手を繋ぐ、触覚から伝わること
一日の終わりに床につき、眠りに入るまでの時間、なんとなく名残惜しいような気持ちになってぐずつこうとする自分がいる。そんな時にとりとめもない言葉を交わす相手がいる。あるいは暗闇の中で手を差し伸べると握り返してくれる相手がいる。家族とはそういう瞬間にありがたいものだと思う。
友人は深夜高速バスでアイマスクと耳栓をするとおもむろに横に手を差し出してパートナーの手を握るのだそうだ。視覚と聴覚の情報を遮断して、触覚から伝わってくる骨を覆う皮膚の弾力や温かさだけを感じ取る。きっと安心するのだろうなということは肌感覚で理解できる。
脳と体を休めるだけなら単純に外部の情報を閉じるだけで事足りるが、人恋しさのようなものがどこかにあって、眠る直前のほんの瞬間に顔を出す。そしてそれは確かに触覚によって満たされるということも知っている。
わたしは眠る前にTの手を握ると、よく「はだしのゲン」を思い出す。もうぼんやりとしか覚えていないので話が違うかもしれないが、原爆投下されたあとの混乱で自宅にたどり着いた主人公ゲンは、家屋の下敷きになってしまった家族に直面する。そのとき家屋のすき間から家族の手だけが見えている。ゲンはその手を強く握ると、相手も握り返してくる。倒壊した家屋は子供の力だけでは取り除くことができず、ゲンはその手を握ることしかできない。手はだんだんと弱っていき、最後にはがくんとうなだれる。
漫画はゲンの視点で描かれているが、握られた家族の方はどんな気持ちだったのだろうと 想像する。
暗闇の中で突然、手を通じて触覚の伝達が起こる。それは孤独と痛みと恐怖の中でとてつもない励みと喜びだったのではないだろうか。強く握り返す、離さないでと思う。ここにいることを知ってくれている、家族が来たのだろうか、ひょっとして外へ救出されるかもしれないという思考を巡らしているかもしれない。あるいは最後に触覚を通して家族との挨拶を交わしているのかもしれない。あとは頼んだぞ、生き残れ、頑張れ、と。
だんだんと意識は遠のく、それは絶望だったのだろうか、そんな感情が起こる隙間はないのだろうか。しかし誰かがずっと手を握ってくれている、それは眠りにつく直前に本当に心強いものであったのではないかと思う。
Tの手を強く握ると握り返す反応がある。この手の奥に確かに相手がいる。そして軽く2回握ると離す。おやすみと言って互いに眠りにつく。また明日会えるように。