだよ! ほら! 見ろよ‼」
「御託はいい。ほら、乗せろっ」
聞く耳もないチャーリスは、僕が乗るタクシーに力強い足取りで向かって来た。バレる恐怖に身体が大きく震え出した。酔いはもう醒めている。
(っひぃいい~~っっっっ)
「チャーリス。相手さんは、そんなに強いのか? 俺を呼ぶくらいには」
真剣で聞きやすい尾田の声がチャーリスに尋ねた。彼も、おどけたりする様子もなく低い口調で、視線も鋭く尾田を見る。
「ああ。だから、お前を呼んだんだよ。戦友よ」
肩に大きな斧を乗せて、トントンとリズムを刻むチャーリスに、尾田も首のタイを緩めた。そして、大き口許を歪ませるのが見えた。そして、上げていた前髪を手で下ろして梳いた。
一気に幼くなった面に、ごっくん! って僕も思わず息を飲んだ。
「割に合った報酬だろォうなァ~~?? チャーリスぅう?」
「はは! 俺が嘘を吐いたことがあるってのかい? フジタぁ??」
大きな手を拳に固めると、尾田も拳で押しつけた。
「親父の名に懸けて誓うか? 兄弟!」
「ああ! 戦友の名に懸けて誓おう! 兄弟!」
そして、お互いの脇腹を殴り合った。
「ぃった」
「った、たたたぁ」
さらに。お互いが見つめ合って不敵な笑みを浮かべた。
そうだな。その場面は、映画で例えるならCMで宣伝に使われるような、感動的なものだと思うよ。タクシーに来た2人に、僕はまた寝たふりをした。
『で? どこに喧嘩を売りに行くんだよ? 場所をナビに入れないと、行けねぇよ。この地域一帯は荒れ地だからなぁ』
『ダコブだ。反政府勢力があぶれてやがって、好き勝手にのさぼりやがって。残虐非道を尽くしてやがんだってよおう。もう、そこにゃあ国民は居ねぇよ。全員、避難させたからなァ。だから。お前を呼んだのさ。フジタぁ』
『ああ。そいつぁ、有り難てぇなぁ! 久しぶりだから、加減を出来る自信もねぇしなぁ。あ。チャーリス、助手席に座ってく――』
バン! と後部座席の扉が開いた。
『!? っふ、フジタぁ~~?!』
はい。ここで僕の存在が知られました。でも、狸寝入りを続行した僕を、誰か、誉めてくれないだろうか。
◆
――『っはー~~出た出た。はい、お待ちっしたぁ~~』
僕は少し、疲れていたのか。ウトウトとしてしまっていた。だから、トイレから戻って来た瀧澤の声も夢心地だった。
――『ぅおおォいぃ?? 小津雄っくぅううぅんンん!?』
でも、あと少し。もう少しでいいから。ほんの少し。
僕を覚ましてくれないか。瀧澤に伝えたいことがあるんだ。
伝えたいことは沢山あって。共有したいことも、山ほどあって。
SNSでも、ありのままに伝えたいことがあるんだ。
――『? おい。どうかしたのか。小津雄』
僕の反応を心配してか、瀧澤が確認に言葉をかけてきた。どうも、僕がおかしいと、察したのか。それとも、野生の勘なのか。
「ああ。うん、大丈夫。ただの二日酔いだ」
心配をかけて悪いけど、もっと、もっと。僕の言葉に耳を傾けくれないか。僕にとっての親友は、お前だけなんだよ。瀧澤。
――『じゃあ。続きを話してくれよ』
◆◇
「った、たたたっ、確かに。私も悪いです! それは素直に謝りますが、お客様っっっっ‼」
「っつ! そうだよっ! 悪いって分かってんじゃん!」
「……揚げ足とるのを、止めてもらえませんか?」
「乗客だぞっ! 巻き込んだことを謝罪しろよ!」
僕が正論を吠えれば、尾田は苦虫を噛んだ表情で視線を外した。言い返しの出来ない現実だからな、否定なんか出来ないだろう。チャーリスは助手席に座った。運転席へと顔を向けて尾田を視る。
「痛いところを点かれたな。兄弟」
チャーリスが尾田に肩を揺らして笑う。彼の言葉に、「っう、っせぇ~~よ!」彼の脇を拳で殴る尾田に「大分、笑うようになったな。フジタ」としみじみと、チャーリスが言うもんだから、尾田の顔が耳まで真っ赤になってしまった。
「うっせぇえよ! ……突っ込むぜぇええ‼」
アクセル全開に、タクシーを動かした。タクシーの周りには。ダチョウのような鳥に乗る、チャーリスの仲間の姿があって大群となっていた。よりにもよって先頭が――タクシーだった。
「お客様。あんた、免許はあるかい?」
僕は尾田の確認の意味が分からずに、僕は「免許あるに決まってんじゃんか」と素直に応えた。するとだ、どうだよ。あの野郎は。
「ああ、よかった。それでは、タクシーの運転をお願いします♡」
ドアを開けて消えてしまった。僕はアクセル全開にさせた。尾田が開けたままのドアも、ガタガタと激しく揺れて、車体に当たっていた。
「ふっはっはっは! このタクシーに乗ったのが運の尽きというものだっ! 終えるまで異世界を視るがいい! 衝撃的にもココロオドル世界をなっ!」
チャーリスが僕に吐き捨てると、勢いよくタクシーから飛び出て、ダチョウに乗り変えて駆けて行く。僕も置いてけぼりの食わないように、タクシーを走らせた。そこからは圧巻な、夢物語だった。
至るところから上がる黒煙に。地面一杯に溢れかえる死体、死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体――……、の肉塊に成り果てたものが転がっていた。
命を絶つのはチャーリスと、その仲間だが。それ以上に目につくのは、尾田の姿に他ならなかった。一体、何歳なのかと思うくらいに、動きは俊敏で、チートな能力者であって、漫画や映画の中での理想の主人公なのは間違いない。ニコニコと、機敏に舞う様子に僕も息を飲んでしまう。
「蛆虫共がぁアァああッッッッッ‼」
戦い飛び散る血液を全身に真っ青に浴びて染まる。興奮してか、頬も高揚と目の瞳孔も大きくさせ声も高らかに嗤う。ぞわっ! と鳥肌が立った。恐怖が僕の全身に襲い掛かった。勇ましくカッコイイ尾田に魅入り過ぎていた結果。恐れていた事態に見舞われた。気づくことに遅れてしまう。
「×¥◇&◆$□%??」
っじゃ! と肩に鋭利なモノが当たったかと思えば、腹に激しい痛みが起こった。温かいものが流れ出る感覚もあった。
「っへ?」
前だけを見て、運転してた俺の開いたままだったドアに全く、何を言っているのか分からない――雉が俺を見据えていた。明らかに敵だ。
「っぎゃ! ぁ、あぁあアっわわわわわっ!」
悲鳴を上げ、ハンドルを切った僕の目の前で。雉が車内から抜かれた。そして、僕を伺うのは。尾田だった。
「ぉ、お客様、っだ、大丈夫ですか!?」
「ぁ、ああ!」
「なら、よかったです。じゃあ!」
心配そうに聞く尾田に、僕も大きく縦に顔を振った。その様子に尾田も、苦笑すると。また、浮き上がって飛んだ。伸ばした手には閃光が奔り。腕を振ると一斉攻撃に奔ったことに恐怖した。尾田には躊躇も迷いさえもない。終わってしまった喧嘩の行方はと言えば。勿論の結果だと言えるだろう。
「チャーリス! っしゃ!」
「ああ! フジタぁ!」
車内の後部座席にチャーリスと一緒に戻った尾田がガッツポーズをした。
尾田たちは戦いに勝利をしたんだ。身体全身は真っ青に、真っ黄色にと、様々な色に染まる様は現代アートのように視えなくもない。そして。僕も、意識を手放した。
◇◆
どうしょうなく、ほんの少しだけ。
あと、一寸だけ。僕の話しを聞いてくれないか。
瀧澤。もう少し、あと、一寸。
「ん、ぁ……」
「ああ。起きましたか、お客様。いえ、伊勢小津雄さん」
「!?」
僕の名前を呼んだ男がいた。
見覚えのない部屋に、僕も辺りを見渡した。さっきまで滝澤と電話をしていたはずだ。僕の部屋から瀧澤に今日あったタクシーの話しをしていたはずだ。
「驚かせてしまいましたね。初めまして、私は尾田ダンマルと申します。尾田藤太の弟です。この度は、私の身勝手な提案に巻き込み。心よりお詫び申し上げます」
ダンマルと名乗った男がお辞儀をする。ああ、そうか、こいつがの発端となった、電話の相手なのか。いいや、その前にだよ。ここは一体全体としてだ。
「ここは。どこなんだ? ダンマル」
「ここは――《病院》です。伊勢さん」
「っびょ?!」
僕は起き上がろうとしたのに。「ん?!」と身体が、全く動かないことに気がついた。それよりも、あれだ。身体に感覚がない。
「あなたは《17丁目》で負傷したことを。兄が気づかずに、そのままご自宅に送り届けてしまったのです。あなたの入院に気がついたのは、忘れ物のおかげでもあります」
ダンマルが指先で、俺のバックを持ってブラつかせた。
「集中治療室ではなく、個人病室でもなかったから。少し手間取ってしまいました、……遺憾です」
ああ。瀧澤、あと少し。もう少し、ほんの一寸でいいから。どうか、電話から耳を離さないでくれないか。僕の戯言に付き合ってくれないか。お前は本当に、聞くのが上手で。話すのも上手で、いい奴なんだってことはみんながみんな分かっているんだ。僕だって、きちんと話しを聞いてくれるお前のことが、堪らなく好きだ。
「しかし。もう手遅れです」
「……はァ?」
「《フィルヴァ》の武器には《猛毒》が塗られています。処置が遅ければ、じわじわと死に至ります。つまりは、もう――あなたは手遅れと言わざるをを得ないんです。今の現代科学で治せる見込みはありません」
ダンマルの言葉はどう捉えればいいと思うだろうか。瀧澤。いや、この言葉だけで十分過ぎる程に、重々、分かる話しなんだ。分かりやす過ぎるんだ。それがかえって、どうしょうもなくて。どうにもならな状況なんだって、心が強張ってしまって。頭の中も碌なこともないのに、走馬燈のように、記憶が溢れるんだ。記憶の全部がお前なんだよ。瀧澤。中学と高校と、大学に就活と就職に、リストラ。再就活と再就職。今のいままで、ずっとお前は、僕に笑ってくれて。奥さん共に、よく接してくれた。
「ぅ、あァあああァっっっっっ!」
視界がぐにゃりと大きく揺れた。僕の世界に衝撃が奔ったのは、これが二回目だ。それは、勿論。瀧澤の結婚したときだ。
「恐れながら。あなたには《選択肢》があります」
「っせ、んたく、しぃ~~??」
「はい」
真っ暗い病室に漏れる月明かりに、浮かび上がるダンマルの強張った表情が、どうも瀧澤に、そっくりに思えた。それが逆に、僕の胸を焦がす。
「らに? いってみれよ」
僕も、つっけんどんにダンマルに言う。僕は被害者だ。強く言ってもいいはずだ。これからどうしていいのかをきちんと指示してくれ。
「1つ。《17丁目》に住民票を移し、移住をすること。1つ。そのまま、死を受け入れること。――1つ。全てを0とし、1から始めること。1つ。全てを1とし、永遠に1を繰り返すこと」
最後の言葉は、声が掠れていた。どうも、最後のやつは、嫌な選択肢なのかもしれない、一寸、意味が分からないけど。漫画的な展開なんだと思う。
「どちらを選ばれても。構いませんが――最後の2つは進められません。いえ、選んで欲しくないですが……その選択をされるのは伊勢さんだけです。今、この病床で迫ることもいけないことなのは、重々、承知なんですが。今は、切迫した状況なんですっ」
ダンマルが子供のように泣きじゃくってしまった。ああ。瀧澤のこんな顔、見たこともなかったな。って、今さらになって気がついた。でも、お前が泣く顔なんか見たくもない。お前の記憶に残りたい。色鮮やかに、家族に語られるぐらいに。僕に染まらせたかったんだ。望みは叶わなかったけどさ。
「――《17丁目》には、人間はいるの?」
「! はい。《第9地区》なる集落があり、そこには地球人しかいません。言語も1つで、統一されていますっ」
なぁ、瀧澤。もう少し、あと少し。ほんの一寸でよかったんだ。でも、もういいや。話すことには疲れたよ。ただ、お前の話しなんか聞きたくもない。僕以外の誰の話しを喜々とされても、辛いだけなんだ。傍にいるだけで苦痛だったんだ。
◆◇
――『じゃあ。続きを話してくれよ』
◇◆
もう、お前に話すことなんか何1つとしてない。
心配をかけて悪いけど、もっともっと僕の言葉に耳を傾けてもらいたかったのは本心だ。僕の親友は瀧澤、お前だけだったんだから。心の底から愛していたんだって、お前だけだったんだから。でも、やっぱりお前はそうじゃなくて。なぁ、瀧澤。もう二度と、お前に話すこともない。
「あ」
「? どうかしましたか? 兄のタクシーが下で待っていますから。着の身着のまま逝けますよ?」
ダンマルが僕を背負った。腹から漏れる感覚は、多分、血だろう。ダンマルの服の背中についているんだろうな。
「なぁ? お前の兄貴。ぶん殴ってもいいよな?」
「稼ぎ柱なんで、穏便にお願いします。出来れば、ですけど」
苦笑交じりにダンマルが、笑いをこらえた声を噴き出した。
その声に、僕もつられて笑い返した。
瀧澤。お前はお前のままで家族の為に生きろ。僕は僕の路を行く。
おさらばだ!
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